はるかかなた

相馬正

文字の大きさ
8 / 33
一章 ラストワン

1-08 正義は我に

しおりを挟む
 五百二十円。今週、俺が使える全財産だ。今日は木曜だから、これであと二日乗り切らないといけない。飲み物だけは何とかなりそうだけど昼飯は抜きだな。
 財布の中身と相談し終わると、いつも立ち寄るコンビニをスルーした。

 学校に着くと、朝練をしている生徒以外、校舎に向かう人影はほとんどなかった。静まり返った廊下を歩く。今日は一番乗りかもしれない。そう思いながら教室に入ると先客がいた。白銀だ。

「おはっす」

「おはよー田中君。今日は早いね」

「まあ、たまにはね」

 早く来た理由はしょうもないので、そこには触れず、カバンを置いて席についた。そうだ、せっかく白銀が来てるならゲーム始めたことを言っとくか。

「ねえ、田中君さ」「なあ……」

 ほんの一瞬だけ白銀の方が早かった。

「何?」

 彼女はこちらを向いてチョイチョイと手招きしている。なんだろう? でもなんか可愛いなその動き。
 席まで行くと白銀はコンビニ袋を取り出した。

「田中君、菓子パン好き?」

「え、どうしたのこれ?」

 中には同じ菓子パンがいくつも入っていた。どんだけ食うんだよ。思わず白銀の顔をまじまじと見てしまった。

「や、あ、違うのさ! 別に私が全部食べるわけじゃなくてさ……」

 俯き加減になってショートカットの前髪が眼鏡にかかる。しかも若干照れてる。

「いっつも新商品が出ると、ハヤの分も買って一緒に食べてたのさ、だから……」

「なるほど、これは二人分か。いや、それにしても多くね?」

「もうっ! そこはいいのっ! さすがに食べ切れないからさ、田中君が菓子パン嫌いじゃなきゃあげるって言ってるのさ」

 マジで!? くれるって!?
 こういうのなんて言うんだっけ、“棚から牡丹餅”、“渡りに舟”、“地獄に仏”、つーか、何でもいいや。

「じゃ、じゃあ遠慮なくもらおっかな。今日はまだ昼メシ買ってないし」

「お昼ゴハンって……や、だから菓子パンだってばさ」

「はは……」

 俺は女子の言う“甘いものは別腹”的な感覚が理解できない。だから菓子パンは充分昼メシになり得る。しかし、ただガッツクのは気が引けるな。

「そうだ! せっかくだからお昼一緒に食わね? 実は俺、昨日から例のゲーム始めたんだ」

「えっ、本当に!? うわぁ、久しぶりの新規ユーザーだ、嬉しい!」

 よしよし、白銀も喜んでくれた。これで貸し借りはないよな。
 → パンをもらう
 → ゲームの話しを聞く
 → 女子と二人メシ

 あれ、俺得ばかりじゃないか? ま、まあいいか。結果オーライってことで。

「じゃあお昼にまた」

「りょーかいっ」

 はは、「りょーかい」ってなんかオタクっぽいな。やたら語尾に付けてる「さ」ってのも何かのキャラ作りか? さすがヘビーユーザーは違う。



 少しすると、他の生徒も登校してきた。

「わっ、田中君はやっ! おっはよー」

「おっす」

 クラスのほとんどの連中は、大して絡みはないけど挨拶くらいはする。けど、どいつも白銀と挨拶を交わす様子はない。別に無視って感じでもないが。結局、致命的なクラス分裂にはならなかったけど、なんか白銀だけ浮いた感じになっちまったな。

「おーすカナタ」

「よお」

 三門だ。男連中はほとんど俺を下の名前「カナタ」で呼ぶ。まあ、「田中」なんて多過ぎるからな。ただ、下の名前で呼ばれると一見すげー仲良さそうだけど、俺には友達らしい友達がいない。三門と話すようになったのだって最近だ。

「田中君おはよー」

「おーす」

 女子からはみんな「田中君」って呼ばれてる。まあ、下の名前で呼ばれても俺が困る。そういや昨日、久しぶりに女子から名前で呼ばれたな。

「おっはよーカーナタ! あーんど三門君」

 コイツだ。

「お、おい! 今、小金沢がカナタのこと『カナタ』って呼ばなかったか?」

「あん? お前だってそう呼んでるだろ」

「ああ、そっか、そうだよなー」

 三門、お前、頭悪いんだな。
 隣の席では小金沢が平然とカバンの荷物を取り出している。コイツ……名前で呼ぶのは昨日だけじゃなかったのか。周りの女子がヒソヒソ話しているのが全部、俺と小金沢の仲を勘ぐってるように思えてしまう。変な噂になってないだろうな。下手に否定したり焦ったりするのは逆効果だ。とにかく普通に、こっちも必要以上に小金沢を意識しないようにしないと。



 キーン コーン カーン コーン

「あー、やっとお昼ー、もうお腹ペッコだよ」

 隣で小金沢が机に突っ伏した。

「ううー、私もペッコー」

 他の女子も小金沢に続いて突っ伏していく。

「流行ってんのかソレ?」

 軽くツッコミを入れるとカクカクと小金沢の首が動いて顔だけこっちに向いた。

「やめろ、キモいって」

「ひどーい。ねえ、カナタは今日もコンビニご飯?」

 ぐ……完全に名前呼びする気だなコイツ。昼はコッソリ抜けるつもりだったけど、そっちがそうくるならこっちにも考えがある。

「いや、今日は白銀と一緒に昼メシ食べるんだ」

「はぁっ!? 何それ!」

 小金沢が突っ伏していた上体を起こした。他のみんなも起き上がる。いちいち反応が過剰だ。もうオタクギルドは崩壊したんだ、別に一緒に話そうが問題ないだろ。

「ゲームのこと色々聞かせてもらうことになってんだ」

「ええー、田中君ってゲームやるんだっけ?」

 他の女子からも追撃がきた。まさか未だにグループがどうのこうの言う気か。さすがにこっちも意地になる。

「やってなかったけど、今時、流行りのゲームくらい知っとかないとアレだろ」

「カナタ、何か隠してるでしょ?」

 小金沢に詰め寄られると、自分でも少し弱腰になるのが分かる。

「や、ほら、例の件もさ、聞けたら聞いてみようかなって思って」

「本当に?」

「何だよ『本当に』って」

「いらっ!」

 今、口で「いらっ!」って言ったろ? 何でキレてんだよ。

「ち、ちょっとメシを、くれるって言うから……」

「なっ! 食べ物で買収されてんじゃないわよ!!」

「ば、買収じゃねーよ! タダ飯は正義だ!」

「「まーまー、落ち着いて二人とも」」

 少しヒートアップし過ぎたせいか、見兼ねて周りの女子達が止めに入ってきた。

「ま、まさかお前ら……急に名前で呼んだり、今の痴話喧嘩といい、やっぱり……」

 そこに何を勘違いしたのか、三門があらぬ方向へ結論を持っていこうとする。すぐに止めないと。

「違う違う! コイツには借りがあるだけだ」

 俺の言ってることが理解できなかったらしく、三門は小金沢の方を見る。しまった、三門はバカだった。

「ちょっと! 違うでしょ今の! カナタへの貸しはもう返してもらったわ。借りがあるのは私の方!」

「なに張り合ってんだよ!」

「そっちこそ!」

 これじゃキリがない。俺は話を切って白銀の席に行った。

「白銀さん、昼メシ、屋上行って食べよ」

 ワザと大きめに喋って、少し強引に彼女を連れ出した。

「こら、逃げるなカナタ!」

 逃げるだろ普通! 小金沢はやけにキレ気味だし、三門は何か勘違いしてるし、他の女子達はゴシップ好き丸出しだし、そんな中で落ち着いて昼メシ食えるかっての。
 さらに教室を出る直前、オタク連中からは狂気にも近い視線を感じた。宮原が消えた今、もしかすると白銀は彼らのオアシス的な存在になっていたのかもしれない。って、厄介事増やしてんじゃん、俺!

「ちょ、ちょっといいの、田中君?」

 心配してくれる白銀だけが唯一の味方に思えた。なんかこんな物語見たことあるな。全てを敵に回してでもお姫様を救い出す王子ってやつ。今ならその気持ち、解る気がする。菓子パンは白銀の手に――そうだ、正義は我に。まさに気分はナイトだった。

「いいんだよ。言ったろ、タダ飯は正義だ!」

「いや、それ意味わかんないし」

 決まらない王子に噛み合わない姫。なんとも先行き不安だ。俺は屋上に向かいながら、面倒なことにならなきゃいいな、と思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

怪我でサッカーを辞めた天才は、高校で熱狂的なファンから勧誘責めに遭う

もぐのすけ
青春
神童と言われた天才サッカー少年は中学時代、日本クラブユースサッカー選手権、高円宮杯においてクラブを二連覇させる大活躍を見せた。 将来はプロ確実と言われていた彼だったが中学3年のクラブユース選手権の予選において、選手生命が絶たれる程の大怪我を負ってしまう。 サッカーが出来なくなることで激しく落ち込む彼だったが、幼馴染の手助けを得て立ち上がり、高校生活という新しい未来に向かって歩き出す。 そんな中、高校で中学時代の高坂修斗を知る人達がここぞとばかりに部活や生徒会へ勧誘し始める。 サッカーを辞めても一部の人からは依然として評価の高い彼と、人気な彼の姿にヤキモキする幼馴染、それを取り巻く友人達との刺激的な高校生活が始まる。

処理中です...