ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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マハロブ市街戦

第二百一話 僕という存在

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 夢の時間は一瞬だが、現実の時間は退屈になるほど長い。だから、僕は現実の時間を夢の世界へと近づける。それが僕の使命であり、宿業と気づかせてくれたのはメリッサだった。自分の存在価値はそのためであって、血を呑むことではない。

 彼女の過去を知ってしまった以上、僕は手を伸ばすことを止められなかった。きっとこの手は破滅への情動となるだろう。それでいいんだ。彼女たちが幸せならそれでいい、家族の意味、昔は理解できなかったが、今ならわかる。

 僕はきっと終わるだろう。でも彼女たちは僕の想いを受け継いでくれる。そのための礎、それが、父親としての役目なんだ。これに気づいたとき、やっと心の中で、父と母を許せた。彼らが僕に託した思いを、メリッサとナオコが受け継いでくれる、きっとそうさ……。

 わずかな時間だったが、メリッサとナオコとの時間をすごした。あまりにも普通で刺激のない当たり前の日常。この時間が尊いというのは僕が終わりを悟っているからだ、僕はいずれ滅びる、だから、いま生きる時間を大切にする。

 滅びがない世界は余りにも暇で、つまらない刺激に溺れることだから、僕は彼女たちに溺れる。それが愛だと信じている。

 僕たちはナオコを寝かした後、メリッサと愛情をはぐくんだ。性の情動と欲望は違う、ごっちゃにしてしまえば人類そのものへの冒涜だ。僕たちはこうして産まれてきたのだから。人と動物の違いは何か、それは行動に意味があるかないかだ。

 生きるために生きるのではなく、自分の理想を叶えるために生きる。それで死んだ意味の、生きた意味の存在が生まれる。僕という存在に意味があるかないかは、自分がどう生きたという意味だ。金や富、名声では買えない。

 結局自分は、誰も自分ですらも買えない。自分が証明するしかない、意味を持って生きるということで、意味を持って死ぬということで。

 行為が終わった後、ベッドの中で息を整えつつ僕はメリッサに尋ねた。

「君は何のために人間になりたいんだい?」

 彼女は少し戸惑いを見せて、不思議そうに僕に言った。

「言わなかったか? 普通の女の子になりたいって、ヴァルキュリアじゃなく本当の人間に」

「それは今とどう違うんだい?」

 彼女は少し考えて、頬を染めながら照れながら告げた。

「すべてが違う。私はお前の子どもが産みたい、きっと優しくて強い子が生まれる、お前と私の子どもなら……」

 そうか、なら、いいんだ、僕は満足げに微笑んで見せた。心からの笑顔だ、僕の人生はこの言葉で完結できる。

「──メリッサ、僕は君を人間にするよ。君の幸せのために、僕は戦う。このラグナロクを勝利で終わらせる、絶対に」

 自分でこの言葉が呪いとなることは知っていた、でも僕は心からこれを望んだ。愛する少女を救う王子様。バカみたいで子どもみたいな話だけど、僕はそれでよかった。僕はそのために死ねる。彼女を、メリッサを救う。

 ミリアが言った、“自分だけが幸せって本当の幸せじゃない”という言葉。そうだ、その通りだ。これが僕の人生の意味、生きる意味だった。これまでの辛いことも、悔しいこともこの結果で、すべて救われる。彼女が人間になることで。

「佑月? どうしたんだ、怖い顔して……?」
「ひどいな、それ、男の顔って言ってくれよ、僕だって男なんだよ、こんなんでもね」

「こんなんでもって、それ、終わった後で言うか?」
「何が終わったって?」

「そんなこと言わせるのは男じゃない」

 わかったよ、だから彼女を抱きしめてキスをする。子どものキスじゃない、大人のキス。生きるためのキス。連綿たる歴史の中の一部の人間としてのキスだ。

 そして、僕たちはどういう家族になりたいか語り合った。夢の時間は一瞬だけど、夢を見る時間は永遠だ、それが叶えられるまで。

 次の日僕たちは、いつものように応対室に集まった。クラリーナが現状報告に来たためだ。彼女のおかげで無事にナオコが傷一つなく僕たちのもとに帰ってこられたし、感謝してもしきれない。

 いつも通り僕たちが待っていると、クラリーナは一人の女の子を連れてきた。歳は20前後だろうか、クラリーナと変わらないぐらい。むしろクラリーナの方が若く見えた。髪の毛はピンクなのだろうか、クラリーナが紅い髪だから、それよりも明るい赤毛と言っていいだろう。

 それで騎士の衣装をしている。聖教徒騎士団の一人だろうか、彼女のことが気になるが、まずクラリーナの話を聞こう。

「このたびは皆さんの勝利おめでとうございます。先の戦いは上層部も満足しており、聖マレサ様より神聖なる戦いを繰り広げたと、寿ことほぎいただきました。しかし、それと同時に懸念を申されたそうです」

