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山寺なら送って行く、と俊夫は言ったが、明義はそこまで介入してほしくなく、良子が電車の時間を調べてるから、と断った。
途中、一度乗り換えがあったが、乗り継ぎがよく、一時間足らずで、二人は山寺駅に着くことができた。
門前の坂道は、参拝客や紅葉狩りの客で人通りが多かった。
「俺、晴れ男だげど、完璧に晴れだね」
「あれ、私も晴れ女だよ」
「考えでみれば、デートで雨降ったごどねなあ」
すでに、参道の両脇の楓の葉は紅葉しており、谷の反対側の斜面も色づいているのが見てとれた。
落ち葉の匂いを、山の張りつめた冷たい空気が運んできた。
「この分だど、寺の中も人でいっぱいがもなあ」
はたして、寺院内は参詣者は二人が予想した以上だった。
紅葉は真っ赤で、良子はきゃっきゃ言いながら、紅葉の屋根を見上げては、持参したコンパクトカメラで写真を撮った。
「アキちゃん、はい」
良子が左手を差し出した。
二人は手を繋いで歩きながら、寺院内を巡った。
眺望が素晴らしい五大堂の階段では、人の渋滞ができていて、なかなか前に進めなかった。それだけに、たどり着いた時の眺めの素晴らしさは一入だった。
「すごいにゃあ」
良子は、列の後ろの初老の婦人に早速撮影をお願いし、カメラを渡した。
奥の院まで行って引き返し、二人は昼前に山門を出た。
「なんか、中、人多すぎで」
二人は渓流沿いの山道を上がっていった。
百メートルぐらい歩くと、道路は渓流を横切るように右にカーブし、視界が開けた。
まさに里の秋。山々は色とりどりに紅葉していた。
橋を渡り切ったところに、ハイキングのための木のテーブルと椅子があり、二人はそこで昼食を取ることにした。
「良子、これ、作ったなが」
「うん、お母さんも手伝ってくれだげどね」
干瓢巻きに、かっぱ巻き、竹籠の弁当箱には、赤ウインナー、肉だんご、ほうれん草の胡麻和え、胡瓜とキャベツの浅漬けなどがぎっしり詰め込まれていた。
明義は、まず干瓢巻きを口に入れた。
懐かしい味だった。
最後に干瓢巻きを食べたのはいつのことだろうか、と考えながら、明義はそれを味わっていた。
明義は、小学校の時の運動会を思い出した。
明義の亡母も、巻き寿司をよく作ってくれものだった。
「この干瓢巻ぎ、美味いなあ」
「あ、それはお母さん作」
母の味も、祖母の味も、最早食べることが出来ない明義は、単純に、いいものだなあ、と思いながら弁当を大事に食べた。
「俺、考えでみれば、遠足の後、一回山寺さ来てだよ」
「ふうん、いづ」
「お袋が入院してだどぎ」「親父が、病気平癒の祈願で行ってみっべ、ちゅうごどになって」
良子は、明義の母親のことをよく知っていた。
もともと、家が近所で子供同士が同級生ということもあり、明義と良子の家は家族ぐるみの付き合いだったのだ。
「良子ちゃんは、利発で、はきはきしてて、おばちゃん好きだちゃあ」
明義の母親は、よくそう言って良子を褒めたものだった。
そう言われると、良子は決まって、私もおばさん好き、と返していた。
そんなやりとりを明義は昨日のことのように記憶していた。
そんな良子だったが、明義の母親の死後、二人が付き合うようになってから、明義の母親の話題を振るようなことがなかった。
「アキちゃん」「一づ聞いでいいが」
「うん、なに」
「お母さんのごど、今でも思い出す」
「うん、時々な」
「うん、じゃあ、どんなごど、一番思いだす」
明義は、赤いウインナーを噛みながら、少し考えた。
「最後の」
良子の箸が止まった。
「精密検査の前に」「俺、車椅子さお袋ば乗せで、院内の美容院さ連れでいったのな」
明義は、水筒のお茶を紙コップに注いだ。そして、一口飲んでから話を続けた。
「末期がんで、もう助からねって分がっている人が、検査前に美容院行ぐのも、可笑すい話だげんとな」
「ううん、分がるよ、私」
「エレベーターに乗ったら、二人きりで」「お袋言ったんだ」
明義は、また一口お茶を啜った。
「おまえ、こがいしておかさんば運ぶごどなんて、もう二度どないんだがら、よくおぼえどげよ、って」
良子は、その意味をしばらく考えていたようだった。
明義は黙って周りの景色に目を向けていた。
そして、良子が急に泣きだした。
「おい、良子、なして泣くなやあ」
「だって、アキちゃん」「あああ」
明義が、なだめてもなだめても、良子は子供みたいに泣きじゃくり、止まらなくなった。
ようやく落ち着いた良子が一言言った。
