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のんきな兎は連れて行かれる
しおりを挟むいつの間にか眠っていたらしく、起きると外は明るくなるところだった。起き上がる気力もなくて、再び丸まる。連休だったため、家から出る用事もない。ロイはいない……。
そう考えると、また涙が出て来てめそめそしてしまう。朝ご飯も食べる気が起きない。光飴だけ一粒口に入れてゆっくり溶かしていく。
「薬草、置いて来ちゃった……。」
頭が真っ白になって荷物を詰めたから、薬草を置いて来てしまった。取りに行きたいけど、庭でも育て始めた薬草は多くなったため、僕だけでは運べない……。でも、もうロイのいる家に行っていいのか分からない。そうして考えている間に時間が過ぎていく。すると、
―――トントン。
扉をノックする音が聞こえて、兎耳がピンと立つ。そろそろと扉に近寄り、そっと開けた。
「やぁ、おはよう。さて、行こうか。」
そこにはレイルさんが立っていて、僕の様子を見て困ったように笑いながらそう言った。
「行く……?」
僕は、何を言われているのか分からなくて、レイルさんを見上げて聞き返す。
「思っていたより事が早く済んでね。うーん、良く眠れてないみたいだね。はい、おいで。」
返ってきた言葉の意味も分からないまま呆然とする僕に、レイルさんはそう言うと両腕を広げた。僕は、それが何を意味しているのか分からず、レイルさんの腕と顔を交互に見る。
「あれ?おかしいな。これで来るって聞いたのに。じゃあ行こうか。」
レイルさんは首を傾げると、近付いて来て何を思ったのか僕を抱き上げた。片腕に座るように抱えられ、思わずレイルさんの首にしがみ付いたが、僕はポカンとして思考が停止する。
「はい、じゃあ行こうね。」
微笑みながら言われるが、どこに行くのかも何も知らされず、僕はびくびくしながらされるがまま連れて行かれることになったのだった。
スタスタと僕の重みなど感じないように歩くレイルさん。ロイのことを思い出して悲しくなるが、抱き上げられている今は落ちないようにしがみ付くしかない僕。
そうしていると、着いたのは、
「……王宮。」
見覚えのある建物に、僕は血の気が引くのを感じた。もしかして、僕、王様に怒られるの……?
「うぅ、僕はロイと一緒にいたいだけなのに……。怒られるのやだ、おうち帰る……。」
ぐすぐす泣き始めた僕を見て、レイルさんは首を傾げた。
「どうしたんだい、突然。大丈夫大丈夫。」
宥めるようにそう言ったレイルさんだが、僕は全く安心できずしがみ付いたままめそめそしていた。そして、そのまま王宮内へと足を踏み入れたのだった。
勝手知ったるように足を進めていくレイルさんだったが、ある扉の前で止まった。ノックもせずに入るレイルさんは、
「お待たせ。」
そう言うと、僕をそっと降ろした。僕はどうしたらいいのかも、この部屋は何なのかも分からず離されてビクビクと顔を上げる。すると、
「ウルル、来い。」
その姿を捉えて言葉が聞こえた瞬間、僕は反射的に広げられた腕の中に勢いよく飛び込んだ。
「ロイ……っ!ロイ、ロイ、うわぁぁん……!」
ひっくひっくとしゃくり上げながら必死にロイにしがみ付いて泣く僕を、隙間がないくらい強くギュッと抱き締め返してくれるロイに、胸がいっぱいになって満たされていくのが分かった。
「おや、私が同じことをしても来てくれなかったのに。」
「行くわけねぇだろーが。ウルル、悪かったな俺のせいで。話聞けるか?」
そう言ったロイが、腕の力を弱めて身体を離そうとしてきたため、僕はいやいやと首を振って離されまいとしがみ付く。
「あー、分かった、このままでいい。……おい、こいつにどういう説明したんだよ。」
ロイが低い声でそう言ったのが分かった。そこから、レイルさんが僕にしたことを説明すると、ロイが大きな溜め息をついたのが分かった。
「何でまたそんな脅すようなことを……。」
「嘘を付ける子ではないと判断したからだよ。知ってしまえば後戻りはできないが、知らなければ助かることもある。分かるだろう?最悪の事態になった時、傷付くのはこの子だ。」
