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可愛いあの子は気付かない
しおりを挟む――エドワードSide
「これはこの式に当てはめたらいいよ。この単位が出てきたら……」
図書室でよく友人らしい者たちと勉強会をしているやつがいる。その友人たちは日によって変わっていたが、教えているやつは毎回同じ。
誰かに声を掛けられると面倒臭いため、人目につかないように図書室を利用していた俺は、その集まりを度々目にしていた。教える役割なのだろう、毎回必ずいるそいつが同じことを何度聞かれても毎回同じように丁寧に根気良く教えているのを横目で見ながら、大変だなと思っていた。
そいつは他のやつが質問してきて自分の手を止められても、嫌な顔一つせずすぐに教えて、参考書を開いて説明し始める。断れない気弱なやつなのかと思えばそうにも見えず。何となく気になって、暇つぶしがてら声を掛けたのが始まりだ。
「えっと、この説明文分かりにくいから、こっちの参考書を読むといいよ」
「あぁ、確かにこっちは分かりやすいな」
そう礼を言って返すと、ただ役に立てて嬉しいといわんばかりに笑うディランに自然と口角が上がる。
騎士科で成績優秀な俺は、すでに騎士団からの推薦状ももらっており、正直学園が退屈で仕方なかった。学園では俺の右に出るやつはいないし、そもそも俺にかかってくる気骨があるやつもいない。
当たり障りなく上辺は取り繕いながら生活しているが、そのせいでやたらと色んなやつに話し掛けられて面倒臭い。そういうやつらほど、図書室なんて利用しないから良い隠れ蓑だと行くことも多かったが、そのおかげでディランに会えた。
二人で勉強していても、俺が聞かない限りディランから話し掛けてくることはない。勉強という名目で会っているのだから当たり前だが、俺からすればこういうディランの態度が好ましかった。
「ご、ごめん、当たっちゃって。こ、こっちの式は応用で使えて……」
わざと手が当たるフリをして触れたり、自然に見えるように肩を寄せたりするとディランの頬が赤く染まる。もっと赤くなるところを見たくて近付こうとすると、決まって慌てたように距離を取られて勉強の話に戻ってしまう。
正直、教科書を読めば理解できるし教えてもらうことなどないのだが。暇潰しで始まった勉強会というディランとの時間が思いの外居心地良く、踏み込んでこないところに好感を持ったのにそれがつまらなく感じる。
「これについて詳しく載っている参考書は知らないか?」
「あっ、それなら向こうの棚にあったよ」
そう言って取りに行くディランを追いかけ、高い位置にあるその参考書に手を伸ばそうとしている後ろから、覆い被さるようにして取る。自然と距離が近くなり、わざとそのまま顔を近付けて聞く。
「これか? 横にも同じようなやつがあるな」
「そ、それ、で、合ってるよ」
ディランは後ろから分かるほど耳を赤くして俯きながらそう言うため、イタズラ心が湧き上がる。片手を棚について、閉じ込めるようにすると、
「ディラン、こっちの参考書は駄目なのか?」
そう言って眼の前にある本について聞く。ディランがそれを見ようと顔を上げると、俺の顔が近いことに気付いて頬が赤く染まった。
――可愛い。
俺のことを意識しているのは分かるのに、踏み込んでこないディランに焦れったくなるが、反応が可愛くてつい意地悪したくなる。
何度も勉強会をしてはそれなりに距離を縮め、好意を寄せられていることには気付いているが、ディランはそれ以上近付いてこようとしない。そのくせ、教室までわざわざ行ってディランを呼べは、驚きながらも嬉しそうに駆け寄ってくる。そんなディランが可愛く思うのは仕方ない。
「エド、学園案内よろしくね。指名しておいたから」
「は? 案内って……。あぁ、入学前の見学か」
家に帰ると俺の部屋で勝手にくつろいでいたリンデルに突然そう言われ、怪訝な顔をしながらも次入学だったなと思い出す。
「そうだよ。好きになられると面倒臭いし、父様から話を通してもらったから」
「あの親父さんが?」
「僕の送り迎えもよろしく」
「あぁ? なんでそんな面倒臭いこと、家のやつらに送迎してもらえばいいだろーが」
「家のことを持ち出すのはあまり良くないからって父様が。あと、ある程度のことは自分で対処できないと駄目だってさ」
「それで何で俺が送迎しないといけないんだよ」
