ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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奇襲

第百七十二話 第二試合開幕へ

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 僕たちは館に帰った後、しばしメリッサと試合の事を話し合ったが、結論は付かなかった。取りえず決めたことは、クラリーナの試合を皆に告げるのはやめようとのことだ。未熟な彼らが敵の強さに意気消沈して、戦う気力すらそぐ恐れがある。

 世の中には知らないほうがよかったこととか、無知であったからこそ成功した例も中にはある。評論家が優れた創作を書けるとは限らない。逆に知識が豊富であれば、自分に制御をかけて、自由に物が作れず、視野狭窄しやきょうさくになり、冒険できずにつまらないものが出来上がることもあるのだ。

 そのように無知であるからこそ挑戦でき、成功を収めることもできるのだ。僕たちもそうであると願いたい。エイミアには夕方ごろ館に帰ってきたので、彼女に口止めしておいた。何故かひどく興奮した様子で、機嫌が悪かったが、まあ大人の女性だし、冷静に受け止めてくれた。

 そうやって日々が過ぎていく。朝、目が覚めてメリッサに紅茶らしきものを入れてもらった。色は赤というよりオレンジだったが、のど越しは茶の味がし、すっと心地よく体の中にしみわたっていく。

「どうだ、マハロブ特産のリカタ茶だ、マレサが直接いろいろ文明を与えたおかげで、マハロブ周辺は、もはや、中世というよりルネッサンス時代後期の文化レベルだな」

 メリッサは僕と同じようにリカタ茶を飲みながらにこやかに語った。

「ああ素晴らしいよ、カフェなのかマハロブの店に入った時、料理がおいしかった、この世界に来て初体験かもしれない」

「ん、そうなのか。私はこの世界の料理のレベルはたかが知れていると思って、自分で作って、外食しなかったが……ちょっと待て、お前言葉通じないよな、誰と食事してたんだ?」

 あっ、しまった墓穴を掘ってしまった。どう言い訳したものかと悩んだが、女性は時に下手に嘘をつくとかえってひどく怒る。なら正直に言おうか。

「クラリーナと一緒にね、街を紹介してくれるついでに、ランチを楽しんだだけだよ、別にそれだけ」
「おい、待て、待て。クラリーナと食事ぃ? お前明らかにそれ浮気だろう、どういうことだ!」

 ……女性は時に正直に話すと意味の分からない怒り方をする。やばい、どうするべきか。ここは冷静に。

「街の文化を知ることは非常に戦いに役に立つだろ、市街戦もあり得る、そのときに変に街の住人と衝突して、足を引っ張られたら困るじゃないか。街の土地勘があるおかげで、襲撃にも成功したし、あまり僕に制約をかけすぎると、かえって戦いの幅が狭まると思うけど」

「うっ……! お前、今日は痛いとこ付くな、まあ……、でも、やっぱ浮気じゃないのか? お前に下心がなかったと言い切れるのか?」

「ああなかったよ、クラリーナと親しくすれば教会団の情報をこぼしてくれるかもしれないし、そう思わないかい?」

「むぅ……、納得しがたいが、まあ、筋は通ってるな、うむ……」

 そう言うとメリッサは考え込んでしまった、時間がたつと自分の中でに落ちたのか、表情が和らいで僕の頬に手を当てて言った。

「約束しろ、浮気はしない、僕はメリッサ一筋だと」

 それに対しきっぱりと彼女の瞳をまっすぐ見つめ僕は男らしく言う。

「ああもちろんだ、浮気はしない、僕はメリッサだけを愛すると」
「ならいい……」

 そして静かに僕たちはキスを始める、朝の穏やかな日差しを浴びながら、ちょっとした夫婦間の幸福というものを味わった。

 昼食が終わると少しぶらぶらと館の中を歩いていた、というのも、猛虎隊の逆襲が考えられる、うかつに外に出るのは危険だし、チームのみんなにも館から出るなと言っている。何しろマティスの能力がわからない、危険を少しでも避けることで、ちょっとしたアクシデントを避けることにつながる。

