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明義の初体験は、彼のトラウマになった。
あれは何だったのか、と繰り返し自問するが、それを判断する基準を持たない明義だった。
快感があったかさえ、定かではなかった。
ただただ、すぐに排出しただけだった。
忘れるしかなかった。
でも、良子を目の前にすれば、恥ずかしさに、伏し目がちだったかもしれなかった。
「アキちゃん」
「あ、おう」
「何があったのがあ、暗い顔して」
「いや、何でもねえ」
二人は、自転車に二人乗りをして、新田市の東部にある、市営グラウンドに向かっていた。
良子が、どうしても、陸上部の練習を見たいと言うので、明義はしぶしぶだが、連れていくことにしたのだった。
新田北高陸上部は、その週の始めから、夏合宿に入っており、市営グラウンドに隣接するスポーツセンターに泊まりこんでいた。
「久しぶりだあ、アキちゃんと二人乗りすんの」
良子の細い腕が、明義のお腹に巻き付いていた。
市営グラウンドに向かう道の両側は田圃で、稲穂もそろそろ頭を垂れ始める頃だった。
やがて、道は左にカーブして登り坂になった。
「アキちゃん、降りっか」
「いいよ、どごまで行げっか、チャレンジ」
そういうと、明義は立ち漕ぎをし、自転車をグイグイ進めた。
結局、グラウンドの駐車場まで、明義は漕ぎ続けることができた。
「さっすがあ、アキちゃん」
良子は、嬉しくて仕方がない様子だった。
午後の練習はすでに始まっており、良子はガラガラの観客席の、ちょうど桜の木で日陰になってる席に座って、練習を見学していた。
気温は、三十度を超えていた。
明義は、気になって、時々良子に目をやっていた。
「義くん、彼女心配なんだべ」
声を掛けたのは、三年生でマネージャーの、齊藤玲子だった。
「いやいや」
彼女は、普段、男子に軽口を言うようなタイプではなかったので、明義は少し意外に思いながらそっけなく返した。
「やっさしい」
明義は、ガンバ、と前の部員に声をかけ、聞こえないふりをした。
その日は、午後四時に練習が終わり、自由時間になった。
明義は、良子とまた二人乗りをして、街の中心部に向かった。
誕生日のお礼でも、お詫びでもなかったが、明義は良子にプレゼントをしたいものがあって、彼がよく行くセレクトショップに向かったのだった。
「いらっしゃいませ」
「どうも」
「あ、毎度」「もしかして、彼女」
短髪の若いオーナーが空かさず聞いた。
「え、まあ」
「可愛い」「誰かに似でるって言われるでしょ」
良子は、店員の馴れ馴れしさに少し驚いて、明義に助けを求めるような視線を送った。
「あ、石川秀美だ」
「ええ、言われません」
「いやあ、似でるって」
明義が、良子に手招きした。
「これ、良いど思わね」
それは、紺色のバックスキンに、ビーズが付いたモカシンだった。
「これ、ジーパンに合うど思うげどなあ」
ジーパンで来てね、と明義が言ったのは、自転車に乗るからという理由だけではなかった。
「履いでみで」
それは、いつも良子が好んで履いているホワイトジーンズによく似合った。
「ほらね」
良子も異論がなかった。
二人は、店を出ると、また二人乗りをして、駅まで戻り、明義の行きつけの喫茶店に入った。
「どうも、ありがどさんな、アキちゃん」
「いえいえ、気に入ってくれで、いがった」「何にする」
二人とも、オムライスとアイスコーヒーを頼んだ。
「電車、何時」
食後にアイスコーヒーを飲みながら、明義が聞いた。
「次は、六時過ぎ」
明義はいつもは気にしない沈黙が、その日は気になった。
あるいは、ホテルでのことが話題に出るの避けたかったかもしれない。
それで、いつもなら聞くはずもない帰りの時間などを聞いた。
「何、アキちゃん、早く戻りたいんだべ、合宿所さ」
「そんなごど、ね」
「どうだが」
「なんでよ」
良子は、アイスコーヒーを一口啜って言った。
「アキちゃん」「あのマネージャーの人、アキちゃんのごど、好ぎだべ」
「何それ」
「なんとなぐ」
「そんなごど、ね」「何で、ほがいなごど言うなや」
無意識に、明義は声を荒げた。
「ムギに、なった」
良子はつぶやくように言って、うつむき、またアイスコーヒーを啜った。
その後は、前にも増して会話が無くなった。
良子は、次の電車で帰っていった。
明義は、自分が嫌がる良子を無理に帰してしまったような、そんな気持ちに苛まれながら、スポーツセンターに戻った。
良子にしてみれば、そんな訳がない、と笑い飛ばし、明るく見送ってくれることを期待しただけかもしれなかった。
消灯時間が過ぎた合宿所の大部屋は、簡単には静まりかえらない。
クスクス笑い声や、こそこそ話。
明義は、目をつむって、その日一日を振り返ってみた。
最初は、自分を責める気持ちでいっぱいだった。
しかし、考えているうちに、どうしてプレゼントまでしたのに、あんな言いがかりのようなことを言われなければならないのか、と、だんだん腹が立ってきた明義だった。
明義は、次の週末も、その次の週末も実家に帰らず、良子にも連絡をしなかった。
