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結局その年、明義は良子と祭りに行かなかった。
それは、二人が付き合って初めてのことだった。
それに、明義は、彼岸にお墓参りにも行かなかった。
それも、母が亡くなってから初めてのことだった。
良子とのことがあって、実家から足が遠のいていたこともあったが、実際、部活やら学校の行事やら、何かと立て込んだのも事実であった。
十月になって間もないある日、明義は、お墓に行った帰りに、良子の家に立ち寄った。
玄関のチャイムを押すと、インターフォンには良子の母親が出た。
「あら、明義ちゃんかあ、良ぐきた、ちょっと待っでけろなあ」
すぐに、良子の母親が玄関のドアを開け、明義を家に招き入れた。
「なんだて、明義ちゃん、すっかり大人っぽぐなったんねがあ」
「そんなことないですよ」
「あはは、謙遜があ」
明義は、リビングに通され、ソファに座った。
「ちょっと待ってな、明義ちゃん」「良子ば、呼んでくっさげ」
しばらくして、良子の母親が紅茶とお菓子を持ってきた。
「良子なあ、ふて寝だよお、あはは」「喧嘩したながあ」
「すみません、僕がいけないんです」
「なあに、明義ちゃんは優しいがら、どうせ良子がわがまま言ったんだべ」「どうぞ、召し上がれ」
良子の両親は供に学校を先生をしていて、だからというわけではないだろうが、良子の家は、この辺りのどの家庭よりも何となく垢抜けた感じの家庭だった。
「待ってろ、どうせ良子降りでくっから」「明義ちゃんのこど大好ぎだがら」
明義は、紅茶に口を付けた。良い香りがする紅茶だ、と思った。
「どうなの、下宿生活は」「大変だんねがあ」
「いや、結構楽です」「ご飯も出るし、弁当も作ってもらえるので」
「ああ、いがったねえ」「陸上、頑張ってんだってね」
「はい、でも、もう記録伸びないみたいです」「中学で終わったかなあ」
「速がったがらねえ、あなた」
「いえいえ、コーチとメンバーが良かっただけですよ」
「勉強の方は」「進学するんだべ」
「はい、一応考えてます」
「どっち方面に」
「バイオテクノロジーに興味があって」「だから、農学部に進みたいと、今のところは思ってます」
「あら、良子も見習ってほすいもんだあ」「あの子、大学さなんか行ぎだぐねえ、て言うんだぜ」「何だべねえ」
明義は、返す言葉が見つからず、紅茶を啜った。
「そのうぢ、考え変わっべが」「明義ちゃんからも言ってみでけろ」
「はい、そうですねえ、分かりました」
「いがったあ、良子、明義ちゃんに言われだら、気持ぢ変わるんねべがあ」
良子がリビングに入ってきた。
「また、お母さん、余計なごど、言って」
「あら、やっと起きできたのが」「なんにも、余計なごどなあ言ってねよお」
「アキちゃん、こっち」
良子は、手招きしている。二階の自室に行こう、というのだ。
「さあて、買い物さ行ってくっかな」「明義ちゃん、お昼ご飯食べでいって」
「はい、ありがとうございます」
明義は、遠慮せずに答えた。
「素直だねえ、明義ちゃんは」
嫌味っぽくいう母親に良子は舌打ちをして、明義を引っ張っていき、二人は階段を上がっていった。
階下から、良子の母の声がした。
「ちゃんと仲直りしてよお」
良子は、ドアを閉めると、鍵をかけた。
「あれ、模様替えしたな」
「うん、暇だったがら」
以前は壁に向いていた机が窓側に移動され、代わりにベッドが壁側にくっついていた。
明義は、ベッドサイドに腰を下ろした。
それを、見下ろすように明義に向かい合って、良子は立った。
赤いロングスリーブの薄手のニットに、タータンチェックのベージュのスカート。
良く似合っている、と明義は思った。
「この間は、ごめん」
「いや、俺が無神経だったよ」
良子が、悲しそうな表情で、明義に近付き、両手を取った。
「祭は」
「ずっと、家さ居だ」
明義が、良子の両手を取ってを引っ張ると、良子は抵抗して踏ん張り、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「アキちゃんなんか、もう知らねもんねえ」