 そう、僕たちは戦争をしているんだ……。

 廊下を歩いていると閉じた窓の外を眺めるレイラがいた、彼女は深く沈みこんだ表情をしていた。何かと思い話しかけることにした。

「どうしたんだい、何か悩み事かい?」
「あっ、佑月さん……」

 彼女はこちらを向き、そしてうつむく、なんだ、様子が変だぞ、彼女の心の整理がついてないのか、言いにくそうにしていた。僕はあえて沈黙して言葉を待った、繊細の事柄だったらうかつなことは言えない。

 女性は雰囲気に敏感だ、気さくに話しかけて、心の内を誤魔化すこともあり得る。整理がつくまで時間が必要だろう。彼女の中で逡巡しゅんじゅんがあっただろう、そっと重そうな口から言葉が漏れる。

「……私、初めて人を殺したんです……」

 襲撃の時の事か、あの時もショック受けていた様子だし、尾を引いているな。思わず撃ったから咄嗟とっさに殺してしまったようだが、彼女の性格からすれば、普段ならば致命傷を避けて、戦闘不能にするように狙うだろう。あの時は緊急事態だった。僕は静かに彼女の心を慰める。

「確かに、君の気持ちはわかるよ。僕も初めて人を殺したときは、ひどくショックを受けた。信じられるかい、僕その時泣いたんだよ」

「──佑月さんがですか⁉」

 彼女の中の僕のイメージはわからないが、冷徹な殺し屋と思われても仕方がない。そのようにふるまうこともあった。彼女の心をほぐすように、窓の外を眺めながらその時の話を掘り下げた。

「最初の相手は赤茶の髪をした女性だった。信じられないかもしれないけど僕はラグナロクに参加するまで人殺しなんてしたことがなかったんだ。ごくごく普通のダメな男だった。でもね、戦いで追い詰められた時、僕は必死で生きようとした。

 生き延びることしか考えられなかったんだ。それで思わず矢を撃ってしまった。当時の僕は戦いなんてしたことがない、武器さえもうまく扱えなかった、その中で偶然上手く彼女の額に矢は刺さった。

 それでね、動揺しちゃってね、罪悪感と、怖さで僕は自然と涙を流したんだ。僕がメリッサと出会ったばかりの話しさ」

「佑月さんもそんな時があったんですか……ちょっと信じられませんけど、嘘を言ってるようには見えないです」

「本当だよ、情けないことに、メリッサに抱きしめられて体の震えが止まったんだ、ひどい男だろ、──でもね、みんな最初はそうなんだよ、だが人間はいつか戦わなきゃいけない時が来るんだ、他人を犠牲にしてもね、生きることってそういうことじゃないかな……」

「生きること……」

「そうだよ、あの時君は僕を助けようと必死だったんだろ、君の優しい心は僕も十分わかってる、だからこそ、こんなにも苦しんでる、自分を責めている、そうじゃないかい?」

「──私、わたし……! あの時、訳が分からなくて、頭の中真っ白でそんな余裕なかったです!」

「……人間ってね、追い詰められた時、思わず自分の本性が出て、隠せないんだ。君はその後ひどく落ち込んでいたじゃないか、君は自覚がないだけで、君の本当が出てしまったんだ、だから同じことさ、──ありがとう、僕を助けてくれて」

「わ、わたし、私は、必死で何も考えられなくて、何も、何も考えられなくて……」

 そう言いつつポロポロと涙をこぼすレイラであった、僕は肩にそっと手を添える。

「怖かったんだね……わかるよ、その気持ち……」
「佑月……さん、佑月さん! 私……!」

 そして彼女は思わず僕の胸に飛び込んだ、その気持ちを優しく包み込むように肩を抱く。彼女の口から「えっ……!」と言葉が漏れた。それに対し、僕は静かにさとす。

「君が泣いているところを誰かに見られちゃ困るだろ……?」
「佑月さん!」

 彼女は声を上げて僕の胸の中で泣き始めた、時折、慟哭どうこくが廊下に響く、彼女には温かさが必要なんだ、人間という温かさが……。そして彼女が泣き止んだ後、僕はそっと彼女を胸の内から離す、その時レイラは涙ぐみながらも笑顔であった。──その時だった。

「いや、わかるんだけどね、でも、パパ、この光景むしろ見られたほうがまずいんじゃないの? ……いろいろと」

 はっと後ろを振り返ると、そこにはナオコがいた。──しまった! レイラとの話に夢中で周りに注意してなかった。これが、ララァだったら納得できたが、ナオコに後ろを取られるとは不覚……!

