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第一部 脱出編
第6話 走ることを教える女・後編
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リタは降り、手袋を外した。
指先の金属が鈍く光る。
アキトの腕に触れると、微かな電流が走った。
「ここが“試走区画”。脱走者の訓練用。死んでも、データは残るわ。」
「死んでも……?」
「記録は教育局に送られる。『学習素材』としてね。」
アキトの胸の奥に、不快な熱が溜まっていく。
リタはそれを感じ取ったように、口元だけで笑った。
「怒った? それでいい。怒りはエネルギーよ。
ここでは感情を抑えた者から壊れていく。」
「お前、何者なんだ。」
「“リタ”は仮の名。私はここで生まれて、ここで造られた。
矯正プログラムの中で、最初に“逃げ方”を覚えた被験者。」
風が吹き抜け、彼女の髪が宙でほどけた。
白銀の糸の間から、胸の奥に埋め込まれた小さな心臓が見える。
それは金属でできていて、脈打つたびに赤く光った。
「機械のくせに、心臓を持ってるのか。」
「違うわ。心臓があるから、機械でいられるの。」
リタが踵を返すと、周囲の灯りが一斉に点いた。
円形のトンネル。壁に数字が刻まれている。
上層へ続く非常口、下層へ落ちる排気ダクト。
どこにも出口はないのに、風だけが先へ流れていた。
「この区画では、三分間だけ“自由”が与えられる。
追跡機が動く前に、あなたがどこまで走れるか。それで次の処遇が決まる。」
「もし捕まったら?」
「再教育。記憶の洗浄。あなたという名前が、歯車の番号に置き換わる。」
アキトは拳を握った。
血が指の間で滲む。
リタは頷いた。
「いい目ね。タケルも同じだった。」
その名が出た瞬間、時間が止まったように感じた。
リタの瞳が揺れ、赤いゴーグルの奥でかすかな光が走る。
「お前……タケルを知ってるんだな。」
「知ってるわ。彼は、私の教え子。」
リタは言葉を区切るように呼吸を整えた。
その声には、微かに痛みが滲んでいた。
「走って。止まらないで。どこかに答えがあると思うなら。」
アキトは黙って頷いた。
金属の床に足を叩きつけ、前へ出る。
風が再び鳴った。追跡機の低い駆動音が後方で唸る。
光の線が走り、背後で銃火の閃光が弾けた。
リタの声が、無線のように耳に届く。
「右に走って。壁を蹴って。跳べ!」
叫びと同時に、アキトは配管の間を抜けた。
蒸気が顔を切り、視界が白く染まる。
重力が一瞬消え、足が空を蹴る。
着地の衝撃が骨に響いた。
肺が焼ける。だが、走る。走るしかない。
「いい走り……タケルより、少しだけ上ね。」
リタの声が、どこか誇らしげだった。
アキトは答えなかった。
ただ、息を吐き、心臓の鼓動を数えた。
風が金属の谷を抜け、都市の底へ消えていく。
遠くで何かが爆ぜた。
光の中、リタの赤いゴーグルが微かに瞬いた。
「走り続けて。止まったら、同化される。」
最後の言葉とともに、音が途切れた。
アキトは蒸気の向こうにかすかに見える出口を目指した。
その先に、タケルが残した“落書き”が見える気がした。
指先の金属が鈍く光る。
アキトの腕に触れると、微かな電流が走った。
「ここが“試走区画”。脱走者の訓練用。死んでも、データは残るわ。」
「死んでも……?」
「記録は教育局に送られる。『学習素材』としてね。」
アキトの胸の奥に、不快な熱が溜まっていく。
リタはそれを感じ取ったように、口元だけで笑った。
「怒った? それでいい。怒りはエネルギーよ。
ここでは感情を抑えた者から壊れていく。」
「お前、何者なんだ。」
「“リタ”は仮の名。私はここで生まれて、ここで造られた。
矯正プログラムの中で、最初に“逃げ方”を覚えた被験者。」
風が吹き抜け、彼女の髪が宙でほどけた。
白銀の糸の間から、胸の奥に埋め込まれた小さな心臓が見える。
それは金属でできていて、脈打つたびに赤く光った。
「機械のくせに、心臓を持ってるのか。」
「違うわ。心臓があるから、機械でいられるの。」
リタが踵を返すと、周囲の灯りが一斉に点いた。
円形のトンネル。壁に数字が刻まれている。
上層へ続く非常口、下層へ落ちる排気ダクト。
どこにも出口はないのに、風だけが先へ流れていた。
「この区画では、三分間だけ“自由”が与えられる。
追跡機が動く前に、あなたがどこまで走れるか。それで次の処遇が決まる。」
「もし捕まったら?」
「再教育。記憶の洗浄。あなたという名前が、歯車の番号に置き換わる。」
アキトは拳を握った。
血が指の間で滲む。
リタは頷いた。
「いい目ね。タケルも同じだった。」
その名が出た瞬間、時間が止まったように感じた。
リタの瞳が揺れ、赤いゴーグルの奥でかすかな光が走る。
「お前……タケルを知ってるんだな。」
「知ってるわ。彼は、私の教え子。」
リタは言葉を区切るように呼吸を整えた。
その声には、微かに痛みが滲んでいた。
「走って。止まらないで。どこかに答えがあると思うなら。」
アキトは黙って頷いた。
金属の床に足を叩きつけ、前へ出る。
風が再び鳴った。追跡機の低い駆動音が後方で唸る。
光の線が走り、背後で銃火の閃光が弾けた。
リタの声が、無線のように耳に届く。
「右に走って。壁を蹴って。跳べ!」
叫びと同時に、アキトは配管の間を抜けた。
蒸気が顔を切り、視界が白く染まる。
重力が一瞬消え、足が空を蹴る。
着地の衝撃が骨に響いた。
肺が焼ける。だが、走る。走るしかない。
「いい走り……タケルより、少しだけ上ね。」
リタの声が、どこか誇らしげだった。
アキトは答えなかった。
ただ、息を吐き、心臓の鼓動を数えた。
風が金属の谷を抜け、都市の底へ消えていく。
遠くで何かが爆ぜた。
光の中、リタの赤いゴーグルが微かに瞬いた。
「走り続けて。止まったら、同化される。」
最後の言葉とともに、音が途切れた。
アキトは蒸気の向こうにかすかに見える出口を目指した。
その先に、タケルが残した“落書き”が見える気がした。
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