4 / 15
4
しおりを挟む
先生の方は無口で、夕食の時に学校や部活の様子をたずねる程度のコミュニケーションしか取らなかったが、留美子は、何かというと、明義たちの話題に入りたがった。
考えてみれば、それは無理もない話かもしれなかった。
伊藤の話が本当なら、彼女は十八から子育てと家事に追われ、青春の半分を子育てに費やしたわけだからだ。
しかも、二人とも小学校にようやく上がり、少し落ち着いたと思えば、今度は下宿として学生たちを引き受けるようになった。
その当時、下宿で流行っていた話題は、超常現象と言われるものだった。
伊藤は、心霊現象やUFOの記事などが多く載っている月刊誌の熱心な購読者だった。
ある夕食後、伊藤が明義に除霊の話を始めた。
新田市の郊外に有名な霊媒師が居るというのだ。
留美子も洗いものの手を休めて話に加わって、勢い盛り上がった。
先生と子供たちは風呂の時間だ。
「へえ、正人くん、それ行こう行こう、行くべ」
留美子が一番乗り気だった。
「じゃあ、私、本当に予約しますけどいいですか」
「いいよいいよ」
正直、明義はどうでも良かったので、適当にフェードアウトしようと、声を潜めていたのだが、伊藤が見逃さなかった。
「なに、ヨシくん、君も行くんだよ」
どうでもいいプライドだが、怖がっているとだけは絶対に思われたくない明義だった。
「いいですよお、もちろん」
そんなわけで、急に三人の除霊体験が予定されたのだった。
六月の三週目の日曜日の夕食後、一緒に行きたいと言う幸二をやっとの思いで振り切って、三人は下宿を出た。
下宿の近くのバス停からバスに乗った。
目的の場所は、バスで約十分ほどの市の西部の山の麓だった。
そこは、実に単なる人家であった。
明義が異様に感じたのは、家の内装がこれでもかと言わんばかりに白木でできていたことだ。
玄関を上がると、三人は居間に通され、そこで、二人の女性と対面した。
一人は、六十歳前後の和服姿の女性でこちらが霊媒師ということだった。
もう一人はアシスタントだと名乗ったが、どうやら霊媒師の娘らしかった。
彼女は会社帰りか、と思える紺のスーツを着て、黒いセルフレームの楕円形の眼鏡をかけていた。
除霊師は、最初、祈祷料は一切要らないこと、それらは、祈祷をなさる方のお気持ちだと、半ば矛盾することを強調して説明した。
それから霊媒師は、自分たちが信仰する山岳信仰とユダヤ教との関係を話し始めたが、明義と留美子にはさっぱり意味が分からず、伊藤だけが頷いていた。
話が終わると、三人は隣の床の間のある部屋に正座し、霊媒師と向かい合った。
除霊は、何やら呪文のようなことを唱えることから始まり、その後、催眠術風に霊媒師が一人ずつ問いかける形で進んでいった。
一番目は伊藤だった。
「貴方の名前はなんですか」
霊媒師は、伊藤に憑依しているだろう霊とコンタクトを取り始めた。
しかし、伊藤は少しも反応がなかった。
続く明義も全く同じだった。
二人については、除霊は失敗に終わったと言ってよかった。
後になって霊媒師から説明があったことだか、かなり個人差があるということだった。
最後は留美子だった。
すでに終わった伊藤と明義は、留美子の除霊を見守った。
留美子の反応は、それまでの二人と明らかに違っていた。
呪文の後半に差し掛かると、彼女の体は徐々に右に傾いていった。
「貴方は誰ですか」
霊媒師がたずねた。
留美子は、何も答えなかった。
「答えられなければ、膝の上に文字で書いてください」
霊媒師とアシスタントが、留美子のそばに近づき、座った。
留美子の右手指が、何やら太腿の上に移動したが、動かなかった。留美子は、ジーンズを履いていた。
「人間ですか」
留美子は、首を横に降った。
「今の気分はどうですか」
留美子の、指が何か書いた。
「そう、暑いの」「どうして」
また、留美子の指が動いた。
「そう、火の中なの」「そう、くるしいのねえ」「分かったよ、分かったよ」「どうしたい」
次に瞬間、留美子は突然体を前に投げ出すと、そのまま畳の上に横になった。
「みず」と留美子は言ったようだった。
「分かった、水ね」
そう霊媒師が妙に落ち着きはらって言った直後だった。
留美子は、突然右斜め前方に向かって、体をくねらせながら、ものすごい勢いで畳の上を這いずり、座敷の端まで突進した。
その際、何をどうしたのか、オレンジ色のTシャツの前が裂けた。
そして、彼女は動きを止めた。
白いブラジャーがむき出しになっていた。
伊藤も明義も、絶句したまま、後退った。
帰りのバスで、留美子は、今日のことは先生には内緒だ、と二人に念を押した。
留美子は、明義の薄手のデニムシャツを借りて着ていた。
この出来事があって以来、ことあるごとに明義は伊藤にからかわれることとなった。
「義くん、シャツ大丈夫だけが」「乳くせぐねっけが」「ひゃっひゃっひゃっ」
考えてみれば、それは無理もない話かもしれなかった。
伊藤の話が本当なら、彼女は十八から子育てと家事に追われ、青春の半分を子育てに費やしたわけだからだ。
しかも、二人とも小学校にようやく上がり、少し落ち着いたと思えば、今度は下宿として学生たちを引き受けるようになった。