良子は、ベッドヘッドから回り込み、ベッドの壁側に仰向けに寝転んで、伸びをした。
窓は、開け放たれ、隣接する幼稚園の方から行進の音楽が聞こえてきた。運動会かもしれなかった。
明義も、良子もかつて通っていた保育園だった。
明義は、よく暗くまで園庭で遊んでいたものだった。
他の園児たちは、ほとんど帰り、まだ母親が迎えに来ていない数人の年少の園児が待っているだけだった。
母親を待っているような気分に、明義もなりたかったのかもしれない。
保育園に入って、最初の数回祖母に送り迎えしてもらった。
「ばあちゃん、明日がら、送り迎えはいいがら」「僕、一人で行ぐがら」
だいぶ後になって、祖母にとってはかわいくない子だったなあ、と明義は反省した。
実際その当時、明義は強がっているのでも実際に強いわけでもなかった。
母親が迎えに来る他の園児が羨ましく、寂しさを裏返しただけだった。
「アキちゃん、お祭りに私ば連れでいがながった罰として」
明義が、良子の方を見やると、一瞬彼女は言葉を止めた。
「なに」
「んとお」
良子はいたずらに焦らした。
「んとお、紅葉ば観に連れでって」
「なあんだ」
「え、アキちゃん、なんか変なごど、想像したべ」「ん」
「そげなごどない」「ないって」
「ムキになるどごが怪すい」「このお」
良子は、そう言って、明義の脇の下を指で突っついた。
「なんだよお」
明義も、仕返しに、良子の脇の下をくすぐった。
「いやあ、やめでよ、アキちゃんたら」
良子はさらに、明義の脇腹をくすぐった。
「うははは」「やめろやめろ」
暴れた拍子に、明義の手が良子の太腿の上に載った。
良子は構わず話し始めた。
「アキちゃん、山寺行ったごどあるよね」
「ある」「なんか小学校んどぎ、遠足で行ったんでねっけがあ」
「覚えでないねえ」
「うん、忘れだはあ」
「あそご、紅葉奇麗だって」
「ふうん、じゃあ、行こう」
「うん、行こうね、アキちゃん」
明義は、返事をする代わりみたいに、良子の太腿をさすった。
「止めで、アキちゃん」「感じるがら」
明義は、手を離した。
「良子」「下りできて、手伝え」
良子の母が呼ぶ声がした。
それは、二人が付き合って初めてのことだった。
それに、明義は、彼岸にお墓参りにも行かなかった。
それも、母が亡くなってから初めてのことだった。
良子とのことがあって、実家から足が遠のいていたこともあったが、実際、部活やら学校の行事やら、何かと立て込んだのも事実であった。
十月になって間もないある日、明義は、お墓に行った帰りに、良子の家に立ち寄った。
玄関のチャイムを押すと、インターフォンには良子の母親が出た。
「あら、明義ちゃんかあ、良ぐきた、ちょっと待っでけろなあ」
すぐに、良子の母親が玄関のドアを開け、明義を家に招き入れた。
「なんだて、明義ちゃん、すっかり大人っぽぐなったんねがあ」
「そんなことないですよ」
「あはは、謙遜があ」
明義は、リビングに通され、ソファに座った。
「ちょっと待ってな、明義ちゃん」「良子ば、呼んでくっさげ」
しばらくして、良子の母親が紅茶とお菓子を持ってきた。
「良子なあ、ふて寝だよお、あはは」「喧嘩したながあ」
「すみません、僕がいけないんです」
「なあに、明義ちゃんは優しいがら、どうせ良子がわがまま言ったんだべ」「どうぞ、召し上がれ」
良子の両親は供に学校を先生をしていて、だからというわけではないだろうが、良子の家は、この辺りのどの家庭よりも何となく垢抜けた感じの家庭だった。
「待ってろ、どうせ良子降りでくっから」「明義ちゃんのこど大好ぎだがら」
明義は、紅茶に口を付けた。良い香りがする紅茶だ、と思った。
「どうなの、下宿生活は」「大変だんねがあ」
「いや、結構楽です」「ご飯も出るし、弁当も作ってもらえるので」
「ああ、いがったねえ」「陸上、頑張ってんだってね」
「はい、でも、もう記録伸びないみたいです」「中学で終わったかなあ」
「速がったがらねえ、あなた」
「いえいえ、コーチとメンバーが良かっただけですよ」
「勉強の方は」「進学するんだべ」
「はい、一応考えてます」
「どっち方面に」
