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序章 終わりの始まり
05 ツヴァイの準備運動
しおりを挟む「マスター、足元がお留守ですよぉ」
人懐っこい笑顔の美少女がそう言うと同時に、彼女の肩まであるチョコレート色の髪がふわりと舞い上がり。
「な?」
僕の視界から消えた。
次の瞬間、僕は宙を舞い。
「──ぐっ!」
背中を強かに打ちつけた。
ダメージは軽い。
が、なにが起こったのか理解が追い付かない。
「ツヴァイ、いまのどうやったの?」
僕は床に転がったまま聞いた。
「いまの? 下段の回し蹴りですよぉ」
事もなげにツヴァイが答える。
「じゃあ、消えたように見えたのって……」
「シュバって、しゃがんだからかなぁ?」
なるほど。高速でしゃがみこんだってことか。
僕の分体はハイスペックだ。少なくとも女神はこの分体で凶悪な魔物を鼻歌交じりに次々となぎ倒していた。
パワー、スピード……すべてが近接戦闘特化の脳筋ツヴァイより上のはず。
でも操る僕はポンコツで、分体の性能を引き出せずにいる。
「あのときの状況に似てるかも……」
「あのときって? マスター」
無意識に声に出してしまったらしい。
「いや、何でもないよ。ちょっと休憩しようか」
「はい、マスター」
と、ごまかしつつ。
シャドーをするツヴァイをよそ目に、僕はそのまま床に転がり天井を見つめた。
前世ですごくゲームの好きな友人がいた。名前は……忘れた。
僕もゲームは好きだったけど、ジャンルはRPGがほとんど。
ある日、その友人の家でゾンビを銃で倒すアクションゲームを勧められ、ゲーム的に即死した。僕は救いようがないレベルでアクション系が下手だった。
友人はため息をつきながら。
「これならどうだ?」
と、クリア特典の最強装備一式、弾丸無限状態で一番初めから僕にゲームをさせた。
結果、多少進めたけどやっぱり酷いものだった。
そのあとにハードモードをナイフ一本でプレイする友人を見て、二度とアクションゲームをするものかと心に誓った。
あー懐かし……。
じゃなくて!
技量の差ってすごく大きな要素だと言いたいわけだ。
片や最強装備のド素人、片や最弱装備のエキスパート。僕はゲームでその違いを見せつけられた。
いまの僕は戦闘の経験どころか、体を動かす経験すらほとんどない。ほぼ赤ん坊状態。
対してツヴァイは魔物を与えたら、笑顔でひたすら殺し続ける殺戮マシーン。
それと合わせて知覚の差も大きい。
コア本体の視野は全方位。さらにダンジョン内のあらゆる情報が次々と入ってくる。つまりダンジョンのどこに誰がいるのか常に分かる状態……コア本体とはそれだけ知覚に優れている。
分体──人の知覚は狭すぎる。まるで世界の九割が暗闇に閉ざされたような感覚だ。
でもゲームのように投げ出すわけにはいかない。
ツヴァイと僕でなにが違うのか?
いまは負けていい。とにかくツヴァイの動きをよく見るところから始めてみよう。
「……強いな、ツヴァイは」
「えへへぇ」
シャドーをやめ、ツヴァイは僕の横にしゃがみ込み満面の笑みで僕の顔を覗き込んできた。足の隙間から見えるふわふわの尻尾も盛大に喜びの感情を表している。
「ツヴァイ、もう一回だ」
「はい、マスター」
「──かはっ!」
僕はボコられ続けながら、ツヴァイの動きを観察した。
「まだまだぁ!」
「はい、マスター」
「──ぐぇ!」
スピードで勝る僕の攻撃は避けられ、ツヴァイの前に膝を突く。
軽く汗をと始めた訓練が、次第に熱を帯びていく。
「もう一丁!」
「はい、マスター」
「しまった、そっち──かはぁ!」
少しツヴァイの動きに慣れたと思った矢先、ツヴァイがフェイントなどの小技をいれ始めた。
勉強になる。
僕は自分が強くなったつもりでいた。
まぁ実際、体は強い。いわゆる心技体のうち、体だけを手に入れた。でもそれは、自分の努力で手に入れたものではなく、借り物の強さだ。
それであのドラゴンのくだりとか……まじ、恥ずかしい!
新しい黒歴史だわ。
己の分をわきまえるって大切だ。少し前まで僕はただの臆病なダンジョンコアだったのに。
でもいつか。
心と技を自分で手に入れて、この体を十全に使いこなしてみたい……そんな気持ちもある。
「ふぅ、ちょっと休憩しよっか」
「はい、マスター」
僕は床に腰かけ、ツヴァイもそれに倣う。
「しかしツヴァイは楽しそうに戦うな」
「ツヴァイ、戦うの好きです。マスターと一緒も嬉しいです」
えへへぇと照れ笑い、垂れた両耳を両手で撫でるツヴァイ。
「そっか。僕は戦うのちょっと苦手だな」
「えぇ! 勿体無いです、マスター」
肩を落とし残念そうなツヴァイの言葉は、僕にとって意外なもので。
「勿体無い?」
つい、おうむ返しをすると。
「マスター、すごい速さで強くなってます。だからツヴァイも負けてられない!」
「そっか」
ツヴァイに指一本触れられずボコられ続けた僕は上達の実感がなかった。
いまのもお世辞なのかどうなのかわからない。
それでも、ちょっと嬉しいかも。
「はい、マスター」
ツヴァイの満面の笑みが僕を肯定してくれている、ような気がした。
彼女の尻尾に連動し、いつもは垂れている犬耳がパタパタ動く。
これは頭を撫でて欲しいときに顔を出す癖だ。
僕がふわりと頭に手をのせたとき。
ふと名前の件を思い出した。
「あ、そうだ。ツヴァイ、もし僕に名前を付けるとしたら、なにがいいと思う?」
ツヴァイは驚きの表情で。
「え? マスターから別の名前に変えちゃうんですか?」
「え……?」
僕の名前はマスターじゃないよ、ツヴァイ。千年くらい一緒にいるのになんで知らないの?
「……」
「あー、いや、ごめん。変なこと聞いちゃって。……続き始めよっか」
「はい、マスター」
……まぁ、名前なんかどうでもいいか。
僕は装備完成までの時間をほぼ訓練に当てることにした。
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