邪神さまのペット

水無月

文字の大きさ
7 / 74

邪神さまとサンドイッチ

「邪神さまはどうして地上に?」

 神とは天界にいるものではないのか?
 朝食の時間も終わる頃、気になった俺は問いかけてみることにした。
 ……膝に乗っかっている邪神さまに。








 ご飯食べよ~、とワゴンを押してきた美少年。総菜サンドイッチや果物が挟まれたデザートイッチまで。パーティのようにずらりと並ぶ。皿が。床に。
 こんなに大量の食事を目にしたのは初めてだ。口が開いてしまう。
 床に座っている俺を座椅子代わりにすると、邪神さまは指差すだけ。

『あのイチゴのやつがいい~』
「えっと」

 取れってこと? 
 失礼して前のめりになり、赤い実が挟んであるパンを手に取る。

「どうぞ……?」
『あーん』

 お口を開けてじっとしている。
 食べさせろと?

 小さなお口に近づけると、白いパンをはむっと齧った。細長いお菓子でも食べているような速度ではむはむと口に吸い込まれていく。

(おもしろ……)
『スカイメロン取ってー』
「はい」
『次、パイナップリュ』
「んふ。はぁい」

 邪神さまに食べさせるだけの簡単なお仕事です。

『白いクリームの取ってー』
「邪神さま。お野菜も食べないと」

 我ながら命知らずなことを言ったと思う。顔だけ振り返った邪神さまは「ガーン」の表情だった。

『ドールちゃんまでそんなこと言う』

 やだやだ甘やかして、と言わんばかりに俺に抱きつき、額を擦り付けてくる。
 ドールちゃん「まで」ということは、他にも言われたのだろうか。邪神さまに? 誰が? 俺のような命知らずが他にもいるのか。

 これ以上は命に関わると思い、クリーム入りに手を伸ばす。

「どうぞ」
『わあぁっ。ドールちゃんは優しいんだね』

 目を子どものように輝かせ、はむはむと吸い込んでいく。この小さなお口によく入るなと思う。

『ドールちゃんは、どれがいいー?』
「え?」

 俺にもくれるのか?
 てっきり「自動、口に運ぶ機械」に徹しろとばかり……

「ハムと、チーズのものを。良ければ」
『あ、野菜を選ばないってことはー? もしかしてドールちゃんも?』

 仲間を見つけた顔で、悪い笑顔を披露なさる。
 困り眉でニシシッと白い歯を見せて、身体を小刻みに揺らして笑う。なんだか弟ができたような錯覚が。いや油断するな俺。気を引き締めろ死ぬぞ。それと俺の弟にしては顔の造形が良すぎる。

「いえ、その。……虫や雑草は食べ飽きたといいますか……。身体が肉や乳製品を欲しているといいますか」
『ドールちゃん草食べてたの? 人間が食べたらお腹壊しちゃう草を多く配置したから、やめなー?』

 草を配置。なんだろう、この創造神しか吐かないようなセリフは。貴方はモンスターの創造神なのに、もしや他の生き物も担当しているのか。

 謎だ。

「は、はい」
『ハムとチーズ。これだ。はい、あーん』

 俺の膝で俺以上にくつろぎながら、サンドイッチを差し出してくる。受け取ろうと手を差し出すも、サファイアの瞳はまったく手を見てこない。

「あ、あーん」

 仕方なく口を開けるとやわらかなパンが押し込まれた。

「ふがっ」
『おいしい? おいしい?』

 食べさせるとすぐに感想を聞いてくるタイプかな?
 久しぶりにまともな食事。だが感想を訊かれていて、「早く答えなければ」と焦る俺は味わう暇もなく咀嚼した。口内が見えないように手で隠す。

「おっ、おいひいへふ」
『かわいいー。次はどれがいい?』

 待って下さい。人間はダイ〇ンみたいに次々いけないんです。バターと塩気が利いていて、ハムチーズの相性が抜群、とかもっと感想を言わせてください。ひっさびさのまとも飯なんです!

 でも待たせるのは無礼だと感じて、適当にチキンサンドを指差す。

「ふごっごごごご」
『鶏肉好きなの?』

 なんで分かったんですか邪神さま。心読めますか?

『はい。あーんしてね』
「もがっ! ががががが」

 ぐいぐいと詰め込まれる。
 サンドイッチを三つほど口に押し込まれたところでひっくり返った。

 死んでると扉が開く。

「邪神さま。お飲み物をお持ちしました」

 沢山の瓶詰ドリンクや果実を乗せたワゴンを押し、メイドさんが入室してくる。親しい間柄なのか、邪神さまは「はやくー」と手を振っていた。

『僕のドールちゃんが動かなくなっちゃったんだよー! きっと喉に詰まったんだ。ジュースジュース!』
「お、落ち着いてください。ドールちゃんってなんですか?」

 ふっと、俺とメイドさんの目が合う。「人間だ!」とメイドさんは叫んでいた。
 頭痛そうに額を押さえる。

「また勝手に拾ってきて……」
『あーん。どうしようー。僕のわんちゃんがぁ』

 邪神さまには俺が犬に見えていたのか。メイドさんのスカートに縋りついてわんわん泣いている。……あんなに悲しんでくれるなんて。俺のことで泣いてくれたのは親を除けば、邪神さまが初めてだったかもしれない。
 スカートに邪神さまをくっつけたまま俺の近くに寄ると、詰まっていたパンを引っこ抜いてくれた。

