暗躍する転生ダンジョンコア

こじお

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序章 終わりの始まり

04 分体と僕の黒歴史

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 装備の完成まで数日かかるとの報告と、守護者たちの勧めもあり。
 僕は分体へ精神を移し、軽く汗を流すことにした。

 女神が使っていたキンピカ装備を収納にしまい、ドライが用意してくれたジャージに袖を通す。
 軽くて吸水性抜群で防御力もけっこうある優れものだ。
 女神から解放されて以来、初めての分体。
 僕は自分で思うほど吹っ切れていないらしく、昔のことを少し思い出していた。

 むかし、むかし、あるところに。
 黙々と穴を掘り、唯一の趣味は出土品を愛でるというお爺さんのようなダンジョンコア──僕がいた。
 三人の守護者もお婆さんのようにそれに付き合い、囲炉裏を囲むように水晶玉っぽいダンジョンコアを囲み、ほのぼのとした雰囲気で日々を過ごしていた。

 そんなある日。
 奇妙な泥人形の一部──頭のパーツが出土した。
 なにが奇妙かと言うと、その泥人形は僕に話かけてきたのだ。

「全部で、六つ……集めたら……なんでも……願いが、叶う……」

 かすれた女の声。

「七つじゃなくて、六つなの?」

 それに反応する僕。

 聞けば彼女は頭、胴体、左腕、右腕、左脚、右脚の六つで構成され。
 中央大陸、北大陸、南大陸、西大陸、東大陸、魔大陸の各大陸にひとつずつ埋まっているという。
 すべてを揃えたとき、達成者の心の奥底に秘めた願いを叶えてくれるらしい。
 僕はすぐに察した。
 泥人形レーダーがないから、完全な無理な奴だって。

「うさん臭いから、コンクリートで固めてもっと深い場所に埋めておきましょう。マスター」

 と、アインスが生ごみを見るような視線を泥人形に向け吐き捨てた。
 もしかしたら彼女は、このときすでに嫌な予感を覚えていたのかもしれない。

「確かにうさん臭いね」

 と僕は同意し。

「この泥人形、なんか生臭い……」

 ツヴァイはその匂いを指摘し。

「私はこれを研究してみたいです。ふふふ……」

 ドライはマッドな科学者のようだった。
 僕は少し悩んだけど、泥人形を集めることにした。

「願い云々という眉唾な話は抜きにして、俄然コレクター魂に火がついちゃったよ」

 というのが表向きの理由。
 そして本音は。
 数百年間、毎日楽しく過ごしていた。
 でも単調だ。
 なんでもいいから、なにか生きる目的らしいものが欲しいと思っていた。そんな矢先に転がり込んできた泥人形。
 単純になにか刺激が欲しかったのだ。

「マスターがそうおっしゃるのでしらた、我々も全力で協力いたします」

 それが結果として僕の黒歴史を生んだわけだ。
 でも長く生きていると、本当になにがどう転ぶかわからない。この忌まわしい黒歴史があるから、世界の危機を知れたのも事実だ。
 その泥人形こそが、封印された女神だったわけだ。

「次は……北、大陸へ……」
「オッケー」

 僕は促されるまま、ダンジョンを北大陸へ伸ばした。泥人形のパーツには、魔素回復量を増やす効果があり、ダンジョン拡張速度は格段に上がった。
 アインスの慎重論に耳を貸さず、ゲーム感覚でコレクションを集めることに執着した。
 いま思えば、たぶんこの時点で僕の心は少しずつ女神に侵食されていたのだろう。

「この深度で……このままの、方角へ……進むと……胴体が、ある」
「あいよ」

 泥人形のレーダー的機能は正確で、パーツは僕の想像より簡単に見つかった。
 パーツがひとつ増えふたつ増えるたび、僕の魔素回復量がどんどん増加した。
 でも人形の様子に変化はない。相変わらず声はかすれ、たどたどしく話す。
 それが演技だと知ったのは四つ目のパーツが手に入ったとき。

『いままでご苦労。名もなきダンジョンコアよ』

 僕の頭に声が響いた。

『女神であるこの私が、鉱物生命体ごとき魔物の体を使ってやるのだ。光栄に思え』

 邪悪に嗤い僕の中を覗き込む泥人形。
 そして僕の体は完全に女神の手中に落ちた。

 僕は心か精神みたいなものが消されれると身構えた。
 けど予想に反して、僕には意識があった。見ることも聞くことできる。ただそれ以外の体の自由はない。

「分体。こんな機能がダンジョンコアにあるとはね。いいじゃないこれ。なぜ使わないの? 勿体ない」

 僕は小声でひとり呟いた。
 もちろん僕の意思ではなく、女神の意思だ。
 たぶん僕に話しかけているのだろう。でも僕に返事はできない。

「いかが、なさいました? マスター」

 アインスが怪訝そうに問うが。
 女神は歯牙にもかけず、僕の中にあるなにかから、分体について読み解いていく。
 泥人形の喜々とした表情が女神の感情を如実に表していた。

 スキル【分体作成】は、外界で最も多い知的生命体──オルワルドでは人間──を魔素から作り出す能力だ。作った器に精神を移し活動もできる。
 そして分体はダンジョンに生まれた者が外へ出唯一の方法でもある。
 つまり守護者やダンジョン産の魔物は外へ出られないのだ。

 以前、試しに分体を作ってはみた。
 だけどダンジョン内では圧倒的にコア本体を使う方が便利だ。引きこもりには不要と判断し、ドライの作った装備品を飾るマネキンと化していた。

 女神はさっそく精神をその分体へ移すと。 

「貧弱な……」

 そう吐き捨て、ひとりダンジョンを出た。

「ふーん。装備はまぁまぁね」

 ドライの力作だ。
 宝箱が不要な──ダンジョンの宝箱とは本来、外敵をおびき寄せる餌の役割を果たす。僕の入口すらないダンジョンには宝箱を置く意味がない──ダンジョンで、彼女は腐らず守護者や僕の分体用に試行錯誤を繰り返した結晶がその装備品である。
 出来が悪いはずがない。

 初期状態の分体と装備にはいつの間にか【女神の加護】という新しいスキルが発現し、恐ろしいスピードで分体は成長し始めた。

「アハハハハハハ。私の糧となれ!」

 女神の叫び声。
 それともこれは僕の叫び声?
 醜く歪む表情筋が、いま醜く嗤っていると教えてくれる。
 これは女神の表情か、それとも僕の表情なのか。
 体より大きな剣を楽々と振り回す華麗な剣技。使い捨ての体だと言わんばかりの防御無視の体さばき。
 恐怖と痛み。
 臓物の香りと鉄の味、僕の体は赤く染まり次第にそんな生活に慣れていた。


「……ター。ねぇ、マスターってば。準備運動の用意できましたよぉ」

 ツヴァイの声が僕を現実に引き戻す。

「マスターなんだか怖い顔してたけど……女神のこと思い出してた?」

 ツヴァイが不安そうに僕の顔を覗き込んできた。

「うん。ちょっとね……。次、あいつを見たら一発ぶん殴ってやろうって……ね」
「ツヴァイも殴る!」

 そう言って、拳を握るツヴァイは目を輝かせ、フンスと鼻息を荒くしていた。
 僕は思わずツヴァイの垂れた犬耳をおもいっきり撫で回したら、僕もツヴァイも自然といつも通りに笑っていた。
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