バケモノ貴公子は傷を負った令嬢を寵愛する

冬野 海

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3話 仮面の下に隠した五年前の悲劇③

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3話 仮面の下に隠した五年前の悲劇③


モデラート・レアソル視点
リソルートの父親

リソルートは黙って私の話を聞いていた。

「リソルート、お前が浴びた薬品は…——”最後の魔女”——ラメンタが作った毒薬だった。私も調査員と向かったが、既に、死んでいた。」

リソルートの反応はない。
果たして私は落ち着いて話せているだろうか。

「住んでいた古小屋には腐ったリンゴとカビの生えたパンだけで、解毒剤や薬草らしきものは何も、何も、なかった…医術師と薬術師の話では頬の傷はどこまで治癒するか、分からない…無力な父ですまない…」

情けなさと怒りで、頭が狂いそうだ。

だが、リソルートは何かを発しようとしない。

「こんなことって…もう神に祈るしか…」

妻の嗚咽が漏れる。
私たちは息子の気持ちを思うと何も言葉が見つからなかった。

「…神なんて、最初からいなかったんだ——」

リソルートの突き刺さるような声がこの部屋の空気を更に冷たくした。

それはこの国土を築き礎となった、大いなる地創神を侮辱する言葉でもあった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

リソルート視点

あれからハンス医術師は、毎日診察し痛み止めや塗り薬を変えて、経過を見ているようだ。

傷が口元まで及んだせいで、上手く口を閉じることが出来ず、好物のとうもろこしのスープも、口元から溢れてしまう。

スープすらまともに飲めないのかと、情けなく思っていると、母がスープ皿を両手で持ち上げ、口を付けて豪快に飲み干した。

「さすがは大公家の料理人ね。口の周りまで美味しく感じるわ」

皿を置いた母の口元はまるで黄色い髭のように見えて可笑しかった。

事件から三週間を過ぎた頃には左頬の傷はかさぶた状になった。
婚約者からは事件後に、お見舞いに伺いたいと手紙が来ていたが、こんな顔を見せるわけにも行かず、「日を改めて」と返事をしただけだった。

いつまでもこの顔を隠すことはできない。
今日、見舞いに来ることになった。
令嬢が見るには、耐えがたい顔だ。
きっと拒絶するだろう。

でも十年以上婚約した仲だ。少しは労いの言葉をくれるだろうか…
応接間で待っていると執事長が神妙な面持ちで、侯爵家の来訪を告げた。

婚約者のドルチェ・クロッカス侯爵家令嬢と、父親のクロッカス侯爵家当主が入ってきた。

婚約者に拒絶される覚悟と、僅かな期待が交差する。
ドルチェ嬢は部屋に入るなり「リソルート様、お顔の怪我はどうなんですの?まさか大したことはございませんよね?」と食らいついてきた。

心が一瞬で凍りついた。

「ははっ…気になるか?だったら見ればいい…」

顔のガーゼをゆっくり剥がす。
僕は一体何を待ち望んでいるんだろう…
左目は垂れ下がり、頬はかさぶたとケロイド状で、口元はえぐれてまともに閉じられない。

ゆっくり顔を上げると、ドルチェ嬢は令嬢とは思えぬ叫び声をあげて

「バケモノよ!こんなの人間じゃないわ!いくら次期大公夫人になれても、こんなバケモノと一緒に暮らすなんて嫌よ!死んでも嫌よ!」
そう言って気が狂ったように部屋を飛び出した。

——もはや僕は人間ではないようだ。
死んでも嫌がられるような顔なんだ——

クロッカス侯爵家当主は娘の失言をひたすら謝り倒し、逃げるように去っていった。

僕はドルチェ嬢が出ていった扉をじっと見た。

——さようなら元婚約者。僕の初恋の人。

もうこの顔では結婚は無理だ。ましてや後継なんて望めない。

「父上、レアソル家を私の代で終わらせることになり、不甲斐ない息子で申し訳ございません。遅くなりましたが執事長から第一騎士団へ退団届も送りました」

父上はあっけらかんと答えた。

「グランディオール王国の大公家⁈そんなものは大したことないさ。色々片付いたらレグルス帝国に落ち着くのもいい。マエステラ、君はどうだい?」

「それはいいわね。リソルートが来たらお兄様も喜ぶわ」

「では、母上… 私と一緒に逝ってくれますか?」なぜか口からついて出た。

一瞬、母は大きく目を見開いた後、やつれた顔でふっくらほほえんだ。

「ふふっ。それも悪くないわね」

あぁ…そんなことを母に言わせるとは、僕は何て愚かで最低なバケモノなんだ。

ある日の夜中、顔面の痛みで寝付けなかった。

何か、空気がおかしい。

違和感を探ろうとした瞬間、雄叫びが聞こえてきた。

剣を手に取り、わずかなランプの光で侵入者を確認すると、第一騎士団長のプレスト団長と同じ団員で幼馴染で盟友のタキトスだった。

(あぁ、バケモノのような団員がいては困るからか…)

最期にこの2人と思いっきり剣を向けるのも良いだろう。

トドメの一撃を喰らわそうとした時、

「ああーちょっと待て!待て!」と焦る声がした。

「なんだよ!リソルート。お前全然、剣の腕衰えてないじゃん。やっぱり、お前の本気、すげーよ」

タキトスもプレスト団長も座り込んで息を切らしている。

騎士団長が「おかしなモン出すんじゃねーよ」

と僕の退団届を投げつけてきた。

「このような顔では、騎士の務めは果たせません…今でも、あの日の恐怖に怯え、涙を流すような弱い男が、剣を振るう資格などありません。どうか、もう、見逃してください。」

プレスト団長はまるで子供の戯言かとでも言う顔をしている。

「馬鹿野郎‼︎顔で剣筋は決まるのか?辛い目に遭ったヤツに泣くな!情けない!と罵るのか?違うだろ!」

プレスト団長は続ける。

「剣筋は毎日の鍛錬だ、辛い目に遭ったヤツには寄り添うんだ。それが騎士だろ!怖くて、辛くて泣くのは当たり前だ。
それはお前の心の防御壁だ。怖さも、辛さも知っているお前は誰よりも強い騎士だ」

プレスト団長の言葉が僕の心にガツンと響く。

そしてその言葉に揺らぐ。

「僕に…第一騎士団に戻る資格はありますか?」

「あったり前だろう‼︎みんなお前を待ってるよ。本当は騎士団全員で今日乗り込むつもりだったんだ」
タキトスは泣いて笑って見せた。

「婚約も解消されました。死んでも嫌だそうです。」

「そんな女こっちから願い下げだ。俺と結婚するか?」僕の右手をとりプロポーズを真似ておどけてみせる。

するとそばで見守っていた母上が「もう少しあなたの顔を見ていたくなったわ」と笑って見せる。父上の目尻に温かい光を感じた。

やはり僕に神なんていなかった。
いたのは両親と仲間だった——
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