邪神さまのペット

水無月

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邪神さま

 
 到着したお城の廊下を歩いている。手錠をされたまま。役人に左右を挟まれた状態で。

「あの……。ここは? 俺は、どうなるんですか?」

 勇気を振り絞って、だが恐る恐る声をかけてみた。獣人だったら問答無用で殴り飛ばされているだろうが、モンスターたちはそこまで過激ではない(個体にもよるが)。もしかしたら答えてくれるのでは、と。
 現に、モンスターの役人は怒り出したりしなかった。つまらなさそうに瞳を向けてくる。

「この城の御方が、黒い毛並みのペットをご所望なのです」

 言いながら俺の、緑がかった髪を掬ってくる。べたついているのでさらりと流れはしないが。一応黒髪に分類されるだろう。

「そ、そうですか……」

 顔を伏せると、モンスターたちは俺に興味をなくしたようだった。
 大きな扉の前で止まると、役人がノックをする。



『入りなさい』

 中から聞こえた声は静かで――雷が落ちたように臓腑にまで響いた。役人たちまで背筋が伸び、俺は恐怖から腰が抜けてしまう。

「……ひぃ」

 一体が仕方なさそうに尻餅をついた俺を抱え上げると、勝手に開いた扉を潜って足を踏み入れる。

「失礼します」
「黒い毛並みの生き物です。お確かめください」

 ペット用クッションに俺を置くと、役人は臣下のようにかしこまった。

『ご苦労様』

 部屋の主はゆるりと振り返り、手にしていた本を閉じた。
 モンスターか獣人を想像していた俺は、目を瞠って固まる。

 これは! モンスターでも獣人でもない。
 大きい。
 役人たちよりを見下ろすほどに。

 青が混じった真珠色の髪は貝殻のように波打ち、様々な宝石で飾り付けされている。漆黒のローブで覆われた身体は顔以外肌が見えず、その顔も目や鼻はなく黒で塗り潰され、闇が渦巻いていた。
 ヒトの形に似ているだけで、まったく別の物体。生物であるかどうかも疑わしい。
 頭部から髪をかき分け角が突き出ているが、実体はないのか影のようにぼやけている。

 本を置くと、こちらに歩いてきた。ゴーストウォークのように足音も歩く所作も感じられないので、徐々に巨大化してくるように映る。

(え、ちょ、え?)

 心の準備など出来ていない俺は得体のしれないモノに近寄られ、呼吸すら忘れてしまう。顔の渦巻きを見ているだけで目眩がして、天地が定かではなくなった。

「……ひ、ぐ」

 倒れたことにも気づかなかった。役人に持ち上げられ、ソファーに置かれる。

『ありがとう。下がっていいよ』

 手を振ると役人たちは一礼して退室していく。俺も一緒に出て行きたかったが、手足の感覚がなく、意識も曖昧だ。
 手足を投げ出してぼうっとしている俺の視界にローブが映り込む。

『うわ~。思っていたよりちいこいね。間違って踏み潰しそう。それに、なんだか空っぽだ』

 怖くて顔があげられない。別世界のような豪奢な室内なだけあり、現実味がまったくなかった。夢なんだと現実から逃避したくて。脳の回転が緩やかになる。
 得体のしれないヒト型は困ったように頬を掻く。仕草は意外にも、人間のようだった。

『そうだ』

 何か思いついたのか、漆黒のローブが生き物のように波打つ。

『こっち見て』

 はっと目が覚めたようにヒト型を見上げた――目線をゆっくり下げる。

 異形は一瞬にして、人間の子どもくらいの背丈にまで縮んでいたのだ。

 雲のようにふわふわしてそうな青真珠の髪は短く、ローブもシャツとズボンに変化していた。サスペンダー付きのズボンから伸びる素足はもっちりと、靴下が食い込んでいる。なにより、目と鼻と口という顔のパーツが有り、愛くるしい顔貌をしていた。

 主張しない黒い角と瞳の奥に鍵穴に似た光が浮かんでいなければ、身なりの良いただの男の子に思える。
 目の前の光景についていけず、俺は口をぱかっと開けたまま放心した。

『……?』

 男の子は小鳥のように首を傾げると、棚の中から丸い缶を持ってくる。鮮やかな絵画が描かれ宝石まではめ込んである缶を開けると、クッキーが詰まっていた。
 半ズボンのお子様はそれを一枚手に取り、手紙を投函するようにそっと俺の口に押し込んだ。

「……あ、が?」
『んふふ。お腹空いてるの? お口開けて待つなんて、かわいいね』

 猫のように目を細めて、にこーっと笑みを広げる。なんというか愛想の良い美少年だった。目眩がするほどの本性を見ていなければ、素直にお礼を言って頭を撫でていたと思う。
 化け物から与えられた食べ物など吐き出すべきだろうが、歯が勝手に噛み砕いていた。あまりに懐かしい小麦とバターの香り。何より砂糖をふんだんに使用した甘い味。ほんのり混じっている塩がいいアクセントになって甘みをより引き出している。我慢できなかった。子どもの頃に、親が無理をして食べさせてくれた最後のおやつ。

「……」

 視界が潤み、膝の上に生温い雫が落ちる。

『あれー? お口に合わなかった?』

 サファイアの瞳が覗き込んでくる。俺は返事もできずに、ただふるふると首を横に振る。無視をして、機嫌を損ねられたら危険だ。
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