赤に咲く

12時のトキノカネ

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「責任?責任取らせてくれるの?」

目の前でぽろぽろと涙を流しながらも気の強さを見せるレーシアにイツが問う。
レーシアの方はまさかそんな答えが返ってくると予想してなかった。
如実にそう顔に表れた表情でイツをみる。
イツはいつもの端正な顔を少し赤らめてちょっぴり熱に浮かされているみたいな表情だった。
それをレーシアに見られた事で、ちょっと対面を気にしたようにきりっと
顔の表情を整える。真剣な顔になってレーシアを見つめるイツが口を開く。

「俺のせいで、俺と付き合っているって体面が悪いんだね。その所為でレーシアは仕事を止めさせられたって言った。その責任を俺にどう取らせてくれる?俺はどんな償いでもするよ。でも、できるならそんな嘘の噂なんかじゃなく、俺と、俺に責任を取れと言うなら、結婚して欲しい!」

「え?」

「ずっと、ずっとレーシアのことが好きだったんだ。噂でも付き合ってるって言われてたことが嬉しいって思う。…自分でもどうしてそんな噂が立ったか知らないけど…好都合だと思った。貴方のことが好きだから、でも知り合いにもなれなくて…声もかける勇気のない俺には、虫除けでも何でも俺の名前が出たことが嬉しかった。でも、それはレーシアを傷つけることで、それは胸が痛い。でも、もし良かったら正式に付き合って欲しいんだ。ううん、レーシアは軽い子じゃないっていうのも知ってる。結婚を前提に付き合って欲しいんだ。俺は本気で君を妻にしたい」

真摯な表情で、まっすぐレーシアを見つめるイツの顔は真剣で、とても緊張していて
…噂されているような遊び人の雰囲気は微塵もなかった。
甘いマスクに優しい言葉をご婦人にかけて、沢山の女性を侍らせて。
いつもレーシアの知っているイツは遠くから沢山の女性に囲まれた集団の中心で
自分とは別世界の華やいだ世界の住人で、まるで本物の王子様のようにキラキラしていた。
自分はさしずめ、体ばっかりが不恰好に大人な姿をして、みすぼらしい服を着た
どぶ鼠みたいにみすぼらしいとりえもなく美しくもない女で

「嘘よ」

騙されない。…騙さないで。レーシアは念仏のように心でその言葉を繰り返す。
世の中はそんな優しくなくて、レーシアを甘く包んでくれたことはない。
今日も同僚にイツのことを話された時、必死で弁明するレーシアの味方はいなかった。
孤児院出身、母は身持ちが悪そうな女。踊り子だったから顔は派手だったが、
父親が誰かも分からない男の子供を生んで、きっとたっぷりのお金を貰って
貴族かお金持ちの商人の愛人をしていたような女だろう。
その娘だ。
小さな頃からそんな目で見る周囲の大人達に去らされてレーシアの心は凍えていった。
優しいのは神父様とシスターだけ。それも神におつかえする方々だから。
慈悲深いかたがただから皆に優しいだけ。レーシアだけに優しい人なんていなかった。
甘い言葉にはのせられない。のせられてひどい目にあうのは女性のほうだ。

その結果が母ではないか。母は死ぬまで夢見ていた。
愛しい人が迎えに来てくれると、信じて信じてやせ細って、病で死んだ。

ぶあっと思いが溢れて涙が止められない。

この世はレーシアに優しくない。イツの言葉は信じられない。
信じたら弄ばれて捨てられる。そんなのは決まりきったことだ。
ああ、そうだ、イツは貴族の端くれじゃないか。三男といったってあの貴族だ。
平民を下に見て自分とは同じ人間と扱わない高慢な貴族。
知っている。貴族は権謀術数に長けて口が上手いって。

「嘘?何が嘘?」

「貴方が私となんか結婚できないことくらい、馬鹿の私でも分かる。嘘を言ってそう言って
女性を舞い上がらせて、口説くのね。残酷な人」

それでも騙される女性はいるのだろう。
それがイツの取り巻き達だ。

「遊び人のイツだから?」

皮肉気にイツが笑みを浮かべる。自分の真摯な言葉も受け入れてもらえない。
それが日頃の行いにあるとは思わないような、酷薄な笑みで
その後には信じないレーシアが悪いと責めるような強い目でレーシアを見つめてくる。

「いいよ。教会に行こう。俺の本気みればいいよ」



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