邪神さまのペット

水無月

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プロローグ



「……朝、か」

 俺は運が悪いようだ。眠りながら死ぬことはできなかった。もぞりと上体を起こせば、空が白んでいる。まだ眠っている人の寝息がそこかしこから聞こえて、知らず知らずに息を吐く。

 冷え切りろくに動かせない指で敷物を丸めて、紐で縛って背中に背負う。
 起こさないように踏まないように。人を跨いで水を飲みに行く。

 強風は止んだようだった。空に雲は一つとない。

 早起きしたものが優先的に、朝露を舐めることが出来る。葉っぱに付着した細かな水滴を、がさついた唇でちゅっと吸い取っていく。腹を壊す可能性が低い水分補給などこれしかない。
 葉にキスしているとざわめきが風に乗って届いた。

「――」
「――って……ぜ」

 人間狩りが始まった、ようではなさそうだ。
 どこか明るい声に不審に思い、物陰からちらりと覗く。
 貴族のような衣服に身を包んだモンスターや獣人たちが列をなす人間に小包を渡している。

(ああ。餌やり、か)

 人間が一定以上減らないように、餌やり当番が物資や食料を配給する日がある。不定期で配られる飯の量もそいつらの気分次第だが、受けとらない選択肢はない。
 俺もふらふらと列の最後尾に並んだ。

『はい。飯と水。あっちでカイロも受け取ってね』
「……ありがとう、っございます」

 久しぶりに声を出したせいか、酷い音だった。しかしモンスターは肩を竦めただけで何も言わない。これが面倒な奴だと「お前らには勿体ない食料だ。私たちに感謝をして有難く食うように~」など、一人一人に長ったらしいセリフを吐く暇な奴もいる。飯がもらえるのは嬉しいけれど時間が倍近くかかるし、寒さで死にそうになってくる。中には貧血で倒れた人間もいた。
 歩きながら包みの中身を確認する。

 固形食糧と水の入った小さなカプセル。それと木の実がいくつか。助かる。少量でも食べるのと食べないとでは違いがある……と思いたい。
 カイロの列に並ぶが、俺の数人手前で終了してしまった。

「え、うそ」
「終わり⁉」

 絶望に嘆く者を尻目に、俺はさっとその場から離れる。一回使い切りの、炎の小粒魔石が封入されたカイロが手に入らなかったのは惜しいが、絶望する元気もない。

『……あいつ』
『ですね……』

 背後でモンスターたちの声がする。ふと振り返ると、嘆いている人間たちを追い払いながら、役人が二人歩いてきた。
 端に寄って道を開けるも、どうやら俺に用があるらしい。角を持つモンスター二体が俺を挟むように立つ。

『こいつでいいか?』
『他にいませんし』
「あの……?」

 困惑しているとモンスターの一体が俺の腕を掴んだ。
 驚くよりも早く罪人のように背中で一纏めにされる。慣れた動きだった。強引に腕を動かされ、冷え切り解してもいない筋肉が悲鳴を上げる。

「痛っ……!」

 抵抗すれば命はないが、これは何事だ。
 周囲にいた人間が真っ青な顔で後退っていく。見せしめの処刑かと思ったようだ。俺だって逃げたかったがもう一体が、紐を解いた。

「え?」

 敷物が落ちる音を聞くと、服を包装紙のように裂かれる。
 脳内が「?」で埋め尽くされ、冷気によってどっと体温が奪われた。

「な、なん、だよ! なんですか⁉」

 声を荒げるもモンスターは聞こえていないかのようだ。左の二の腕を掴むと眺めてくる。

『ふむ。ペットショップの焼き印はないな』

 顎を掴まれ、顔を上げられた。

『首輪もしてないし、脱走家畜でもないだろ。てことは、戦争時代からの生き残りか』
「……?」

 言っていることは理解できたが、こいつらが何をしたいのかが理解できない。そして寒い。
 震えているとようやく手を放してくれた。ホッとする間もなく「なんなんだ」と見つめていると、役人が脱いだ上着を俺の肩にかける。

「え?」

 あたたかい。
 凍った脳みそを働かそうとして意図を組み取ろうとしたが、その前に担ぎ上げられた。

「ええっ! 何、何⁉」

 高い。高いって。
 いきなりだったため、食料の入った包みを落としてしまう。手を伸ばすが届くわけもなく。
 喚いていると尻を叩かれた。軽くだったが、恐怖で息が止まりかける。

『静かにしていろ』
「……っ」

 そのまま物資を運んできた馬車に乗せられ、扉を閉められた。
 訳が分からぬまま呆然としているうちに、馬車が動き出す。窓の外では配給で集まった人間たちが俺を見ていた。中には何度か喋った人間たちもいて、死者を見送るような顔色だった。

 次第に遠ざかり、彼らは見えなくなっていく。

(え、何? 俺は死んだの?)

 冷や汗を流す俺の上空で、空は憎いほど青く、澄み切っていた。
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