ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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見えない敵

第十八話 嵐の前の静けさ

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 僕たちは次の街へと移動するため森の中に入っていた。鬱蒼うっそうとする針葉樹しんようじゅ、風に枝葉が騒めき、その間から光が差し込む。その中、火薬の破裂音が鳴り響き、鳥たちが慌てて、遠くへと飛び出す。

 僕はあいもかわらず射撃訓練を行っていた、MP7A1のトリガーを引く、その刹那せつな、弾道は弧を描きながら、正面の的を貫く。木の枝からぶら下がった大きな果実が粉々にくだけ、弾を通し、後方の大木にぶつかって木の破片をまき散らした。

 僕はその大木に近づいて弾痕を調べていた、的からおよそ距離は50mほどか、その距離でも短機関銃で狙撃できるほど腕が上達している。これなら、命中精度や貫通力を考えてアサルトライフルを武器として選択できる余地がある。

 そして、あれこれ銃の種類を考えフォルムを思い浮かべた。好きこそものの上手なれというやつか、僕はこの世界をある意味楽しんでいた、銃を持ち、気兼ねなくぶちかませた瞬間、この手に残った反動と重さの感触を心地よく感じてる。

「なんだか嬉しそうだな、なによりだ」

 メリッサが食事の支度をしていた。先ほど僕がクロスボウで撃ち落としたカモに似た鳥を4匹ほどさばいている、満足そうに僕はしてたのだろう、釣られてメリッサも僕の表情を見て楽しそうだ。

「そろそろ夕暮れだ。手伝うことはないかい?」

 僕は軽く尋ねる。男だからって家事を手伝わないやつは今時モテない、料理への感謝の気持ちを込めて雑事ぐらい手伝うべきだ。

「それなら、火をおこしてくれまきはあつめてあるから、よろしくたのむ」
「わかったよ、お姫様」

 そう言われて火打石で、かっ、かっと打ち付けて火花を散らして火を起こす。生きていた時は家に引き籠るかゲーセンでガンシューティングぐらいしか趣味がなかったが、こうやって外に出て自然に囲まれて、キャンプっていうのも風情があっていいな。

 夜、たきぎを囲みながら夕食を取る。……メリッサは相変わらず料理が美味い! 彼女の作る料理は僕の口に合って、大自然の中、森の食材と鳥の肉を鍋に入れた料理を二人で囲む。

 木のボウルからあっつあっつのスープを口に運び、口の中で肉汁が舌に絡みついてとろけそうだ、なんというか旨みが甘い、食感、味付けも完璧、素朴な野生料理は豪華な懐石料理よりも勝る。

 それに木の器にこの森でとったキノコと山菜と町で買った調味料あわせて作ったドレッシングを、たっぷりかけたサラダは素材の味を昇華させ絶品料理へと生まれ変わる。

 パンを丁寧にほぐしたものを突っ込んだスープに僕は舌鼓を打つ。ああ、あの堅いパンも料理人の腕次第で、変わるんだなあ、それにしてもメリッサはなんでこんなに女子力が高いんだろうか。

「ねえ、メリッサ、ヴァルハラで料理していたのかい?」

 そう僕がいうと、メリッサは奇妙な目をして、

「おい、あそこに食材があったか? まさか人肉とかいうじゃないだろうな、食事中にやめてくれ気持ち悪くなる」

 けほっ、けほっと僕はせき込んだ、メリッサはグロ耐性がすごいのか、食事中にどぎついことを平気で言う。まあ変なことを聞いてしまった僕が悪いんだが、ああ、気持ち悪い。

「あのなあ、私はヴァルキュリアで、ヴァルハラにいたころは他人の人生がのぞける。特に女の人生は興味深い。料理、裁縫、家事、とても面白かったな。

 そして暇を持て余すうちに、プロの料理人とかの人生を見ていた、ヴァルキュリアはその人間の人生を、実際に経験したようにシンクロする。人生体験しながら学ぶ料理は私にとって良い娯楽だったんだ」

 知識が十分にあったということか、まあでもそれを実践できるということは元々才能があったのだろう、その時一瞬何かを思いついたようにメリッサは頬を染めた。

「そのーついでになんだ、実体験できるということはその、男女のまぐわいというものも女の人生を通して体験したし、恋も実体験できる、まあ、お前の世界で言うとヴァーチャル恋愛を疑似体験できるんだ、わかるだろ、言ってること」

「だから恋愛願望がわいてきたと?」
「うるさい! もっとオブラートに包め、デリカシーがない」

 本当に恥ずかしそうなので、からかうと怒られそうだし、話題を変えてみるか。

「次はどんな街が僕たちを待ち受けているんだい?」

 メリッサは食事を大体済ましたようで、後片付けをしながら答える。

「次の街はフリューナグといってリッカよりもっと大きな街だ。市も街道も整備されていて法も整備されている、裁判所や市役所があるぞ、教会も大きい。警備も厳しくて、滅多なことはできないから気をつけてくれ」

 そうか、そんな大きな街なのか、僕は期待に胸を膨らませる。綺麗な風景は見ているだけで癒やされる、石造りの異郷の美しい風景は、日本人として心がおどるな。

 そう、異世界の眺めを楽しむ、そういう年代に僕はなっていたんだなあ、旅とは見知らぬものに出会いを求めるんだ。

 てきぱきと食事の後片付をすまして、僕たちは寝る準備をしていた、だが、メリッサと僕の距離はずっと近くなっていた、精神的なものだけではなく物理的に。毛布にくるまったメリッサと僕はとなりで顔合わせて目と目を合わせる。言葉もなくじっと見つめ合ってる。