「はぁ……。理解はできるけどな、こんなに怖がらせなくてもいいだろ。」
「うーん。それなんだけどね、私としては優しく接したつもりだったんだよ。何故か初めから怖がられてしまってね。どうしてだろう。」
僕は二人の会話を聞きながらも今の状況が理解できないでいた。でもロイから離れたくなくて、ギューッとしがみついたまま。そんな僕を抱えると備え付けられているソファに座ったロイ。レイルさんも、向かい側に座ったのが分かった。
「ウルル、王女との婚姻は、王が勝手に言ってるだけで断れる程度のもんだ。」
「……ロイは、僕の?」
「ふっ、あぁ、お前のだ。」
「つ、番、やめてって……。」
「俺はお前以外と番になる気はねぇよ。そう言ったのは、お前を守るためでもあったんだが…。分かんねぇよな。順序立てて説明する。」
僕の頭に手を置いたロイはそのまま兎耳に手を滑らせるようにして撫でてくれる。僕はそれに安心してしまって、目を閉じるとそのまま意識が遠退いてしまったのだった。
―――トレイルside
「……寝ていますね。」
「眠れてなかったらしい。」
後処理のために呼ばれた後、部屋に入ると、安心したように眠っているウルル君を見てホッと胸を撫で下ろす。ロイにしがみついたまま眠っているウルル君の頭を優しく撫でてそう言ったロイは、レイル様に目を向けた。
「それにしても、早かったね。」
「……さっさと片付けろって圧かけてきたやつが何言ってんだ。」
「そりゃそうだろう。弱い者を守るにはね、囲うだけじゃ駄目なんだよ。強固な檻を準備しておかないとね。」
微笑みを浮かべたままそう言ったレイル様に薄ら寒さを感じる。
―――ウルル君を保護しなければと迎えに行かせた騎士から話を聞いた時、安心したと同時に寒気がした。
ウルル君はもともと住んでいた家に戻っており、レイル様らしき人物を街人が見掛けたと話していたと。
それを聞いて、ウルル君がレイル様に保護されていると察した。それと同時に、保護しなければならない事態になっているという状況だと理解し冷や汗が出た。
「貴族たちの耳に話が入る前に、ウルル君を別の場所に移す必要があったからね。」
「……だとしても、どのように今回の話を知ったのです?」
公爵家が知ったのでさえ、レイル様が行動した後だったと考えると、その情報網の凄さが分かる。そもそも、レイル様は国を離れていたはず。帰ってきたにしてはタイミングが良すぎる。
「ロイに番ができたって聞いてね。後は魔物の動きも気になったから戻っただけだよ。そうしたら、今回のことを小耳に挟んでね。」
そう言ったレイル様だが、そのロイに番ができたのも、今回の話のことも、誰からどうやって聞いたのかは教える気がないらしい。こちらが何を知りたいのか理解している上で、意図的にそう言ってくる人にそれ以上どうやって問えるというのか。溜め息をつきたくなった時、
「だから、誰から聞いたんだって聞いてんだよ。」
ロイがウルル君の兎耳を撫でつけながら聞いた。
「そんなことより、ロイ。何かあればその子が狙われるのは分かっていただろう。お前には手出しできないが、その子を攫い閉じ込めれば、いとも簡単に圧倒的な矛が手に入るのだから。」
「……俺が黙ってされるがままになると思ってんのか?」
「いいや。だが、その子が傷付けられるとしたら?監禁場所が分からなかったら?その子の家族も巻き込んだら?残虐性を潜めているやつっていうのはどこにでもいるんだよ。まあ、きっかけがなければお前に牙を向けようと思うやつなんてそうそういないだろうがね。」
そう静かに言ったレイル様に、思うところがあったのかロイは黙り込んだ。
今までロイに手を出すような輩がいなかったのはそれに対しメリットがなかったからだ。しかし、今回は違う。国という大きな組織が絡むと、それに目が眩む者、利益を得ようとする者、優位に立とうとする者などが出てきてしまう。
