邪神さまのペット

水無月

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邪神さまの優しさ

「あ……」

 では自分は捨てられる、わけだ。できれば殺さずに、元居た場所に戻してほしいと思うのは贅沢か。
 湯に浮かぶ美しい花を見つめていると、邪神さまが近寄ってくる。

「邪神さま?」
『顔が見えないねー』

 長く伸ばした髪が顔を隠していた。気に入らないのか少年の手が髪を一纏めにすると、根元にお箸のような棒を指し込んだ。それだけで、お団子にされた髪が解けなくなる。

「え、すごい」
『お風呂に入る際には、髪の毛はこうするんだよ?』

 つんつんと頬をつついてくる。
 俺を捨てるわけではないのだろうか。

「よろしければ……やり方を、教えて、もらえませんか?」
『えー、なにそれ。覚えようとしてるのかわいい……』

 にやっと美少年が笑っている。

『いいよ。暇なときにね』
「ありがとうございます。邪神さま。でも、黒髪でないのに、いいのですか?」

 俺にとっては命に関わる質問なのだが、くああっと欠伸をされている。眠いのだろうか。

『もう出ようか。眠いや……。一緒に寝ようね? ドールちゃん』
「はい」

 従順にしておく。
 脱衣所は無かった気がするがどこで身体を拭くのだろうと思いつつ、邪神さまのあとについて浴室を出る。
 邪神さまが扉を開けると空間が歪み、初めに入った部屋が脱衣所に姿を変えた。

「……?」

 神の御業というやつか。これから、こういうことを気軽に目撃するのだろう。
 深く考えるのをやめ、脱衣所に入る。

『見て見てー。僕が用意したペット服。これを着てね』

 置いてあった服を手に取ると楽しそうにくるくると回り出す。タオルで身体を拭きながら、俺は邪神ダンスを眺めた。これ、初めに本性を見ていなければ、俺は舐め腐った態度を取っていたかもしれない。

 どんな奴隷衣装かと恐れたが、ズボンと裾の長い服。……普通、だった。

「はい。着ます」

 受け取るとかなり大きい。袖を通すとだぼだぼで。でもズボンのサイズはぴったりなので、こういうゆったりした服なのだろう。

『似合うよ。ドールちゃん』
「ありがとうございます。邪神さま。衣服までいただけて……嬉しいです。お礼に俺が――」

 びしょ濡れの邪神さまを拭こうかと新しいタオルを広げると同時、邪神さまはその場でくるりと一回転。髪は乾き、元のシャツ半ズボン姿になった。

『……』

 しかし邪神さまはぽかんとした顔で俺を見上げてくる。俺と、俺の手にしたタオルを。
 もしや無礼だったかとタオルを背に隠すも、邪神さまは何故か……走って浴室に入っていく。

「邪神さまっ?」

 追いかけようとしたが、足が滑って転びかけた。

(おあっぶね!)

 びっくりしすぎて心臓が痛い。
 ドキドキを宥めている間に、邪神さまは猫足バスタブに頭から飛び込んだ。

「ええええっ⁉」

 愕然と見ていると、ずぶ濡れの邪神さまが歩いて戻ってくる。ぽた、ぽたっとお湯を零しながら。俺の年収が吹き飛ぶシャツも水を吸い、髪や肩や花びらがついちゃっている。

『あーあ。お風呂入ったから濡れちゃったなー』

 なんか棒読みで言いながら。
 ちらちらと俺の手元を見てくる。

 ……あ、もしかして俺の気遣いを無駄にしないようわざわざ濡れてくれたの? 邪神さまが? 神が? 上位存在なのだから、無視すればいいのに。

 しかし邪神さまが気を遣ってくださったのだ。この気遣いを無駄にしてなるものか。

 適当なスツールに腰掛けると、美少年が膝の上に乗っかってきた。密着しすぎてやりづらいが、構わず俺は邪神さまの、真っすぐになってしまった髪をやさしくタオルで撫でていく。わしゃわしゃと拭く勇気がなかったので丁寧に。

 邪神さまはどんなお顔をされていたのだろう。
 俺からでは見えなかった。
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