ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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奇襲

第百六十二話 甘党

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「君は確か教会団でもかなりの身分のはずだ、こんな店で食事するなんて」

 僕はクラリーナに対してどう言っていいかわからず、まごついた。というのも彼女は教会団の中枢人物に当たる身分だ。僕と教会団は本質的に敵対している、彼女の人柄は評価しながらも、やはり敵という認識だ。

 だから、それが突然目の前に現れると流石にどうしていいかわからない。彼女はきょとんとした様子でむしろ僕に質問してきた。

「むしろ貴方こそ何故一人で食堂にいるのです? メリッサさんとは一緒ではないのですか? 貴方一人では言葉が通じないはず……」
「え? 僕は彼女と……」

 と、振り返ったとたん、ララァの姿が忽然こつぜんと消えていた。──あいつ、いねえ! いきなり現れて、いきなり消えている。わけがわからない、何考えているんだ、あの娘の頭の中は理解できない。

 僕は困り果てた、彼女のことを説明していいものかどうかわからない、もともとララァは教会団の人間だ、クラリーナにララァと会っていることを知られてはこちらに何か不利になる可能性がある。
 
 もしかすると彼女たちは知己ちきの仲かもしれない、僕のよくわからない事情で想定外の事が起こるのはまずい、これからの事を考えると。クラリーナは不思議そうにこちらを眺めていた。

「何を言ってるんです? 彼女? 私のみる限り貴方は今まで、一人で席に座っていたじゃないですか、誰かと待ち合わせですか、でも一人で食堂に入るのは勇気がいると思いますよ、言葉通じないのに」

 違う! これはララァの時間変革能力だ、一瞬でクラリーナが見ていた時間を、光景を書き換えたんだ、ララァは。何のつもりか知らないが、面倒くさいことをする。変に思われるのも、彼女にいらぬ疑惑を抱かれるのもまずい、ここは何とかしてごまかすしかあるまい。

「そう! 待ち合わせしていたんだ、ここで、メリッサと。でも彼女、やっぱり気分が悪いのか、来ないんだよなあ、どうしたんだろうか……」

「そうなんですか、メリッサさんも酷いですね、すっぽかすなんて。まあ女性にはよくある話ですよ、そういうの。はぁーあ、言葉がわからない佑月さんを放置ですか、それなら注文も頼めませんよね、良かったらこちらのテーブルでご一緒しません? こういう困った人を助けるのも教会団の役目です」

 変な展開になってきたぞ、とりあえず彼女の疑惑の目をそらさないと、いろいろとまずいことになる気がする。ララァが創造神の命で色々暗躍している素振りがあったのは察している。ことをややこしくされるのはごめんだ、僕は彼女の誘いに乗ることにした。

「ありがとう助かるよ、クラリーナ」
「いえいえ、これも神の導きです」

 本当に創造神の導きだったらむしろ僕には困るけどね。何を考えているのかわからないから。

「どういう食べ物が好みです? この店の味付けは辛いですが、別に私は他人の好みに口出しするような女ではありませんので、ご要望通りに注文致しますが」
「僕は肉系料理が好きかな、そういうのお願いするよ」

「ああ、男らしくていいですね、良いと思います、そういうの、あっ、あなた、この方に料理を注文したいのですが」

 と言ってなれた感じで給仕きゅうじにあれこれ注文をする。僕は正直肝を冷やしていた。というのも、今僕は武器を持っていない、無防備だ。彼女に攻撃されればすなわち死。逐一ちくいち相手の動向をうかがわなければならない。

「ん? どうしたんです、佑月さん。神妙しんみょうな顔をして」
「ああ、僕は割と人見知りな部分があるんだ、年を取ったから大分そういうのは慣れたけど、いまいち昔の癖が抜けなくてね」

