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先生の方は無口で、夕食の時に学校や部活の様子をたずねる程度のコミュニケーションしか取らなかったが、留美子は、何かというと、明義たちの話題に入りたがった。
考えてみれば、それは無理もない話かもしれなかった。
伊藤の話が本当なら、彼女は十八から子育てと家事に追われ、青春の半分を子育てに費やしたわけだからだ。
しかも、二人とも小学校にようやく上がり、少し落ち着いたと思えば、今度は下宿として学生たちを引き受けるようになった。
その当時、下宿で流行っていた話題は、超常現象と言われるものだった。
伊藤は、心霊現象やUFOの記事などが多く載っている月刊誌の熱心な購読者だった。
ある夕食後、伊藤が明義に除霊の話を始めた。
新田市の郊外に有名な霊媒師が居るというのだ。
留美子も洗いものの手を休めて話に加わって、勢い盛り上がった。
先生と子供たちは風呂の時間だ。
「へえ、正人くん、それ行こう行こう、行くべ」
留美子が一番乗り気だった。
「じゃあ、私、本当に予約しますけどいいですか」
「いいよいいよ」
正直、明義はどうでも良かったので、適当にフェードアウトしようと、声を潜めていたのだが、伊藤が見逃さなかった。
「なに、ヨシくん、君も行くんだよ」
どうでもいいプライドだが、怖がっているとだけは絶対に思われたくない明義だった。
「いいですよお、もちろん」
そんなわけで、急に三人の除霊体験が予定されたのだった。
六月の三週目の日曜日の夕食後、一緒に行きたいと言う幸二をやっとの思いで振り切って、三人は下宿を出た。
下宿の近くのバス停からバスに乗った。
目的の場所は、バスで約十分ほどの市の西部の山の麓だった。
そこは、実に単なる人家であった。
明義が異様に感じたのは、家の内装がこれでもかと言わんばかりに白木でできていたことだ。
玄関を上がると、三人は居間に通され、そこで、二人の女性と対面した。
一人は、六十歳前後の和服姿の女性でこちらが霊媒師ということだった。
もう一人はアシスタントだと名乗ったが、どうやら霊媒師の娘らしかった。
彼女は会社帰りか、と思える紺のスーツを着て、黒いセルフレームの楕円形の眼鏡をかけていた。
除霊師は、最初、祈祷料は一切要らないこと、それらは、祈祷をなさる方のお気持ちだと、半ば矛盾することを強調して説明した。
それから霊媒師は、自分たちが信仰する山岳信仰とユダヤ教との関係を話し始めたが、明義と留美子にはさっぱり意味が分からず、伊藤だけが頷いていた。
話が終わると、三人は隣の床の間のある部屋に正座し、霊媒師と向かい合った。
除霊は、何やら呪文のようなことを唱えることから始まり、その後、催眠術風に霊媒師が一人ずつ問いかける形で進んでいった。
一番目は伊藤だった。
「貴方の名前はなんですか」
霊媒師は、伊藤に憑依しているだろう霊とコンタクトを取り始めた。
しかし、伊藤は少しも反応がなかった。
続く明義も全く同じだった。
二人については、除霊は失敗に終わったと言ってよかった。
後になって霊媒師から説明があったことだか、かなり個人差があるということだった。
最後は留美子だった。
すでに終わった伊藤と明義は、留美子の除霊を見守った。
留美子の反応は、それまでの二人と明らかに違っていた。
呪文の後半に差し掛かると、彼女の体は徐々に右に傾いていった。
「貴方は誰ですか」
霊媒師がたずねた。
留美子は、何も答えなかった。
「答えられなければ、膝の上に文字で書いてください」
霊媒師とアシスタントが、留美子のそばに近づき、座った。
留美子の右手指が、何やら太腿の上に移動したが、動かなかった。留美子は、ジーンズを履いていた。
「人間ですか」
留美子は、首を横に降った。
「今の気分はどうですか」
留美子の、指が何か書いた。
「そう、暑いの」「どうして」
また、留美子の指が動いた。
「そう、火の中なの」「そう、くるしいのねえ」「分かったよ、分かったよ」「どうしたい」
次に瞬間、留美子は突然体を前に投げ出すと、そのまま畳の上に横になった。
「みず」と留美子は言ったようだった。
「分かった、水ね」
そう霊媒師が妙に落ち着きはらって言った直後だった。
留美子は、突然右斜め前方に向かって、体をくねらせながら、ものすごい勢いで畳の上を這いずり、座敷の端まで突進した。
その際、何をどうしたのか、オレンジ色のTシャツの前が裂けた。
そして、彼女は動きを止めた。
白いブラジャーがむき出しになっていた。
伊藤も明義も、絶句したまま、後退った。
帰りのバスで、留美子は、今日のことは先生には内緒だ、と二人に念を押した。
留美子は、明義の薄手のデニムシャツを借りて着ていた。
この出来事があって以来、ことあるごとに明義は伊藤にからかわれることとなった。