「バイオテクノロジーに興味があって」「だから、農学部に進みたいと、今のところは思ってます」
「あら、良子も見習ってほすいもんだあ」「あの子、大学さなんか行ぎだぐねえ、て言うんだぜ」「何だべねえ」
明義は、返す言葉が見つからず、紅茶を啜った。
「そのうぢ、考え変わっべが」「明義ちゃんからも言ってみでけろ」
「はい、そうですねえ、分かりました」
「いがったあ、良子、明義ちゃんに言われだら、気持ぢ変わるんねべがあ」
良子がリビングに入ってきた。
「また、お母さん、余計なごど、言って」
「あら、やっと起きできたのが」「なんにも、余計なごどなあ言ってねよお」
「アキちゃん、こっち」
良子は、手招きしている。二階の自室に行こう、というのだ。
「さあて、買い物さ行ってくっかな」「明義ちゃん、お昼ご飯食べでいって」
「はい、ありがとうございます」
明義は、遠慮せずに答えた。
「素直だねえ、明義ちゃんは」
嫌味っぽくいう母親に良子は舌打ちをして、明義を引っ張っていき、二人は階段を上がっていった。
階下から、良子の母の声がした。
「ちゃんと仲直りしてよお」
良子は、ドアを閉めると、鍵をかけた。
「あれ、模様替えしたな」
「うん、暇だったがら」
以前は壁に向いていた机が窓側に移動され、代わりにベッドが壁側にくっついていた。
明義は、ベッドサイドに腰を下ろした。
それを、見下ろすように明義に向かい合って、良子は立った。
赤いロングスリーブの薄手のニットに、タータンチェックのベージュのスカート。
良く似合っている、と明義は思った。
「この間は、ごめん」
「いや、俺が無神経だったよ」
良子が、悲しそうな表情で、明義に近付き、両手を取った。
「祭は」
「ずっと、家さ居だ」
明義が、良子の両手を取ってを引っ張ると、良子は抵抗して踏ん張り、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「アキちゃんなんか、もう知らねもんねえ」
良子は、ベッドヘッドから回り込み、ベッドの壁側に仰向けに寝転んで、伸びをした。
窓は、開け放たれ、隣接する幼稚園の方から行進の音楽が聞こえてきた。運動会かもしれなかった。
明義も、良子もかつて通っていた保育園だった。
明義は、よく暗くまで園庭で遊んでいたものだった。
他の園児たちは、ほとんど帰り、まだ母親が迎えに来ていない数人の年少の園児が待っているだけだった。
母親を待っているような気分に、明義もなりたかったのかもしれない。
保育園に入って、最初の数回祖母に送り迎えしてもらった。
「ばあちゃん、明日がら、送り迎えはいいがら」「僕、一人で行ぐがら」
だいぶ後になって、祖母にとってはかわいくない子だったなあ、と明義は反省した。
実際その当時、明義は強がっているのでも実際に強いわけでもなかった。
母親が迎えに来る他の園児が羨ましく、寂しさを裏返しただけだった。
「アキちゃん、お祭りに私ば連れでいがながった罰として」
明義が、良子の方を見やると、一瞬彼女は言葉を止めた。
「なに」
「んとお」
良子はいたずらに焦らした。
「んとお、紅葉ば観に連れでって」
「なあんだ」
「え、アキちゃん、なんか変なごど、想像したべ」「ん」
「そげなごどない」「ないって」
「ムキになるどごが怪すい」「このお」
良子は、そう言って、明義の脇の下を指で突っついた。
「なんだよお」
明義も、仕返しに、良子の脇の下をくすぐった。
「いやあ、やめでよ、アキちゃんたら」
良子はさらに、明義の脇腹をくすぐった。
「うははは」「やめろやめろ」
暴れた拍子に、明義の手が良子の太腿の上に載った。
良子は構わず話し始めた。
「アキちゃん、山寺行ったごどあるよね」
「ある」「なんか小学校んどぎ、遠足で行ったんでねっけがあ」
「覚えでないねえ」
「うん、忘れだはあ」
「あそご、紅葉奇麗だって」
「ふうん、じゃあ、行こう」
「うん、行こうね、アキちゃん」
明義は、返事をする代わりみたいに、良子の太腿をさすった。
「止めで、アキちゃん」「感じるがら」
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