川底の鍵

滝川 魚影

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 明義が、下宿の先生と話した週の週末に、先生は留美子にそのことを伝えたらしかった。
 週明けの留美子の態度から、明義はそう思ったのだ。
 人間は、こうも極端に態度を変えられるものか、と明義は内心かなり動揺した。
 恐怖でさえあった。
 そのうち留美子は、家事、取り分けご飯について、明らかに手を抜き始めた。
 弁当は、おにぎりが多くなり、夕ご飯は麺類が多くなった。
 明義が、一番嫌だったのは、留美子が下宿代の実入りがなくなり家計が厳しくなる、と度々、明義のいる前で、先生に愚痴ることだった。

 年が明けると、明義は、小さい物を中心に、次の下宿に荷物を運び始めた。
 引越し先の友人が、荷物を一時的に引き受けてくれる、と言ってくれたからだった。
 そんな訳で、平日の夜にも荷物を運び、そのまま引越し先の中華料理屋で夕ご飯を食べて帰るようなことが、数日続いた。
 ある木曜日の夜の、引越し先から戻ると、下宿の一階は暗く、ダイニングの、シンク上の蛍光灯の灯りが廊下に漏れているだけだった。
 すぐに階段を上がりかけ、明義がふとダイニングに目をやると、留美子がダイニング・テーブルに伏せっていた。
 明義が、ただいま、と言っても返事がないので、彼は留美子が寝ているのだと思っていたのだが。
 明義はそのまま黙って自室に入ると、本棚を片付け始めた。
 もうそんな心配はない、と明義は半ば油断していた。
「もう、ほとんど片付いたのね」
 振り返ると、留美子が背後に立っていた。
 明義は、一瞬血の気が引いていくのを感じた。
 声の感じから、留美子は居眠りをしていたわけではなく、泣いていたようだった。
「どうして、私に最初に話してくれなかったの」
 答えに窮している風を装ってもよかったが、明義はとっさに嘘をついた。
「辛かったからです」
「私と離れるのが」
 明義は、振り向かずに、本棚の整理を続けながら、頷いた。
「じゃあ、引っ越しなんてしなければいいでしょ」
 留美子が、語気を荒げた。
「ごめんなさい」
 そう言うと、明義はうな垂れてみせたが、とてもいい演技とは言えなかった。
 ところが、留美子には、明義が本当のところ、どう思っているとかそういうことは、どうでもよかったようだ。
 留美子が歩みよってしゃがむと、いきなり明義を後ろから抱きしめた。
「もう、会えないよね」
 留美子は、明義の後頭部に、頬ずりしながら言った。
 明義は、自分よりもずっと下手な演技だと、思ったが、そもそも留美子は大真面目かもしれなかった。
「僕の」「大切な思い出です」
 明義は、もはや、どうでもよくなって、そんなことを口走ってみた。
「私もよ」
「先生は」 
「子どもたちと実家なの」
 明義が、そう水を向けても、留美子は何もせずに、暫くすると静かに一階に降りて行った。その足取りから、彼女が本当に意気消沈していることが分かった。

 夜中、明義はトイレに立った。
 トイレを出て、明義は廊下を洗面所の方まで進み、和室の襖を少し開け、中を覗いた。
 暗かったが、布団が一つ敷いてあり、留美子が寝ているのが、分かった。
 明義が襖を閉めて去ろうとしたところへ、留美子の声がした。
 「明義くん、どうしたの」「眠れないの」
 明義が後戻りし、和室に入ると、留美子が、布団の左側をめくって、彼を招き入れた。
 布団の中は温かく、知らず知らずのうちに覚えてしまった留美子の匂いがした。
 明義が身震いをすると、風邪をひくよ、と言って留美子が手を回してきた。
 しばらくして、留美子は布団を出て、エアコンのスイッチを入れた。そして、押入れを開け閉めしてから、再び布団に入った。
 布団に戻るとすぐに、彼女は、明義の首、胸、腹、太股と、全身を舌と唇で愛撫していった。
 最後は、硬くなった明義のペニスをひとしきり愛撫した。
 暫くして、明義の上を這うように布団から顔を出した留美子は、すごい汗だった。
「もう、エアコンが効いてきたかしら」
 留美子が布団を剥いで、パジャマを脱ぎ棄てると、仰向けに寝て、膝を立て脚を広げた。
「明義くん、私のも舐めて」
 初めてのことで、何をどうすればいいのか、明義は分からずに戸惑っていると、留美子が、一つ一つ明義に指示を出した。
 明義は留美子に言われたとおりに動いた。
 ぎこちない明義の舌の愛撫で、留美子は一回達した。
 次に、明義の指でいった。
 明義は、留美子が達するたびに、尿のようなものを吹き出すことに驚いた。
「ごめんなさい、布団冷たくなっちゃうかしら」
 そんな独り言を言いながら、留美子は再び、明義の物を愛撫し、コンドームを装着すると、彼の上にまたがり、すぐに招き入れた。
「ああ、いい」「何でこんなにいいのお」
 この夜の明義は、留美子が取り乱せば、乱れるほどに、冷静になっていくのだった。
 明義は、一旦留美子から離れ、今度は後ろから彼女を責めた。
「ああ、明義くん、だめ」「また、いっちゃう、ああ」
 明義は、再び絶頂に達した留美子を、ごろんと仰向けにした。
「明義くん、お願いね」
「はい」
 明義は、聞き返した。
「この事だけは、引っ越しても誰にも話さないでね」「お願いだから」
「話すわけないじゃないですか」
「よかった」「明義くんさえ良ければ、また来てもいいのよ」
 明義は、それには答えなかった。
 最後まで自分の都合だけを優先させる女だ、と明義は思っただけだった。
 そしてこの瞬間、明義の中で何かが弾けるように割れた。
 明義は、留美子に見えないように、挿入直前で、コンドームを外し、彼女の中へ入っていった。
 そして、これ以上ないというくらいに乱暴にピストン運動を繰り返した。
 仮に、それで留美子が壊れてしまってもいい、と思っていた。
 留美子は絶叫しかけて、自ら枕を掴み、それで顔を覆った。
 間もなく、明義は精子を放出したが、その後も暫く動きを止めなかった。
 間もなく留美子は、再びオーガズムに達した。
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