その当時、下宿で流行っていた話題は、超常現象と言われるものだった。
伊藤は、心霊現象やUFOの記事などが多く載っている月刊誌の熱心な購読者だった。
ある夕食後、伊藤が明義に除霊の話を始めた。
新田市の郊外に有名な霊媒師が居るというのだ。
留美子も洗いものの手を休めて話に加わって、勢い盛り上がった。
先生と子供たちは風呂の時間だ。
「へえ、正人くん、それ行こう行こう、行くべ」
留美子が一番乗り気だった。
「じゃあ、私、本当に予約しますけどいいですか」
「いいよいいよ」
正直、明義はどうでも良かったので、適当にフェードアウトしようと、声を潜めていたのだが、伊藤が見逃さなかった。
「なに、ヨシくん、君も行くんだよ」
どうでもいいプライドだが、怖がっているとだけは絶対に思われたくない明義だった。
「いいですよお、もちろん」
そんなわけで、急に三人の除霊体験が予定されたのだった。
六月の三週目の日曜日の夕食後、一緒に行きたいと言う幸二をやっとの思いで振り切って、三人は下宿を出た。
下宿の近くのバス停からバスに乗った。
目的の場所は、バスで約十分ほどの市の西部の山の麓だった。
そこは、実に単なる人家であった。
明義が異様に感じたのは、家の内装がこれでもかと言わんばかりに白木でできていたことだ。
玄関を上がると、三人は居間に通され、そこで、二人の女性と対面した。
一人は、六十歳前後の和服姿の女性でこちらが霊媒師ということだった。
もう一人はアシスタントだと名乗ったが、どうやら霊媒師の娘らしかった。
彼女は会社帰りか、と思える紺のスーツを着て、黒いセルフレームの楕円形の眼鏡をかけていた。
除霊師は、最初、祈祷料は一切要らないこと、それらは、祈祷をなさる方のお気持ちだと、半ば矛盾することを強調して説明した。
それから霊媒師は、自分たちが信仰する山岳信仰とユダヤ教との関係を話し始めたが、明義と留美子にはさっぱり意味が分からず、伊藤だけが頷いていた。
話が終わると、三人は隣の床の間のある部屋に正座し、霊媒師と向かい合った。
除霊は、何やら呪文のようなことを唱えることから始まり、その後、催眠術風に霊媒師が一人ずつ問いかける形で進んでいった。
一番目は伊藤だった。
「貴方の名前はなんですか」
霊媒師は、伊藤に憑依しているだろう霊とコンタクトを取り始めた。
しかし、伊藤は少しも反応がなかった。
続く明義も全く同じだった。
二人については、除霊は失敗に終わったと言ってよかった。
後になって霊媒師から説明があったことだか、かなり個人差があるということだった。
最後は留美子だった。
すでに終わった伊藤と明義は、留美子の除霊を見守った。
留美子の反応は、それまでの二人と明らかに違っていた。
呪文の後半に差し掛かると、彼女の体は徐々に右に傾いていった。
「貴方は誰ですか」
霊媒師がたずねた。
留美子は、何も答えなかった。
「答えられなければ、膝の上に文字で書いてください」
霊媒師とアシスタントが、留美子のそばに近づき、座った。
留美子の右手指が、何やら太腿の上に移動したが、動かなかった。留美子は、ジーンズを履いていた。
「人間ですか」
留美子は、首を横に降った。
「今の気分はどうですか」
留美子の、指が何か書いた。
「そう、暑いの」「どうして」
また、留美子の指が動いた。
「そう、火の中なの」「そう、くるしいのねえ」「分かったよ、分かったよ」「どうしたい」
次に瞬間、留美子は突然体を前に投げ出すと、そのまま畳の上に横になった。
「みず」と留美子は言ったようだった。
「分かった、水ね」
そう霊媒師が妙に落ち着きはらって言った直後だった。
留美子は、突然右斜め前方に向かって、体をくねらせながら、ものすごい勢いで畳の上を這いずり、座敷の端まで突進した。
その際、何をどうしたのか、オレンジ色のTシャツの前が裂けた。
そして、彼女は動きを止めた。
白いブラジャーがむき出しになっていた。
伊藤も明義も、絶句したまま、後退った。
帰りのバスで、留美子は、今日のことは先生には内緒だ、と二人に念を押した。
留美子は、明義の薄手のデニムシャツを借りて着ていた。
この出来事があって以来、ことあるごとに明義は伊藤にからかわれることとなった。
「義くん、シャツ大丈夫だけが」「乳くせぐねっけが」「ひゃっひゃっひゃっ」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
会社員の青年と清掃員の老婆の超越した愛
MisakiNonagase
恋愛
二十六歳のレンが働くオフィスビルには、清掃員として七十歳のカズコも従事している。カズコは愛嬌のある笑顔と真面目な仕事ぶりで誰からも好かれていた。ある日の仕事帰りにレンがよく行く立ち飲み屋に入ると、カズコもいた。清掃員の青い作業服姿しか見たことのなかったレンは、ごく普通の装いだったがカズコの姿が輝いて見えた。それから少しづつ話すようになり、二人は年の差を越えて恋を育んでいくストーリーです。不倫は情事かもしれないが、この二人には情状という言葉がふさわしい。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる