植物使い

水無月

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怒らせた

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 目をバッテンにしている紗無を折り畳んだハンカチの上に寝かせていると、両脇の後ろからするりと腕が伸びてきた。

「っ、詩蓮?」

 首だけで振り向くと、背中に詩蓮がくっついている。この角度からでは金の髪しか見えず、表情が分からない。もしや怒っているのだろうか。早く助けてやれなかったことを。
 というか、着替えていたんじゃないのか? もう着替え終えたのか?
 考えながらも情けなく固まっていると、焦れたのか少年の手が腹を撫でてくる。

「お、おい。どうした? 言いたいことがあるなら言え」

 ちょっとだけくすぐったいので細い手首をやんわりと握る。巻きつかれた跡が残っているためか、強く握れなかった。
 詩蓮は赤い顔を見られたくなくて、より一層、背中に頬を押しつける。

「熱が……残ってるんだ。なんとかして……」

 蚊の鳴くような声。しかしその内容に成人男性は殴られたように呻いた。

「し、詩蓮! あのな……」
「植物共に散々好き勝手された挙句、急にお終いってされたんだぞ……? うずきが、おさまらない」

 熱の籠った吐息が聞こえる。握った細い手首は熱く、誘っているかのようである。それに反応してか、なんと晶利の化石のような身体が熱を帯び始めた。とっくに枯れたものだと思っていたのに。
 晶利の岩盤級の理性に亀裂が走る。

「ま、ままま待て、詩蓮。隣に俺の部屋があるから、そこでひとりでしてこい。……やったことある、よな?」
「あるけど……」

 十代の性欲を舐めないでほしい。
 でもいまは、

「晶利が、してくれないのか……?」
「おま、お前。前回もそう言って、正気に戻ったら死ぬほど恥ずかしがっていたじゃないか。またあんな思いするぞ?」

 腕を回したまま、詩蓮が正面に回ってくる。ズボンを履いておらず、ぶかぶかなアオザイ一枚だけだ。ワンピースのようで可愛い……じゃなくて、まてやめろ落ち着け。

「晶利は、私のこと嫌い?」

 強気な瞳が、今は困り果てたように見上げてくる。上目遣い! こいつ、自分の造形の良さを理解している……っ!
 晶利は平静を装い、心の中でしっかり素数を数える。

(3,14159265……)
「晶利? 触ってよ」
「そういうことを言うな! 早く部屋に行ってきなさい。服も着ろ!」
「……なんで、怒鳴るの?」
「すまん……」

 素直に謝ってしまう。子ども相手に怒鳴ってしまった。触れるか触れないかのやさしさで抱きしめる。それが少年には不評だった。

「もっと強く抱いて」
「お前。外で絶っ対にそんなこと言うなよ」

 要望通りきつめに抱きしめると、「そういう意味じゃないんだけど……」と不満そうな、でも幸せそうな吐息を漏らす。
 晶利はそのままカニ歩きし、少年を部屋へと引きずっていく。
 自分の部屋に入り、書物が散乱するベッドへ少年を座らせた。「素足の少年がベッドに座っている」という絵面の破壊力が凄まじく、性欲の前に気絶しかけた。

「くっ……」
「晶利。早く。……もう我慢できない」
「ぐううっ!」

 身体が疼くのか太ももを擦り合わせ、赤くなった顔でねだるように見つめてくる。乳首はピンと尖り、おいしそうな桃色に染まっているのだろうと予想できる。

(いや、おいしそうってなんだ!)

