川底の鍵

滝川 魚影

文字の大きさ
13 / 15

13

しおりを挟む
「俺、引っ越そうがど思って」
「引っ越すって、下宿ば」
「うん」「なんか、今の下宿、普通の家で、居候みだいな感じで」
「うんだのが」
「あど、なんか、いろいろ干渉されっから、めんどくさい」
 明義と良子は、花山市内のデパートに来た帰りに、駅近くのフャミレスで遅めのランチを食べていた。
「あてはあんのが」
「うん、同じ陸上部のヤヅが下宿してるどごがいいなあ、て思ってる」
「ふうん」
 明義は、トマトソースのパスタを一口頬張った。
「そごの下宿なら、良子も遊びに来れるがら」
 その言葉は、いかにも取ってつけたように、良子には思えた。
「私のためが」
 良子のいたずらな視線に、明義は引っ越しの本当の理由を見透かされているような気がして、一瞬言葉に詰まった。
「そげな、無理すねくてもいいよ」「私なら、いづもこうして、アキちゃんに会えるがら」
 良子が素直に喜んでいることに、明義は自分の狡さを恥じた
「なんて言うや、今の下宿の人さ」
 明義の父は、引っ越しに反対した。
 今の下宿は、明義の父の職場の人からの紹介ということもあって、不義理なことはできないという事情もあった。
 それに対しての明義は、受験を控えて、同級生が多くいる下宿の方が、勉強にだんぜん有利だ、と反論した。
「話は、俺がら、まず先生さするし、お父さんは、息子が勝手に決めできたごどだ、ってごどにしてけろ」
「ほげな自分勝手な」
 最後は、強引に押し切った明義だった。

 十二月の中旬、明義は留美子が新聞配達のアルバイトに出て居ないタイミングを見計らって、先生が晩酌をする居間に入っていった。
「先生すみません、お寛ぎ中に」「ちょっと、相談があるんですが」
 明義は、受験勉強には、一緒に切磋琢磨する仲間がいた方が何かと心強い、ということをメインに先生を説得した。
 明義の父同様に、受験勉強を理由にされたのでは、先生も無理に引き止めることはできなかった。
 それに、伊藤の前例があっただけになおさらだった。
 環境に問題があったために進学出来なかった、というような結果は、彼としては避けなければならなかったのだ。
 次の週、明義は早々と新しい引き受け先の大家のところに、父と下見に言った。
 もっとも、既に何回も出入りしている明義は、部屋の間取りなどはよく知っていたので、実質は、俊夫と大家の顔合わせになった。
 新しい引き受け先は、中華料理屋を営んでおり、その昔座敷として使っていた二階の何部屋かを下宿部屋として貸出していた。
 寄宿者のほとんどが、新田北高の学生で、冬の間だけ下宿するという者も多かったので、明義が急に寄宿できるのは運がよいとしか言いようがなかった。
 更に幸運にも、一つだけ空いていた部屋は、窓から川が見える角部屋だった。
 その日のうちに、入居日も二月からということで決まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...