 少しうるんだ瞳でメリッサは小さくささやいた、

「おまえ、こう見るとカッコいいな、髪型変えてみたらどうだ」

 おいおい何言ってるんだろう、僕はモテた経験がないぞ、初恋の日向さんぐらいしか女の子と接点がない、それなのにじっとまじまじと見てそんなこと僕に言うのか。正直言って年甲斐もなく照れる。この娘の趣味なのかな僕が。ろくでもないおっさん好きとは変わった好みだ。

 なんかこんな可愛い子に真正面からカッコいいとか言われるのはなんだかむずがゆい、よし、それなら、少しいたずらしてやる。

「でも、メリッサのほうこそ可愛いよ。とても素敵だ」

 ほら、どうだ、恥ずかしかったから、メリッサに同じ思いをさせてやろう。しかし、メリッサ動揺するどころか、「知ってる。でもお前にそう言われると、私うれしい」と言い放つ。

 相手のほうが一枚上手だった、逆に僕のほうが顔が熱くなるのが感じた。敵わないなこの娘には、満面な笑顔で僕を見つめる彼女はまさしく女神だった。

「……もうすぐ寝るぞ、何か忘れていることがないか?」

 メリッサは低いトーンで独特のハスキーヴォイスで甘くささやく。そういう言われ方をすると胸がドキドキしてくる、変だな、この感覚、すごくむずがゆい。だが、なんだろう? 忘れていることって、れたのかメリッサは近づいてきて耳元でそっとささやいた。

「……お休みのキス……」

 え? あ、いやそうか。恋人なんだよな、あまり実感がなかったけど、て、え? キスした方が良いのか? よくわからん。でも彼女はそう言うと、目をつぶって僕からのアクションを待っている、可憐な少女が僕の唇を求めていた、突如すっと年齢を重ねた我に戻り冷静になる。

 ……僕は自分は年の差を感じながらも、彼女の素直な気持ちを受け止めたいと思っている。正直周りから見ればおかしいカップルだ、かなり難しい恋愛だと思う。でもなあ、女に恥をかかせてはいけないんだ、ここは大人になって、彼女の気持ちを正面から受け止めたい。

 僕の恥ずかしくて死にそうな思いを横にやって、彼女の期待に応えることにした。そっと彼女の柔らかい唇を襲う。

「ん……んんっ……」

 鼻から出る呼吸が、甘く良い匂いがする。彼女の唇が軽く開いた瞬間、僕は勇気を出してメリッサの口の中に舌を入れる。

「ん?……んん?」

 彼女との舌を軽く絡ませた、反応を待つため少し間を置く、この選択は間違いじゃないのか自信がない、じっと見つめて確認する。メリッサはうっとりとしおれてしまった。そして、ぽつりとつぶく。

「こんなキス……私知らない。なんだか……切ない――」

 その彼女の反応に、僕の男の本性が沸き立ち、再びメリッサの唇をむさぼった。それを3分ぐらい続ける、甘く恍惚とした永遠と感じてしまうようなわずかな時間に僕は酔いしれた。

「はあ……はあ……はあ」

 息切れ、ため息、彼女の顔は真っ赤だ、可愛いな、むちゃくちゃに襲いかかりたい気持ちを抑えてじっとみつめる、だがあくまでも紳士に真摯しんしに。僕は揺さぶられ、壊れそうな理性をなんとか保つ。しばらくすると、メリッサはぽつり、静かに呟いた。

「……甘くて、切ない。胸が締め付けられる。いいな、こういうの、幸せだ……」

 その言葉にメリッサの頬を指先でなでて優しく頭をなでる。そして、お互いに好きだと呟いた、彼女は僕の手を取り柔らかな胸のあたりに持ってくる、僕たちは手を絡ませ合う。

 そして、笑顔で見つめ合い、おたがいどっちが先に寝るか、何も言わずに競争し出す。たぶん先に寝たのは僕だろう、記憶が途切れるとき、メリッサの笑顔の残像が頭にこびりついていた。

 メリッサの夢を見た。お互い少年少女で草むらを走る、ただそれだけの夢、でもなんだかそれが気持ちよかったんだ、心地よかったんだ。夢を見ながらどこか理解してる、──僕が年甲斐もない子どもだって。

 でもそれでもいいんじゃないか、だって、僕は夢の中でしか正直に生きられなかったんだ、こういう幸せだってあってもいいじゃないか、世間が許さなくても、神さまが許さなくても、このひとときの気持ちを大事にしたいんだ。

 記憶が突如とつじょ途切れ、気が付くと朝になっていた、どうしたのだろう、隣にメリッサがいない。まわりを見るとメリッサが立ち上がっていて、鎧姿で武装している。

「エインヘリャルが近寄ってくる――」

 僕はすぐさま毛布から飛び上がって準備をした。

「――メリッサ・ヴァルキュリア、僕に力を貸せ」

 僕は手慣れたMP7A1を選んで、彼女から銃を受け取った。あたりがざわめく、鳥のき声、いや、悲鳴か森の生き物が騒ぎ出す。そこらかしこに何かが走り回る気配がする。

 その時――

 ビュンと言う音がして光の閃光が僕の頬をかすめた、何が起こったのか冷静に考えて確かめた、地面を見ると光の矢が深々と刺さっている。

「ヴァルキュリア! ここはひらけた場所で相手から的にされる。森の中に入るぞ!」

 メリッサはうなずいた、僕たちは森や草木を盾にして、相手の的にならないよう走りながら相手の気配を探る。

――こうして見えない敵との攻防戦が始まった。
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