はるかかなた

相馬正

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二章 勇者誕生

2-14 不可侵領域

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 ミスリルが継承した《勇者》の称号は、ファーワールドの中で兼ねてから噂になっていたらしい。キングやクィーンのように称号が付与されたわけだが、大きく違うのは唯一無二の存在って点だ。ネットアイドルとも違うけど、今後はどこへ行っても注目を集めるのは避けられないだろう。

 そう思った矢先、キュール王のイベント終了と同時に、野次馬連中が一斉に階段を駆け上がり、ミスリルに押し寄せた。正確には強制イベント中は、俺を含め誰も動けなかったのだが。
 あっという間にミスリルの周りには人垣ができた。けれど檀上の足場は狭く、俺はその人垣にすら入れずにいた。そこかしこから聞こえるミスリルに対する質問攻めとフレンド申請のシステム音、それとパーティー招待のシステム音、誰もが早い者勝ちといった様相をかもし出していた。

 その異様な光景を前にしてやっと失態に気付く。しまった、顔の見えないネットの世界ではモラルの欠如が常に問題視されてきた。今の状況は個人的な妬みや嫉妬、組織だった引き込みや派閥争いという事態を招きかねない。そのくらい想像できなかったわけじゃないのに。
 そんな中、誰かの舌打ちが聞こえた。斜め前にいた盗賊の男だ。男は小さな声で吐き捨てた。

「ちっ、限定アイテムかよ。“盗る”が効かねぇ」

 こいつは! ミスリルの《勇者のあかし》をこの混乱に乗じて盗もうとしたのか!? 早くも心配した事態が起こりかけている。さらに掲示板を見てみると、恐ろしい速さで書き込みが増えていた。盗賊の男と同じように、既に何人もが“盗る”を実行して駄目だったと書き込んでいた。
 さらにたった今、“PKして奪えばいいじゃん”という、無責任な書き込みが追加された。
 バカか! PKじゃアイテムは奪えない。けど、この書き込みに踊らされた奴がおかしな動きを始めたら……そういや、プレイヤー同士の対戦だったらランダムでアイテムが奪えるんだった。
 そう考えるよりも早く、それに気付いた他の誰かが既に書き込みを済ませていた。

 ここまでたったの二、三分。状況は刻々と変わり雰囲気も変わっていた。ミスリルを取り囲んでいる連中の大半が、後ろ手に武器を構え始めていた。このままじゃ檀上が最悪の舞台になる。改めて感じる人の醜悪さ。俺がログアウト不能バグを食らった時に感じた胸くそ悪さよりも最悪なものが腹に渦巻いていた。

「っ……こんの、やぁめろぉーーー!!!」

 俺の怒声が効いたのか、何か他の要因があったのかは分からない。ただ、戦闘が始まることはなかった。

「今の大声、タナーカー? いったいどうしたの?」

 目の前から近付く声と共に、人垣が裂けてミスリルの姿が見えた。なんか今、“裂けた”っていうより……周りの連中が“避けた”ように見えなかったか?
 その奇妙な感覚は俺だけに留まらず、周りのプレイヤー達も戸惑っている様子だった。いったい何が起きた? けど、お陰で殺気立った場の空気はすっかり薄まったようだ。今はあれこれ考えるよりも先に、早くここから離れたほうがいい。

「あ……えーっと、ここ足場狭いだろ。ちょっと誰かに押されて腹立って、『こらぁ!』……ってさ」

「ええー? それにしては凄い声だったよ」

「いいから、もう行こうぜ」

 周りの奴らがいつまた変な気を起こすかも分からない。

「待って、それなら王様に挨拶しておかないと」

 いやだから、その人NPCだから。つってもわかんねーか。
 ミスリルは檀上の玉座に座る王様と、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた野次馬連中に向かって言った。

「私は勇者・ミスリル。まだまだ力も経験もなく、この世界の為にできることはなんと少ない事か。それでもまずは、このフィールドのボスを倒して参ります」

 わけのわからない宣言は、KYなコイツならではだったのかもしれない。けれど、面と向かってそう言われた野次馬連中は、それに対して応援を返すしかなかった。

「「お、おおー……」」

「「が、頑張れ勇者ー!」」

 そして、大きなもめ事もなく、俺達はそこから立ち去ることができた。もしかして、さっきの奇妙な力もコイツの……? 改めてミスリルのステータスを確認してみたが、勇者特有のスキルは見当らなかった。というより、ベースは戦士の時のままだ。
 元きた薄暗い通路の中を戻りつつ、ずっとそのことを考えていた。答えは意外にすぐ近く、ミスリルのアイテム《勇者のあかし》の説明の中に書いてあった。


<勇者のあかし付与効果>

【不可侵領域】
 勇者は他者を攻撃できない。そしてまた、勇者は何者にも攻撃されない。(魔物やモンスターはこの限りではない)


 アイテム所持で発動する効果、そして《勇者のあかし》自体は譲渡不可ときている。なるほど、勇者は人々の為に戦う存在。そして、人々は勇者の為に協力する。当然と言えば当然か、勇者がプレイヤー同士の争いに混ざるのはタブーに決まってる。それに勇者になる為にプレイヤー同士が争うってのも本末転倒だ。
 それにしても最近のゲームは色々とよく考えるよな。それに比べてミスリルは、何を考えてんだか……いや、何も考えてないんじゃないか?

「なあ、なんでまた急にボスなんだよ。俺がボス行こうって言った時は難癖つけてきたくせに」

「ちょっと、人聞きが悪いわね。あの時はあの時。今はほら、ちゃんと“戦う理由”ができたでしょ」

「は? あー、そういや言ってたなそんなこと。はは、それでさっそく《勇者》しようってか」

「それそれ!」

 急に大きな声を上げてミスリルが体を寄せてきた。そして今度は小声で呟く。

「その《勇者》っていうの? いまいちよく分かってないんだけど、私」

 へ?
 コイツ、噂の勇者になりたくてもなれない奴がどれだけいると思ってんだ? ついさっきもそれが原因で一触即発ってところだったのに……まあ、この様子じゃ何も気付いちゃいないだろうけど。
 つーか、ゲームをほとんど知らないコイツが勇者って大丈夫か? 勇者の使命って、世界を魔物から守ることだよな。そして、最終的にはゲームの攻略……って、無理だろ。

「あっはっは、なんかもう傑作だな」

「なんで笑うのよ!」

「悪い悪い。じゃあとりあえず、まだミスリルが入ったことのない街で情報収集といくか」

「入ったことないんじゃなくて、タナーカーが入れてくれなかったんじゃない! その分、他の人より出遅れてるんだから、勇者の勉強も兼ねて、街の隅から隅まで付き合ってもらうからね!」

「えっ、隅からって、ぜんぶぅ!?」

 その日、俺は“勇者様”のイベントに夜遅くまで散々引っ張り回されることになった。
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