「僕のこと分かってるし、僕達に繋がりがあることは周りに知られておいた方がいいだろうって」
俺とリンデルは幼馴染だが、実際は従兄弟で血縁関係にあたる。面が良いリンデルが傍にいると、敵わないと思うのかそういう目的で近付いてくるやつは少なく、それはリンデルも同じで。利害が一致していた俺等が度々お互いの名前を利用していたことはあった。
「面倒臭ぇ……」
そろそろディランとの仲を進展させたいと思っていた時にこの話をされてうんざりする。そんな俺の様子を見て、
「送迎ぐらいいいじゃん。訓練も物足りないって騎士団の訓練に参加させてもらってるんでしょ? 学園退屈してるんじゃないの?」
リンデルが不思議そうに聞いてくる。確かに学園自体は退屈だが、ディランに会えるため最近は楽しんでいる。だが、それを言うとこいつは絶対にディランに余計なことを言うため口を閉ざす。
「送迎は始めだけでいいだろ。後は自分でどうにかしろ」
「言われなくても。相変わらず外面はいいんだね。その態度見たらみんなびっくりするんじゃない?」
「うるせぇよ。お前も外では猫被ってるだろーが」
笑ったリンデルは、言いたいことだけ言うとさっさと帰って行った。
そして、学園でディランに空いているか聞かれた日がその見学日で。案内にあたっていない学生はその日、休みになる。まさかディランから誘われるなんて思っていなかったため、驚いたとともに最悪だと舌打ちが出そうになる。せっかくの誘いを断る羽目になり、こんなことならリンデルの案内は誰かに押し付けるかと考えるが、あいつの親父さんには世話にもなっているため無下にも出来ない。
終わってからならと伝えるが、ディランは泣きそうに大丈夫だと首を振って謝ってくる。少し手を出そうとしようものなら怯えそうな小動物感と可愛らしさにめちゃくちゃに抱き締めたい衝動に駆られ一瞬反応が遅れると、ディランは慌てたように去って行ってしまった。
「何でお前を案内するためにディランの誘いを断らなきゃならねーんだよ」
「うるさいな、知らないよそんなの。良かったじゃん、そのディランって人。エドから逃げられて」
見学日、リンデルを案内していると、最近一緒にいる子とはどうなんだと級友が余計なことを聞いてきたためディランの存在がリンデルにバレた。だから開き直り二人になった時に八つ当たりする。するといけしゃあしゃあと鼻で笑いながらそう返してきやがる。
「親父さんが絡んでなかったら他のやつに押し付けられたってのに」
「グチグチとうるさいなぁ。こんなやつのどこがいいのか本当に分かんない」
「お前もな。可愛げがないんだお前は」
「ネチネチしてる執着やばいやつに言われたくないね」
端から見ると穏やかに談笑しながら案内をしているが、実際の俺等は嫌味を言い合いながらバチバチに喧嘩腰で話していた。そうしていたからか、リンデルが入学してきて送迎をしているだけなのにあることないこと噂されるようになってしまった。
リンデルと俺の仲を邪推するやつが多く、勝手に恋人にさせられていることに寒気がした。兄弟という感覚が近いやつと恋人になんかなれるわけねぇだろ、気持ち悪い。リンデルはその噂を聞いて家で腹を抱えて笑っており、俺がディランと会えていないことをニヤニヤと煽ってくる。
「見たよ、ディランさん。小動物みたいな可愛らしい人だよね。絶対良い人だ、って見た目で分かる感じ」
「お前、ちょっかいかけんなよ。ただでさえお前との噂で迷惑してんだよ」
「それはエドがさっさと捕まえないからじゃん。でもいいな、ディラン先輩。可愛いよね」
そうニヤニヤするリンデルを睨み付け、ため息をつく。
……最近、ディランに避けられている。
恐らく、噂を鵜呑みにして俺を諦めようとしているのだろうということは手に取るように分かる。ディランは争うタイプじゃないし、相手が幸せならと自分を押し殺す傾向にあるだろうことは想像できる。さっさと誤解を解きたいが、学年が変わってやることも多く、騎士団での訓練も本格的になってきて時間が足りない。
それをいいことにリンデルに煽られるわ、ディランには会えないわでストレスが溜まりつつある。そして、ディランが裏庭にいると聞いて、ようやく話せたと思ったらすぐに立ち去られてしまった。咄嗟だったから、最近級友が勉強が出来なさすぎて一年の科目をやり直していることを思い出して言ってしまい、恐らくリンデルのことだと誤解されたと後になって気付いた。
「チッ、最悪」