「アキちゃん、どごにも行がないでな」「私ば置いで」
途中、一度乗り換えがあったが、乗り継ぎがよく、一時間足らずで、二人は山寺駅に着くことができた。
門前の坂道は、参拝客や紅葉狩りの客で人通りが多かった。
「俺、晴れ男だげど、完璧に晴れだね」
「あれ、私も晴れ女だよ」
「考えでみれば、デートで雨降ったごどねなあ」
すでに、参道の両脇の楓の葉は紅葉しており、谷の反対側の斜面も色づいているのが見てとれた。
落ち葉の匂いを、山の張りつめた冷たい空気が運んできた。
「この分だど、寺の中も人でいっぱいがもなあ」
はたして、寺院内は参詣者は二人が予想した以上だった。
紅葉は真っ赤で、良子はきゃっきゃ言いながら、紅葉の屋根を見上げては、持参したコンパクトカメラで写真を撮った。
「アキちゃん、はい」
良子が左手を差し出した。
二人は手を繋いで歩きながら、寺院内を巡った。
眺望が素晴らしい五大堂の階段では、人の渋滞ができていて、なかなか前に進めなかった。それだけに、たどり着いた時の眺めの素晴らしさは一入だった。
「すごいにゃあ」
良子は、列の後ろの初老の婦人に早速撮影をお願いし、カメラを渡した。
奥の院まで行って引き返し、二人は昼前に山門を出た。
「なんか、中、人多すぎで」
二人は渓流沿いの山道を上がっていった。
百メートルぐらい歩くと、道路は渓流を横切るように右にカーブし、視界が開けた。
まさに里の秋。山々は色とりどりに紅葉していた。
橋を渡り切ったところに、ハイキングのための木のテーブルと椅子があり、二人はそこで昼食を取ることにした。
「良子、これ、作ったなが」
「うん、お母さんも手伝ってくれだげどね」
干瓢巻きに、かっぱ巻き、竹籠の弁当箱には、赤ウインナー、肉だんご、ほうれん草の胡麻和え、胡瓜とキャベツの浅漬けなどがぎっしり詰め込まれていた。
明義は、まず干瓢巻きを口に入れた。
懐かしい味だった。
最後に干瓢巻きを食べたのはいつのことだろうか、と考えながら、明義はそれを味わっていた。
明義は、小学校の時の運動会を思い出した。
明義の亡母も、巻き寿司をよく作ってくれものだった。
「この干瓢巻ぎ、美味いなあ」
「あ、それはお母さん作」
母の味も、祖母の味も、最早食べることが出来ない明義は、単純に、いいものだなあ、と思いながら弁当を大事に食べた。
「俺、考えでみれば、遠足の後、一回山寺さ来てだよ」
「ふうん、いづ」
「お袋が入院してだどぎ」「親父が、病気平癒の祈願で行ってみっべ、ちゅうごどになって」
良子は、明義の母親のことをよく知っていた。
もともと、家が近所で子供同士が同級生ということもあり、明義と良子の家は家族ぐるみの付き合いだったのだ。
「良子ちゃんは、利発で、はきはきしてて、おばちゃん好きだちゃあ」
明義の母親は、よくそう言って良子を褒めたものだった。
そう言われると、良子は決まって、私もおばさん好き、と返していた。
そんなやりとりを明義は昨日のことのように記憶していた。
そんな良子だったが、明義の母親の死後、二人が付き合うようになってから、明義の母親の話題を振るようなことがなかった。
「アキちゃん」「一づ聞いでいいが」
「うん、なに」
「お母さんのごど、今でも思い出す」
「うん、時々な」
「うん、じゃあ、どんなごど、一番思いだす」
明義は、赤いウインナーを噛みながら、少し考えた。
「最後の」
良子の箸が止まった。
「精密検査の前に」「俺、車椅子さお袋ば乗せで、院内の美容院さ連れでいったのな」
明義は、水筒のお茶を紙コップに注いだ。そして、一口飲んでから話を続けた。
「末期がんで、もう助からねって分がっている人が、検査前に美容院行ぐのも、可笑すい話だげんとな」
「ううん、分がるよ、私」
「エレベーターに乗ったら、二人きりで」「お袋言ったんだ」
明義は、また一口お茶を啜った。
「おまえ、こがいしておかさんば運ぶごどなんて、もう二度どないんだがら、よくおぼえどげよ、って」
良子は、その意味をしばらく考えていたようだった。
明義は黙って周りの景色に目を向けていた。
そして、良子が急に泣きだした。
「おい、良子、なして泣くなやあ」
「だって、アキちゃん」「あああ」
明義が、なだめてもなだめても、良子は子供みたいに泣きじゃくり、止まらなくなった。
ようやく落ち着いた良子が一言言った。
「アキちゃん、どごにも行がないでな」「私ば置いで」
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