 血が出るほど口内の肉を噛む。大人の葛藤に気づかず、少年は背を向ける晶利の服をちょんと掴む。

「晶利。早く。一人でしろっていうのか?」
「してくれ! 一人で。一時間ほど出かけているから!」
「こっち向いて……。縛られてた手足が痛くて、一人じゃできないんだよ……晶利」
「――~~ッッッ」

 きつく目を瞑り、振り返る。頼りない肩に手を置くと、シーツに押し付けのしかかった。
 汗をにじませ、詩蓮は期待と不安が混ぜこぜになった表情をする。

「し……晶利」
「いい加減にしろ。俺が殺される(黒槌に)」
「………ヘタレ」

 ブチッ。
 すうっと晶利から表情が抜け落ちる。部屋の温度が下がった気がする。思ったより真顔が怖く、怒らせたかなと不安になった。

「あ、あ。怒った?」
「…………」
「な、なんか言えって……ひうっ?」

 突然、ビクッと背中がのけ反った。見ると、大きな手のひらが横腹に添えられていた。あの指にくすぐられたんだと知る。

「そうか。すまんな、ヘタレで。煽ったのだから、覚悟はできているんだろうな?」
「……え。あ」

 もしかして地雷を踏んだのか。優しいので、何を言っても怒らないと思っていたのだが。茶色の瞳の奥に金の光が見える。うん。怒っているなこれは。
 晶利の指がばらばらに動き出す。

「あんっ! ……あはははははっ。だめ、しょう、あっ、だめあああああ」
「…………」
「なんっやめ、くすぐったい、あああっンッああん」

 自分の意志でないのに身体がくねる。それほど弱い箇所を責められ、両手で覆いかぶさる男を突き飛ばそうとする。だがそれは簡単に阻止された。頭上で束ねられ、こちらは腕二本なのに晶利の腕一本を振り払えない。同じ男とはいえ、子どもと大人の明確な差があった。

「……っ」

 力強さにドキンと胸が鳴る。どこにときめいているんだと自分でも不思議だが、晶利に身体を触られているというのは、全然嫌ではなかった。
 むしろもっと――

「はあっ、はあああっ! あんっ、あああ、ひやぁあ!」

 くすぐったさに甘い刺激が加わる。きちんと爪を切っている晶利の指は、詩蓮の素肌を滑らかに引っ掻く。痛くはない。ひたすらくすぐったくて、気持ちが良い。

「はん! はあんっ、あん、あっあ、ちょ……ひゃああ! ンンッ」
「……」

 ただし、一言も発しなくなった晶利の瞳はとても怖い。物を見るような目だ。
 ぞくぞくっとした。悪寒ではない。胸を締めつける痺れ。
 人差し指でくるくると円を描いたと思えば、五指でかき回される。
 酸素を求めて詩蓮は喘ぐ。

「はあっはあっ……んうっ、はん、やめ、きゅうけ……させ」

 晶利の左手が蜘蛛のように動き、肋骨の上まで移動する。

「やだ! やだああぁ……」

 そこじゃない。もっと触って。胸を触って! 下半身も、熱いよ。熱くてたまらない。
 欲しいところを触ってもらえず、熱は内側に溜まっていく。
 焦らされているようで、辛い。でも、気持ちいい……っ。
 ばたばたと両足が空を蹴る。

「ああっ、晶利……っ。ほんとうにっ、こきゅうが……っヒン!」

 口の端から唾液がこぼれる。
 こっちも触ってほしいと言うように、詩蓮のソレが反り上がり服を内側から押し上げる。
 それを見て、晶利はようやく手を止めた。

「……はっ……ッ……っあ……っん」

 薄い胸が上下し、酸素を必死に確保する。
 ベッドにはぐったりと、汗を浮かべる少年が横たわっている。
 晶利はちょっと自分を殴りたくなったが、大きく息を吐き、前髪をかき上げた。

「俺はお前を大事に思っている。だからここまでだ」

 と言いながら、顔が近づいてくる。もしや口づけされるのかとぎゅっと目を閉じるが、晶利の唇は額に触れた。

「あっ……」
「俺は紗無の様子を見てくる」
「この状態で放置するのか? 手が動かせないって……」
「いやさっきくすぐったとき、結構な力が出てたぞ?」

 涙で滲んだ瞳でむすっと睨むと、詩蓮は散らばる書物に構わずベッドの中に潜り込んだ。

「晶利の馬鹿っ! 散々焦らされた挙句放置プレイされたって、黒槌様に言いつけてやるっ!」
「やめろっ俺が死んでもいいのか!」
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