その時に、ロイに歯向かうことは出来ずとも、簡単に言うことを聞かせるには弱味を奪い、それを盾に服従させればいい。レイル様が動いたという事は、そういう下衆な考えを持った者がいたということなのだろう。
もしウルル君が捕まった場合、ロイの番だと言えば利用されるに決まっている。だが、もし番であることを濁したり否定した時は、利用価値がなくなるのだ。番と名乗るということは、お互いをそうだと認識していなければ出来ない魂の契約を約束しているということ。番と名乗る行為はそれほどまでに重く、重要性を持つ。
ただの騎士団に所属している者というだけで危ない橋を渡るとは考えにくい。騎士団は国に仕える者たちの集団、それに攻撃するということは国に対し行うことと同義だからだ。番でない者を攫ったところで、ロイを制御できる訳もない。そうすると得られる利が少なすぎるためだ。
最悪の事態を想定した上で、ウルル君にその話をして混乱させたのか。
「……さっさと番契約しとくんだった。」
だが、それによりウルル君が不安に思って泣いていたことも分かったのだろう。ロイは眠るウルル君の頬に指を滑らせた。
「本当にね。さっさとしないからこうなるんだよ。可哀そうに、ずっと震えてビクビクしてたよ。あー可哀そう。」
「あぁ!?さっさと事情話して騎士団に預けりゃ良かっただろーが!」
「何かあったらすぐに何処かに行っちゃうような子なのに?危機感がない子にはね、不安にさせて悩ませた方が立ち止まってくれるんだよ。結果、ウルル君は家に留まってくれたし、危険はなくロイに引き渡してあげられた。最善だったと思うけどね。」
ロイとレイル様が言い合うのを聞きながら、どちらの言い分も理解できるため苦笑する。
レイル様がしたことは、ウルル君を精神的に揺さぶってしまったが、最悪の状況も踏まえた上で最善の対策だったと言える。
もともとウルル君が住んでいた家に移動させたのも、番ではなくなったと匂わせることと、ロイの家にいるはずという認識を破って時間稼ぎすること。あと、ロイの家にはマーキングが行われているため誰も近付かない。そのため、ウルル君を害する者が誰なのか炙り出すためにという狙いもあったのだろう。実際、レイル様はウルル君の家を見張り、狙って来た者を返り討ちにした挙句、依頼者を吐かせて反逆者を吊るし上げてきた。
全てウルル君のためではあったのだが、不安で体調不良になることでさえこの人は分かっていたのだろうか。ウルル君を休ませるという選択をした俺のことでさえこの人の掌の上だったのではないかと顔が引き攣りそうになる。
まぁ、もう済んだ話だ。ロイは戻って来て早々にその話を聞き、王の前で一蹴し、貴族たちにも知れ渡るようにお触れを出させた。貴族への対応で駆り出されたが、そもそもロイの性格もウルル君のことも知っている者たちが大半だったため、悪意を持った者たちの取り締まりで骨が折れそうだったがレイル様が炙り出してくれていたおかげで少ない時間で済んだのだ。
だから、もう何も問題はないのだが、それより…。
「レイル様、さっきから気になっていたのですが。…その話し方はどうなさったのですか?」
思っていたことを尋ねた。
「こっちの方が色々とやりやすいことに気付いてね。改めたんだよ。そんなに変かい?」
「いえ、変ではないのですが、違和感と言いますか……。」
「気持ち悪いんだよ、その口調。腹黒さが滲み出てるから、ウルルが怖がったんだろーが。」
呆れたようにロイが言いながら、身じろぎしたウルル君の頭を優しく撫でた。
「野生本能かな。ずっと微笑んで優しくしていたのに、一向に懐いてくれなかったよ。」
そう言ってレイル様は肩を竦めた。
俺が知る限り、レイル様はロイと同じような口調だったのだ。似合ってはいるのだが、知っている身としては違和感がすごい。恐らく、ウルル君も強者であるレイル様の拭えぬ違和感に本能的に恐怖したんだろう。がっちりウルル君を抱えてずっと頭を撫でているロイに苦笑しながらも、最悪の事態にならなくて良かったと安堵するのだった。
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