「何かい?」

 僕はクラリーナにこたえる形で言葉を待った。

「今回の場合、佑月さんがナオコさんの救出のために賊であるアメリーに立ち向かったことは、致し方ないことであり、それも上層部も理解しています。また、試合会場はしまっており、佑月さんが戦いに参加できなかったのは、こちらの手落ちとして了解はしております。ただ……」

「ただ……?」

「闘技場外から攻撃するというのは、試合を進めるうえで正当性と、あるいはその攻撃が選手によるものか判断がつかなくなります。

 今回は審問官の報告により、佑月さんの攻撃と認められて正当な勝利と認めていますが、これを逆手にとって、外部から選手を攻撃する不届き者が現れる可能性があります。

 ですので、これ以降は外部からの攻撃は全面的に禁止といたし、それで試合が左右された場合、無効試合になります。次からは……」

「教会団が選手やその周りの奴を守らねえくせに無理難題いうんじゃねえよ」

 またアデルが毒づく。それに対しクラリーナは咳払いをした。

「まだ私の話は終わってません、こういう不測の事態を招かないように、各選手チームに騎士を派遣することになりました。となりにいる彼女は従騎士、アイリ―と申します、あいさつしなさい、アイリ―?」

「どもども、アイリ―です。私自身は大したことできませんけど、すぐさまクラリーナ先輩にチクりますんで、安心してください! よろしくです!」

「……アイリ―、騎士の礼を忘れたのですか、貴女は。きちんとなさい。教会団の威信にかかわりますよ」

「クラリーナ先輩は固いんですよ、何もかも。裏ではいろいろとやらかすのにね。ねえ、どら猫先輩?」

「古いあだ名を思い出させないでください。次言ったら殴りますよ、ガントレットで」

「おーこわ、というわけで何かあったら私に言ってくださいね。先輩がぼこぼこにしますから。よろしくお願いいたしまーす。あと私この館に住まわせてもらいますんで、いろいろちょっかいを出してくださいね。イケメンは歓迎ですよー、フリーですから」

「騎士団は処女じゃないとだめです! 忘れたのですか!」
「寿退団したーい、だって先輩と違ってただの人間だから、若いうちに結婚しないとマレサ様みたいに性格をこじらせ……」

 その言葉を言うや否やクラリーナはアイリ―の後ろの頭をはたいた、テーブルに頭が突っ込んで、ひび入っているぞ、大丈夫かおい。いろんな意味で。

「いったーい、先輩──暴力ヒロインは今どきウケませんよ、流行を考えましょうよ」
「意味の分からないことを言わないでください、不敬罪です。斬られなかっただけましと思いなさい」

「はーい。めんどくさいんだよなあ、先輩は……」

 僕はとりあえずアイリ―に向かって言った。

「よろしく頼むよアイリ―、何かと君に頼むことがあるかもしれないけど、いいかい?」
「おっけーです。ニンジンの皮むきから不倫相手まで大丈夫です! よろし……」

 その瞬間彼女はまた、クラリーナに無言で後頭部をはたかれた。テーブルが割れたぞ、大丈夫か……?

「いったいーですぅ。何するんですか先輩……」

 どうやらエイミアみたいに丈夫みたいだ、額から血が出てるけど。そのあといつもの次の試合の日時や予定を聞いた。どうやら今から4日後らしい。あと3回戦だから僕らはベスト8に入っている。

 チームが減って大会運営がしやすいのだろう。うまくいってるみたいだ。クラリーナの報告が終わって帰ったあと、アイリ―にちょっとと言われて、僕を呼び止めた。もちろんメリッサがぎらついた目で見はっている。

「そんな怖い目で見ないでくださいよ、さっきの冗談ですって。まあ、その気になったなら別にいいですけどね。これ、佑月さんへの騎士団からの報告書です、いちおうチームのリーダーはメリッサさんで登録されていますが、実質佑月さんが指揮してるんで、クラリーナ先輩の報告書は貴方に渡しますね、はい」

 そう言って、僕に丁寧に封に入った手紙を渡された。報告書か面倒だな。でも僕この世界の言葉知らないんだけど。ああそうだ、クラリーナはたどたどしいけど日本語が書けるんだった。

 メリッサにも読まれないし、いろいろ私的に相談したいことがあるし丁度いいな、ポスト役として、アイリ―は。

 僕が部屋で手紙の封を開けると、中身を見てびっくりした。

 メリッサが何事かと思って、のぞくが日本語で書かれているので彼女は中身を理解できないらしく、すぐさま盾の整備をし始めた。どうやら、試合で使えるように、銃を持ちながら盾で体をかばえるよう仕立て直しているようだ。

 どら猫先輩ってあだ名はこういう事するからだろうか……クラリーナは……。
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