「そういうのありますね、私もついつい、若い時みたいにずけずけと相手の気持ちを考えずに言ってしまう癖があるから、後でもめて大変ですよ」

「僕は羨ましいよ、正直に意見が言えて」
「組織の中ではあまり歓迎されない癖ですけどね、教会団はお堅いところなので、上から私嫌われてるって感じですから、ふう……」

 そう言って軽く雑談をする。見た感じこちらを害する様子はないけど、警戒しないといけないのがラグナロクの宿命だ。しかし、僕はなるべく自然にふるまった。彼女もそれほど不思議に思っていない。

 そうこうしているうちに、僕に料理が運ばれてきた、上品なステーキだ。肉の種類はわからないがソースがいい香りで食欲をそそるしうまそうだ。一口料理の味を確かめると、肉のうまみがこみあげてきて非常に美味だった。

 クラリーナはここの料理は辛いと言っていたが、凄く味付けのバランスがいい、今度メリッサとナオコと一緒に来よう。

 僕が舌鼓を打っている間に、クラリーナに食事が運ばれてきた、給仕の女性は恐る恐る料理を差し出し、ごゆっくりどうぞと言ったものの、ちらりと僕が彼女に見やるとクラリーナが料理を口にするのをチラチラ見ていた。

 まあそうだろうな、彼女の容姿で詰め寄られると怖くて僕でもまごつく。彼女は朱い髪をポニーテールでくくり、胸の部分に白銀の胸当て、肩に白銀のショルダーガードの鎧、それにマントと一体化した上着、シルエットがシュッとした、いかにも神聖で威厳のある服装をしている。

 それに彼女の特筆すべきところは美しいパープルアイズだ。少し少女染みた白人女性の麗しい美貌びぼう、正直昔なら目の前にいるとあまりにも美しすぎて何も言えなくなるほどだ。

 メリッサの容貌は幼いながら美しく、また、いつも一緒にいるせいかそういうのも慣れている今なら大人の対応ができる。たぶん一般の日本男性がクラリーナとまともに会話するのは困難になると思えるほど美しさが備わっている。

 しかも神聖で気品があふれた振る舞いは近寄りがたいものがある。彼女が一口料理を口にして給仕を呼んだときは、僕もぎょっとした。静かにクラリーナはおびえた女性にこういった。

「シェフに礼をつたえるようお願いします。よく私の要望に応えてくださいました。素晴らしい仕事です。誇りに思うべきです、ここは素晴らしい店です。神も見ておられるでしょう、あなた方に幸あらんことを」

 緊張した面持ちで聞いていた給仕は安心して、まるで命を救われたかのような表情をした。それに対しクラリーナは気高く笑顔でうなずいた。ああ、この女性は立派な人だ、相手が一般人であってもその苦労をかんがみて、その心を見通して、包み込むような母性と気品が備わっている。

 こういう女性が上の人間であると組織は、彼女のために命を懸けるだろうな。カリスマ性がある。僕は出逢ったことがない、真の上流階級の人間の器に少し感じ入ってしまった。それを不思議に思ったのか、彼女は僕に尋ねた。

「やはり、甘いは正義ですね。甘さは優しさでできています、辛いは体に毒です、そう思いません?」
「それは……人の好みによるんじゃないかな」

「うーんそうですか、まあ殿方ですからね、その感想が当然でしょう、ええ、仕様のないことです」

 僕はちょっとこの発言に驚いた、上流階級にありがちな、他者に強要する素振りもなく多様性を認めている。彼女に素養の高さと知性を感じさせた。誇り高いな、クラリーナは。自分を持ちながら、他者を受け入れる器の広さがある。この女性はそれはもうモテるだろうな。

 僕が独身だったら、絶対にほっとかない。彼女には男が心酔するすべてを持ち合わせている。しかしながら、彼女が同時に持ち合わせている大人の女性のさらりとした自然なやり取りで、この人を口説くのはなかなか難しいだろうなとも感じた。

 まあ、僕は妻子のある身だ、冷静に彼女に対し大人の対応をした。それが良かったのか、彼女は徐々に僕に対し気さくに、好みの料理とか、この街の特産とかを話してくれた。トークも非常に上手い。実に魅力的な女性が僕のそばにいるだけで誇らしく感じた。