「あ、あれ、ナオコどうしたんだい、ルミコの散歩かい?」
「そうだよ、外に出るなってパパ言ってたでしょ、だからルミコが運動したくてしょうがないみたいでねー、まあ、まさか、パパの浮気現場に遭遇するとは思わなかったけど」

「う、浮気だって⁉ これは、その……!」
「──そうですよ、これは軽い大人のスキンシップで……」

 ば、ばか、レイラ、ナオコにはそんな言い訳通じないんだぞ。この娘マジで頭が良いんだぞ、余計なことを……!

「スキンシップぅ! へえ、パパこういうことをいつもしてるんだね、あーあ、ママがっかりするだろうな、どうしよっかなー」

「な、ナオコ、何か欲しいものないかい、ほ、ほら人形とかさ……」
「へぇー子どもを買収するんだー、立派なパパだねー、そりゃぁ」

「ち、違うんだ、違うんだよ、なんといっていいか、その……」

 僕が慌てふためいて困っていると、急にナオコは笑い出した。あまりの突然のことに僕はびっくりしてしまった。

「じょーだん、冗談、ママには言わないよ。レイラさんを慰めていたんでしょ。そういうのも必要だよね」

「えっ、どこからナオコ見てたんだい」
「全部」

 こいつ……ガチで頭いいな、気配すら感じなかったのは僕の失態だけど、この娘、5歳児じゃないな、絶対。恐怖が湧いてくるぞ。ナオコはさっと後ろを向き顔だけこちらを向けた。

「でもさーこういうのママが可哀そうだよね、ママの気持ちを考えると」
「ああ、そうだよ、二度としないよ」

「ほんとにー?」
「ほ、本当だよ」

「じゃあここで神様に誓って、私の前で」
「わかった……」

 そう言って僕は屈んでナオコをこちらに向かして肩に手を添える。

「もうこんなことしないよ、そう、……神様に誓って……」

「──ぷっ、パパ情けない顔してるよ、カッコ悪いー」
「こ、こら、大人をからかうなよ」

 僕の言葉にプイと後ろを向くナオコだったそして、一言。

「……私は何も見なかった、うんそうだよ。でもね、パパ、絶対守ってよ、そうじゃないと私が恥かくからねー」

 そう言った後ナオコはルミコを連れて館内散歩を再開した。なんて危険な娘なんだ、ララァより厄介かもしれないぞ。レイラは状況がわかってないのか、笑いながらこう言う。

「ナオコちゃんて可愛いですね、素直でパパとママ想いで……」

 ──レイラ、それは違うぞ、あれはわざとだ、君には理解できないかもしれないけど、あの娘は心の隙間を狙いすまして言ったんだ、正直恐ろしかったよ、僕からすればね。

 そういった日々が過ぎ、試合当日になって僕たちはコロッセウム控室に集まった。チームは奇襲の罪悪感が薄れたのか、割とワイワイしながら、次の試合の事を楽しそうに語り合っていた。いまだに敵の能力が気がかりなのを告げていない、相手の能力が判明しない以上、不安を煽りたくない。

 僕はそっとエイミアに近づき静かにみんなに聞こえないように言った。

「エイミア頼みがある」
「何? ストロベリーパフェ10杯で懲りないわけ?」

「みんなを頼む」
「はあ? 何それ、漠然ばくぜんとし過ぎよ」

「解釈は任せる、みんなを任せる」
「真剣に言ってるようね、まあ、いいわ、借りの帳尻はあとであわすとして、考えとくわ」

「頼む……」

 エイミアは僕の言いたいことを把握しているらしい、直情的なリアクションを取る彼女だが、頭は切れる、僕は彼女のその部分を評価している。そして不安要素を抱えながら第二回戦が始まった。
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