あれは何だったのか、と繰り返し自問するが、それを判断する基準を持たない明義だった。
快感があったかさえ、定かではなかった。
ただただ、すぐに排出しただけだった。
忘れるしかなかった。
でも、良子を目の前にすれば、恥ずかしさに、伏し目がちだったかもしれなかった。
「アキちゃん」
「あ、おう」
「何があったのがあ、暗い顔して」
「いや、何でもねえ」
二人は、自転車に二人乗りをして、新田市の東部にある、市営グラウンドに向かっていた。
良子が、どうしても、陸上部の練習を見たいと言うので、明義はしぶしぶだが、連れていくことにしたのだった。
新田北高陸上部は、その週の始めから、夏合宿に入っており、市営グラウンドに隣接するスポーツセンターに泊まりこんでいた。
「久しぶりだあ、アキちゃんと二人乗りすんの」
良子の細い腕が、明義のお腹に巻き付いていた。
市営グラウンドに向かう道の両側は田圃で、稲穂もそろそろ頭を垂れ始める頃だった。
やがて、道は左にカーブして登り坂になった。
「アキちゃん、降りっか」
「いいよ、どごまで行げっか、チャレンジ」
そういうと、明義は立ち漕ぎをし、自転車をグイグイ進めた。
結局、グラウンドの駐車場まで、明義は漕ぎ続けることができた。
「さっすがあ、アキちゃん」
良子は、嬉しくて仕方がない様子だった。
午後の練習はすでに始まっており、良子はガラガラの観客席の、ちょうど桜の木で日陰になってる席に座って、練習を見学していた。
気温は、三十度を超えていた。
明義は、気になって、時々良子に目をやっていた。
「義くん、彼女心配なんだべ」
声を掛けたのは、三年生でマネージャーの、齊藤玲子だった。
「いやいや」
彼女は、普段、男子に軽口を言うようなタイプではなかったので、明義は少し意外に思いながらそっけなく返した。
「やっさしい」
明義は、ガンバ、と前の部員に声をかけ、聞こえないふりをした。
その日は、午後四時に練習が終わり、自由時間になった。
明義は、良子とまた二人乗りをして、街の中心部に向かった。
誕生日のお礼でも、お詫びでもなかったが、明義は良子にプレゼントをしたいものがあって、彼がよく行くセレクトショップに向かったのだった。
「いらっしゃいませ」
「どうも」
「あ、毎度」「もしかして、彼女」
短髪の若いオーナーが空かさず聞いた。
「え、まあ」
「可愛い」「誰かに似でるって言われるでしょ」
良子は、店員の馴れ馴れしさに少し驚いて、明義に助けを求めるような視線を送った。
「あ、石川秀美だ」
「ええ、言われません」
「いやあ、似でるって」
明義が、良子に手招きした。
「これ、良いど思わね」
それは、紺色のバックスキンに、ビーズが付いたモカシンだった。
「これ、ジーパンに合うど思うげどなあ」
ジーパンで来てね、と明義が言ったのは、自転車に乗るからという理由だけではなかった。
「履いでみで」
それは、いつも良子が好んで履いているホワイトジーンズによく似合った。
「ほらね」
良子も異論がなかった。
二人は、店を出ると、また二人乗りをして、駅まで戻り、明義の行きつけの喫茶店に入った。
「どうも、ありがどさんな、アキちゃん」
「いえいえ、気に入ってくれで、いがった」「何にする」
二人とも、オムライスとアイスコーヒーを頼んだ。
「電車、何時」
食後にアイスコーヒーを飲みながら、明義が聞いた。
「次は、六時過ぎ」
明義はいつもは気にしない沈黙が、その日は気になった。
あるいは、ホテルでのことが話題に出るの避けたかったかもしれない。
それで、いつもなら聞くはずもない帰りの時間などを聞いた。
「何、アキちゃん、早く戻りたいんだべ、合宿所さ」
「そんなごど、ね」
「どうだが」
「なんでよ」
良子は、アイスコーヒーを一口啜って言った。
「アキちゃん」「あのマネージャーの人、アキちゃんのごど、好ぎだべ」
「何それ」
「なんとなぐ」
「そんなごど、ね」「何で、ほがいなごど言うなや」
無意識に、明義は声を荒げた。
「ムギに、なった」
良子はつぶやくように言って、うつむき、またアイスコーヒーを啜った。
その後は、前にも増して会話が無くなった。
良子は、次の電車で帰っていった。
明義は、自分が嫌がる良子を無理に帰してしまったような、そんな気持ちに苛まれながら、スポーツセンターに戻った。
良子にしてみれば、そんな訳がない、と笑い飛ばし、明るく見送ってくれることを期待しただけかもしれなかった。
消灯時間が過ぎた合宿所の大部屋は、簡単には静まりかえらない。
クスクス笑い声や、こそこそ話。
明義は、目をつむって、その日一日を振り返ってみた。
最初は、自分を責める気持ちでいっぱいだった。
しかし、考えているうちに、どうしてプレゼントまでしたのに、あんな言いがかりのようなことを言われなければならないのか、と、だんだん腹が立ってきた明義だった。
明義は、次の週末も、その次の週末も実家に帰らず、良子にも連絡をしなかった。
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