 ありがとうございます。この恩は忘れません。

「はあ……川の向こうでじーちゃんが手を振ってた」

「人間風情が入り込むなど」

 特大の舌打ちが聞こえた。

 思わず固まってしまったが脳内では爆速で、嫌われていることは理解する。
 頭は下げておく。

「ありがとうございます」
「邪神さま。もう大丈夫そうですよ」

 スルーされたが、飼い主は飛びついてきた。

『ドールちゃん。死んじゃ駄目ぇ~。死んだらねぇ? サンダリン(冥府の神)の物になっちゃうんだよー? あいつ独占欲強くて取り返すの面倒なんだから。死んじゃいけません。ドールちゃんは、僕の物なんだからね?』

 俺の服を握りしめ、潤んだ瞳を近づけてくる。

「はい。(あなたに殺されかけたんですけど)申し訳ありません。そう言っていただけて、嬉しいです」
『むふっ。聞いた聞いた~? ドールちゃんは、僕に懐いてるんだよ?』
「良かったですね」

 メイドさんに自慢する邪神さま。無邪気だ。
 (目が笑ってない)メイドさんはクソどうでも良さそうに頷き、カップを用意する。

「ホットですか? アイスですか?」
『オレンジジュース! アイスで』

 メイドさんは俺にも笑みを向けてくれた。

「そこの、クソ人間様はどうなさいますか?」
「え、あ。俺も同じものを。ホットで」
「気安く話しかけるな」
「……」

 どうしろと?

 オドオドしながら見守っていると、きちんと二人分を用意してくれた。一つは湯気が立っている。

『ドールちゃんはオレンジをホットで飲むの?』

 変わってる~と言いたげにグラスを両手で持つ邪神さま。寒かったんで、ホット以外口にしたくない気分ですね。

「アイスだとお腹冷えますから。邪神さまは、冷えませんか?」
『ドールちゃんとくっついてるから平気~』

 俺を背もたれにして、両足をバタつかせている。正座しているメイドさんは静かに控えつつ、チンピラのような形相で睨んでくる。俺、何かしたかなぁ……。

 口にしたオレンジホットはまろやかで甘い。ちっとも酸っぱくなくて飲みやすい。

「おいしい……」
「貴様には勿体ないな」

 爽やかな笑顔のメイドさんが毒を吐いてくる。

「初めまして。俺は……ドールと申します。あなたは?」
「っ」

 挨拶されると思っていなかったのか、メイドさんの肩が大袈裟なほど揺れた。邪神さまははむはむしつつ、目だけ俺たちに向けている。
 邪神さまの手前。シカトできなかったようで、そっと胸に手を当てた。

「下等種族がぁ……。私は、ナメンソン。よろしくしなくていいですよ」

 ガックガク震えておられる。すごい。こんなに引き攣った笑みは見たことがない。

「よろしくお願いします」

 俺がぺこっと頭を下げるとワゴンを押して、「失礼します!」と去っていく。
 しばし見送ったのち、止まることなくパンを食い続けている美少年に目を落とす。

「『彼』は……? モンスター、ですか? 獣人ではないですよね」
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛されたいだけなのに

まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。 気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。 しかしまた殺される。 何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

イケメンな先輩に猫のようだと可愛がられています。

ゆう
BL
八代秋(10月12日) 高校一年生 15歳 美術部 真面目な方 感情が乏しい 普通 独特な絵 短い癖っ毛の黒髪に黒目 七星礼矢(1月1日) 高校三年生 17歳 帰宅部 チャラい イケメン 広く浅く 主人公に対してストーカー気質 サラサラの黒髪に黒目

仏頂面の上司OFFが可愛すぎる件

子ネコの親子
BL
社会人5年目の俺は今日も部下と上司に板挟みされている。 唯一の楽しみはお昼休憩の行きつけのカフェ。 その日は運悪く相席を頼まれて、時間がないので仕方なく座った席にいたのは、休みのはずの苦手な上司で……。 ジャンルはBLですが、ただただ、主人公が上司の新たな一面を見て胸をときめかしているだけの話。 主な人物 主人公……椎名(一人称) 上司………橘(仏頂面の上司) 新人………新人(確認が苦手な新人) 店員さん…橘の妹 行きつけのカフェのオーナー……桂木(橘の幼馴染)

拗らせ問題児は癒しの君を独占したい

結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。 一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。 補習課題のペアとして出会った二人。 セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。 身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。 期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。 これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

可愛いは有罪

零壱
BL
───「可愛い」とは理性を狂わせる「罪」である。 美貌・頭脳・魔法に剣の腕前まで完璧な公爵子息リオハルト・ユーグリウスには、ただ一つ、致命的な欠点があった。 それは─── “かわいげ”がないこと。 鉄面皮、超合金と揶揄されるほど動かぬ表情筋。 圧倒的合理主義からくる感情の伝わらない言動。 完璧すぎて、人間味が壊滅的だった。 父侯爵にも匙を投げられたリオハルトは、己を変えようと一念発起。 学園の中庭で“可愛いとは何か?”を観察し続けること、一カ月。 数多の生徒の中でただ一人、リオハルトが“可愛い”と刮目したのは───騎士科の平民、ジーク。 弟子入りを申し出たその日から、ジークの前でだけリオハルトの完璧な理性が音を立てて崩れていく。 理性で“かわいげ”を解明しようとしては惨敗するポンコツ貴族(受)と、不屈の忍耐でそれを受け止める平民(攻)。 クスッと笑えて、気づけば胸を撃ち抜かれている。 理性崩壊系・文学ラブコメ、堂々開幕。 ※他サイトにもタイトル話、二話目、三話目のみ再掲。 ※二年前の作品です。改稿しようとして断念しました。