「もー! 校門のとこで待っててって言ったのに全然来ないし! 1時間も待たせる!? 来ないならちゃんと言って!」
すぐに探しに来たリンデルに怒りながら言われ、苛立ちながら舌打ちするとそれに対しても怒ってきてげんなりする。うるせぇ。
そして、もういい加減ディラン不足になっていたため、次の日に捕まえる。すると、ウィリアムと泊りがけで勉強会をすると言ってきて、一緒のベッドで寝たこともあると知ると嫉妬で顔が引きつりそうになった。他のやつと泊まりだなんて許せるわけもなく、半ば強引に俺の家で勉強会を開くことを提案し連れて帰る。
久しぶりにちゃんとディランと過ごせて嬉しい反面、ウィリアムが邪魔過ぎる。良い奴ではあるのだが、今は邪魔過ぎる。他意はないことは分かっているがベタベタとディランに触れるのも気に入らない。ディランの肩に腕を回した時は思わずそれを振り払ってしまった。どうにかにて帰らせるかと考えていたが、幸運にもウィリアムは翌日に予定があったらしく帰っていった。
そして、戸惑うディランに考える隙を与えず畳み掛けるようにして同意をもらい、恋人になることが出来た。その日の内に触れて、可愛い反応ばかり見せるディランに我慢できる訳もなく、最後までその身体を味わい尽くした。
「ず、ずっと一緒に、いれるの?」
行きも帰りも、昼食時も一緒に過ごすと言えば、期待するように嬉しさを溢れ流すような目を向けてそう言ってくるディランが可愛くて。卒業後、俺は騎士団に所属することが決まっているため、収入は安定だ。ディランが働く必要はないし、ディラン一人養うことは可能だろう。一緒に暮らす家も探さないと。
「あぁ、将来のことも考えないとな。ディラン、どこに家を建てたいとか希望はあるか?」
「へ? い、家? えっと、ど、どこに建てた方がいいとか、あまり分からなくて……」
「そうか、じゃあ任せてもらってもいいか? ディラン、親御さんにも挨拶させてもらいたいから、いい日を教えてくれ」
「え、え、あ、そっか、じゃあ僕も挨拶しなきゃだね。分かった、聞いておくね」
外堀を埋めるためにもディランの親には先に挨拶しなければ、と切り出せば、ディランはそういうものだと疑いもせずに了承し頷いた。純粋で素直なディランは俺を疑うこともなく、こうしてどんどんと外堀は埋められる。
「聞いたよ。ディラン先輩の親に挨拶したんだって? 怖すぎるんだけど。婚約してる訳でもないのに重すぎ」
わざわざ家まで来たリンデルが引いた目で言ってきたが、それよりも。
「お前、あまりディランに近付くなよ。前もわざわざ教室まで行ったらしいな。手出したら殺すぞ」
「こっわ! 僕のこと誤解してたら可哀想だなって思ったからわざわざ説明しに行ったんじゃん。感謝してよ」
「あわよくばを狙ってんの丸分かりなんだよ。そもそもディランの方が圧倒的に可愛いんだから不安になる要素ねぇだろ」
「うっざ。でも僕ディラン先輩と仲良くなったもんね。親戚だって言ったら明らかにホッとしてふにゃって笑ったんだよ、すっごく可愛かった。残念だね見れなくて」
ニヤニヤと勝ち誇った顔で言ってくるリンデルに苛立つ。こいつとは好みが被ることが多いから嫌だったんだ。この見た目を利用して、気に入ったやつだと普通に抱きついたりするから本気で近付いてほしくない。
学園での昼休み、ディランが恥ずかしがるため人目のない裏庭で過ごす。ここは日当たりも良くないから昼に来るやつはあまりいない。足の間に座らせ、後ろから抱き締めディランを堪能しながら、
「ディラン、次の休みに出掛けないか」
「う、うん。どこか行きたいところがあるの?」
次の休みに約束を取り付ける。今だに触れられることに慣れないディランが愛しくて、頬に唇を落とすと真っ赤になった。
「指輪を見に行こう。卒業後にはなるが、ディランの好みを知っておきたい」
「ゆ、指輪……。あの、それは、つまり卒業後もずっと一緒ってこと?」
「当たり前だろ? 学生の間は仕方ないけど、卒業後は一緒に住みたい」
「ひえ、す、すごい。僕、まだエドワードと付き合えてるのが夢みたいなのに」
そう言って顔を赤くしながら嬉しそうに笑うディランにたまらなくなる。絶対に離してやらないし、逃がす気もない。そんな俺の思惑に気付かないディランはただ俺の腕の中で可愛く笑うのだった。
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