 ──そう思わず感じてしまう程、彼女は美しかった。

 食事を済ませた後、僕たちは外に出た。彼女は何故か、ちょっと不安そうな顔をしていた、女心はわからないが、このまま別れるのは、勿体もったいないと感じたのだろうかと思って、僕は半ばちょっとした冗談で誘った。

「時間が空いていればこの都市の案内をしてくれないかな、まあ、君は忙しいだろうから無理だろうけど……」
「時間……空いてますよ……」
「へっ⁉」

 彼女の予想外の答えに僕は間の抜けた声を出してしまった。

「──だから、時間、空いてるんです!」
「そ、そうか、じゃあ、ここら辺案内してくれると嬉しいな、僕は右も左もわからないから」

 急に怒ったのでちょっとびっくりしたが、彼女も暇なのだろうか、まあ、厚かましいけど、一応おねだりだけはしてみる。

「ええ、いいですよ、困っている人を助けるのは教会団の一員として当然のことです。これは人助けです、わかりますね?」
「ああ……」

 何かよくわからなかったけど、取り合えず機嫌を損ねるのはまずいと思ったので話を合わせた。僕はこの時すっかり彼女に好感をもって、変な信頼感で安心していた。よく考えれば今の状態なら、いつでも僕を殺すなんてスプーン持ち上げるよりも、彼女にとって簡単じゃないのかな。

 生殺与奪など今なら彼女の自由だ、しかしそうする素振りもなく、僕に対して探りを入れることもなく、普通の男として扱ってくれた。僕にはどうしてかは理解はできなかったが、たぶん彼女なりの信条があるのだろうと自分を納得させた。

 クラリーナはガイド役と素晴らしく役目を果たしてくれた、逐一僕の反応を見ながら、美味しい店や遊ぶ場所、男性が好みそうな場所も遠慮なく案内してくれた。

 彼女のエスコートぶりは慣れているせいなのか、もし、彼女がガイドツアーを開催したら巨万の富を稼げるだろうと思う程の、余りの上手さにこちらがびっくりしたほどだ。徐々に僕もこのマハロブに興味を持ち始めると、地元の人間しか知らない豆知識など教えてくれた。

 それが楽しくて、つい僕たちは微笑みながら街をぶらついた。本来なら敵同士なのに、まるで十代のカップルであるかのように、デートを楽しんでいた。ちょっとメリッサに罪悪感を覚えていたけど、これくらい許してくれよ、僕も男なんだよ。

 噴水の前で笑い合いながら座って、談笑していると、気さくに、男の老人がクラリーナに話しかけてきた。

「クラリーナ、元気そうで何より」
「ああ、セディス、お孫さんはどうしましたか?」

「もちろんいっしょじゃよ、ケビン、こっちにおいで」

 老人にうながされて7歳ぐらいの少年がこっちに友達の子どもたちと一緒にやってきた。彼女の美貌びぼうにちょっとびっくりしてかどぎまぎしていた。

「クラリーナ、良かったらなでてやってくれないかの、この子にも神のご加護が与えられるように」
「ええいいですよ」

 そして優しくその少年の頬をなでて頭を柔らかく優しくなでた。少年は不思議そうな顔でクラリーナを見て尋ねた。

「ねえ、クラリーナって教会の人のクラリーナ?」
「ええ、そうですよ、貴方のお爺さんとは同じ学校に通っていたんですよ、もう80年ぐらい前になるかしら」

「ええ、すごい! おじいちゃんがよく言ってた、この街で一番スゴイんだって! おじいちゃんの初恋の人なんでしょ!」

「こ、こら……」
「あら、そうでしたか、あの時は私の方が年上でしたが、ずいぶんと昔のことですね……」

 彼女は物思いにふけっていた。そう言えば彼女の口から今百歳ぐらいだと聞いた記憶がある。これほど大人びたレディなのは歳の積み重ねかな。魅力が磨かれて今の彼女があるわけだ。

「ところで、そこに座っておられる、男性は貴女の大切な人かな? わしには親しそうに見えたが……」

 老人が穏やかに笑いながら、彼女に際どい質問をすると、クラリーナは頬を染め、顔を耳まで真っ赤にしなから慌て始めた。

「な、な、な、なにを言ってるんです! そんなわけがないじゃないですか! 私は聖騎士ですよ! そ、そんなこと冗談でも言わないで!」

 あまりにも過剰反応に僕はびっくりした。穏やかな彼女がこんなに取り乱すなんて。頬を両手で抑えながら、紫色の瞳がちょっと潤って、とても色っぽく見えて、隣にいる僕はちょっと困った。……色気がありすぎて。

「クラリーナ様の彼氏なんだ! きゃークラリー様可愛い、顔真っ赤!」

 子どもの中の女の子が興奮してからかったので、さらにクラリーナは戸惑った。

「ち、違います! いいですか、絶対に他の人に言っては駄目ですよ! 私は女性ですよ、本当、やめて……そういうの……」

「カレシ! カレシ! カレシ!」

 子どもは嬉しそうに合唱し始めた。彼女はどうすることもできず、ただひたすら怒るしかなかった。

「ちがうって言ってるでしょ! 神様に言いつけますよ! 罰が下りますからね!」
「いえーい、図星だー、はははは……」

 そう言いながら子どもたちは逃げた。老人は苦笑いしながら礼をしてこの場から去った。クラリーナは両手で顔を覆い、か細い声でつぶやいた。

「違うって言ってるのに……どうしよう……!」

 僕はどうしていいかわからず彼女の肩をポンと押すと、急にクラリーナは振り返って怒り始めた。

「どうして貴方も否定してくれないんですか! 貴方は妻子がある身でしょう! 言いつけますよメリッサさんに!」

「ごめん、ごめん。でも子どもってああいうものだよ、気にすることじゃない」
「気にしますよ! だって私、処女なんですよ!」
「へっ⁉」

 いきなり言いにくいことを言い始めたので僕はびっくりした。しょ、処女だって言われても……。

「教会団の決まりがあるんです! 聖騎士の一員の女性は処女であること、これはルールです! 不可侵の神聖さを示す証なんです。なのに、私に男の噂が立つなんて……。どうしよう、もう……!」

 ああなるほど、宗教団体だからそういうの厳しいんだな。それはまずいことになったな。だから、彼女をこれ以上動揺しないようになだめた。

「でも、相手が僕だよ……そんなの冗談としか思われないよ」

「なにいってるんです! 貴方は大人ですし、カッコいいし、私も憧れているし、お話ししてみたいと常々思っていたし、教会団でも結構人気なんですよ、女性陣に! 絶対誤解されるよ……しかも妻子のある身……もう! 貴方のせいですからね! ホント、軽蔑しますよ、もう!」

 とクラリーナは言いつつ頬を染めながら、まんざらでもなさそうに潤んだ瞳で見つめられると、僕も逆に困る、というか、その、いや、言うまい、メリッサに悪いから。思っても浮気だ。冷静に冷静に……。

「ああ、そういえば、今日僕のチームの対戦相手たちの試合があるそうだね、いかなきゃ……!」
「あっ……! そうですね、大事ですね。忘れてました、そろそろですよね5時ごろ。コロッセウムにご案内します、近道がありますから」

「え?」
「え?」

 彼女の言葉に耳を疑ったが、ま、まあ、切り替えの早い女性と解釈して触れないようにしておこう。思い出して怒られたらものすごい困る。だって、彼女が美人過ぎて、男として怒られるとすごい情けない気分になって死にたくなる。

 メリッサに怒られるときは嬉し恥ずかしの気分があったけど、余りにもクラリーナが魅力的過ぎて、困るんだよ、男としてほんと……。

 そういうひと悶着もんちゃくがあった後、僕はクラリーナとともにコロッセウムに向かった。
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