「義くん、シャツ大丈夫だけが」「乳くせぐねっけが」「ひゃっひゃっひゃっ」
考えてみれば、それは無理もない話かもしれなかった。
伊藤の話が本当なら、彼女は十八から子育てと家事に追われ、青春の半分を子育てに費やしたわけだからだ。
しかも、二人とも小学校にようやく上がり、少し落ち着いたと思えば、今度は下宿として学生たちを引き受けるようになった。
その当時、下宿で流行っていた話題は、超常現象と言われるものだった。
伊藤は、心霊現象やUFOの記事などが多く載っている月刊誌の熱心な購読者だった。
ある夕食後、伊藤が明義に除霊の話を始めた。
新田市の郊外に有名な霊媒師が居るというのだ。
留美子も洗いものの手を休めて話に加わって、勢い盛り上がった。
先生と子供たちは風呂の時間だ。
「へえ、正人くん、それ行こう行こう、行くべ」
留美子が一番乗り気だった。
「じゃあ、私、本当に予約しますけどいいですか」
「いいよいいよ」
正直、明義はどうでも良かったので、適当にフェードアウトしようと、声を潜めていたのだが、伊藤が見逃さなかった。
「なに、ヨシくん、君も行くんだよ」
どうでもいいプライドだが、怖がっているとだけは絶対に思われたくない明義だった。
「いいですよお、もちろん」
そんなわけで、急に三人の除霊体験が予定されたのだった。
六月の三週目の日曜日の夕食後、一緒に行きたいと言う幸二をやっとの思いで振り切って、三人は下宿を出た。
下宿の近くのバス停からバスに乗った。
目的の場所は、バスで約十分ほどの市の西部の山の麓だった。
そこは、実に単なる人家であった。
明義が異様に感じたのは、家の内装がこれでもかと言わんばかりに白木でできていたことだ。
玄関を上がると、三人は居間に通され、そこで、二人の女性と対面した。
一人は、六十歳前後の和服姿の女性でこちらが霊媒師ということだった。
もう一人はアシスタントだと名乗ったが、どうやら霊媒師の娘らしかった。
彼女は会社帰りか、と思える紺のスーツを着て、黒いセルフレームの楕円形の眼鏡をかけていた。
除霊師は、最初、祈祷料は一切要らないこと、それらは、祈祷をなさる方のお気持ちだと、半ば矛盾することを強調して説明した。
それから霊媒師は、自分たちが信仰する山岳信仰とユダヤ教との関係を話し始めたが、明義と留美子にはさっぱり意味が分からず、伊藤だけが頷いていた。
話が終わると、三人は隣の床の間のある部屋に正座し、霊媒師と向かい合った。
除霊は、何やら呪文のようなことを唱えることから始まり、その後、催眠術風に霊媒師が一人ずつ問いかける形で進んでいった。
一番目は伊藤だった。
「貴方の名前はなんですか」
霊媒師は、伊藤に憑依しているだろう霊とコンタクトを取り始めた。
しかし、伊藤は少しも反応がなかった。
続く明義も全く同じだった。
二人については、除霊は失敗に終わったと言ってよかった。
後になって霊媒師から説明があったことだか、かなり個人差があるということだった。
最後は留美子だった。
すでに終わった伊藤と明義は、留美子の除霊を見守った。
留美子の反応は、それまでの二人と明らかに違っていた。
呪文の後半に差し掛かると、彼女の体は徐々に右に傾いていった。
「貴方は誰ですか」
霊媒師がたずねた。
留美子は、何も答えなかった。
「答えられなければ、膝の上に文字で書いてください」
霊媒師とアシスタントが、留美子のそばに近づき、座った。
留美子の右手指が、何やら太腿の上に移動したが、動かなかった。留美子は、ジーンズを履いていた。
「人間ですか」
留美子は、首を横に降った。
「今の気分はどうですか」
留美子の、指が何か書いた。
「そう、暑いの」「どうして」
また、留美子の指が動いた。
「そう、火の中なの」「そう、くるしいのねえ」「分かったよ、分かったよ」「どうしたい」
次に瞬間、留美子は突然体を前に投げ出すと、そのまま畳の上に横になった。
「みず」と留美子は言ったようだった。
「分かった、水ね」
そう霊媒師が妙に落ち着きはらって言った直後だった。
留美子は、突然右斜め前方に向かって、体をくねらせながら、ものすごい勢いで畳の上を這いずり、座敷の端まで突進した。
その際、何をどうしたのか、オレンジ色のTシャツの前が裂けた。
そして、彼女は動きを止めた。
白いブラジャーがむき出しになっていた。
伊藤も明義も、絶句したまま、後退った。
帰りのバスで、留美子は、今日のことは先生には内緒だ、と二人に念を押した。
留美子は、明義の薄手のデニムシャツを借りて着ていた。
この出来事があって以来、ことあるごとに明義は伊藤にからかわれることとなった。
「義くん、シャツ大丈夫だけが」「乳くせぐねっけが」「ひゃっひゃっひゃっ」
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