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邪神さまのくれた首輪
「いえいえ。大丈夫です」
『んー……。ドールちゃん。おいち』
んぺんぺと舐めるのを再開される。ちょっと怖いこと言わないでくださいよ。
「邪神さま。俺を舐めてないで。ちょこサンドが寂しそうにしてますよ」
美少年に舐められ、落ち着かなくなってきたのでちょこサンドなるものを邪神さまに近づける。
お。甘いにおいがする。ちょこって、お菓子の類なのか?
『え? サンドイッチって寂しがるの? 知らなかった。ごめんね?』
パンに謝って、なでなでしておられる。……純粋、だな。まだサンタさんを信じているくらいの年齢の純粋さを感じる。邪神という肩書きが嘘のようだ。
『ちゃんと食べてあげるね?』
お口を開けてスタンバイ。俺が食べさせるんですねはい。
そろそろとお口に入れると、氷が割れるような音がした。あの茶色いの、固いのかな?
『あま~い』
ほくほく笑顔だ。座椅子兼俺はほっと息を吐き出した。そろそろ足が痺れてきたが、言うべきなのか。
「失礼します」
『にゃ?』
細い足の下に腕を差し込み、邪神さまを抱き上げる。驚きの軽さだった。膝歩きで移動して、邪神さまをピンククッションに座らせる。
『ん?』
「すみません。足が。足が痺れたみたいで」
我慢しようと思ったが、限界だった太ももを摩る。
邪神さまは「何言ってんの?」という顔だ。足痺れたこととか、ないんだろうな。神だしな。
『撫でてあげよっか?』
太ももを、青色の爪の手が撫でてくる。部族系のモンスターがたまに塗料を塗ってオシャレしているけど、あれだろうか。魔除け的な。自分で言っておいてあれだが、モンスター(神)が魔除けってなんだ?
「邪神さま。爪、きれいですね」
『ほえ?』
よく見れば、爪に小さな宝石がくっついている。つい、無礼にも手を取ってまじまじと見つめてしまう。
星空のようなキラキラも砂のように爪全体に広がっている。小指にいくにつれ、濃い青から薄い水色に変化していっているのもきれいだ。夜明け前のような。
「はっ!」
じっくり見てしまっていた!
機嫌を損ねただろうか。
冷や汗を流しまくりながら顔を上げると……頬を桃色に染めた邪神さまは小首をかしげていた。
「もうしっ、もうしわけ、ありません!」
ぱっと手を放すも、神の鉄槌は下らなかった。もじもじしながら、邪神さまは自身の爪を見る。
『アクティ(人間の創造神)がやってるの見て、真似してみたんだー……。に、似合う、かな?』
胸元で手を合わせ、恋人の反応を期待するような上目遣い。ぶっとい矢がハートに突き刺さった。
「かわいい……」
もう駄目だ。無礼とか気にしていられない! か、可愛い‼
ドカンと床に手をついて項垂れた。人間の創造神と結構仲良さそうな衝撃が全部飛んだ。邪神さまが可愛い。
『かわいい? え、うへっ。そ、そうかな? えへへ……』
落ち着きなく後頭部を掻いたり爪を眺めてにんまりしたり。人生初褒められたかのような。そ、そんなまさかな……。
クッションを抱き締めると、ぐいぐいと俺に押し当ててくる。
「?」
『えへへ、えへへ~』
嬉しかったのか、尻餅をついた俺の上に乗っかってきてはごろごろと甘えてくる。俺だって甘やかしたかったが、足が! 痺れているんです、足がッ‼
「すみません。下りてね」
『え? え?』
両脇の下に手を差し込み、抱き上げると不安そうに見上げてきた。それでも引き剥がそうとすると母から離れたくない子どものように、「フシャーッ」と足まで絡ませてしがみついてくる。猫かな?
「邪神さま。足が! 痺れてるんです」
『なに? 痛いの? しょーがないにゃ~』
足は離してくれた。
俺に抱っこされ、ぷらーんと足を揺らしたまま髪に触れる。髪飾りの一つを取ると、俺の首に添えた。
カチッ。
「はい?」
自分からでは見えないが、何か、輪っかのような物が首に付いたような……。
邪神さまを床に置き、首に触れる。ひんやりした、何だろうこれは。
『ドールちゃんの首輪ね? 中央の神石(みせき)が怪我を治すから。もう痛くないでしょ?』
神石かぁ~。王の冠の装飾にしか使われてこなかったほどの希少石。魔石(ませき)が魔法を使える使い切りの石なら。これは神の御業を閉じ込めた石。
――わぁああああ俺の首にプラス数億の価値がああぁぁ……。
外してくださいとも言えず、腰を曲げて目線を合わせた。
「あ、ありがとうございます。邪神さま」
『似合うね~』
口の周りにパンくずをつけた美少年がフフンと胸を張っていた。指で取って自分の口に入れる。
『ダメでしょ?』
「ヒッ! 失礼しま」
『舐めて取ってね? できる?』
――舐め……?
「舐めてって、舌で、ですか? いいんですか?」
『分かんない? お手本見せよっか?』
ちろッと舌先を出したまま小首をかしげている。
ええぅっ……。いいんですか? いいんですか?
『はーやーくー』
鳥に憧れているように両腕をパタパタと上下に振る。今、やれと?
「失礼しますよ……?」
頬に手を添える。
頬肉はふにっと手に吸いつくようなのに、さらさらしていた。撫でまわしてみたいかも。命が惜しいのでやらないが。
瞬きするだけで一向に目を逸らしてこない顔に、ぎこちなく顔を近づけた。慣れていないせいで俺の鼻が先に当たってしまう。
ふにっ。
「ふわ! 失礼しました!」
『ドールちゃんが鼻キスしてきた。きゃわ(かわいい)』
にんまりと頬を上気させ、口角をこれでもかと吊り上げている。くっそ‼ 可愛い。つんつんしたい。
今度は鼻がぶつからないように。舌先でパンくずを舐め取ろうと頑張るが、上手く取れない。ただ邪神さまほっぺを舐めているだけとなる。
「むう」
ムキになって吸いつくと、ほにゃっとした頬肉まで吸い込んでしまった。唇に挟まる、ましゅまろほっぺのやわらかさ。
「……」
『……』
脳内でそのやわらかさに驚いてしまったため、口を離すのが遅れてしまった。でもパンくずは取れたので、一仕事終えた顔でゆっくりと後退りしてから床に正座する。
叱られるかと思ったのだが。
『えらいねー』
よくできましたとペットを褒める笑顔で頭を撫でてくれる。
『これからはそうやって取るんだよ? いい?』
まじですか。
「はい。かしこまりました」
『ふふ』
大型犬を褒めるようにわしゃわしゃと撫で回される。……悪い気はしなかった。それどころか久しぶり過ぎる誰かとの触れ合いに、心がほんわか垂れていく。人肌恋しくて、邪神さまの細いお身体に抱きつきそうになったが、流石に無礼だろうと自重した。
俺に、そんな権利はない。
――なんて、カチコチにかしこまっていたのが嘘のよう。邪神さまのほっぺをふにふに、左右にびよんびよーんできるくらいに打ち解けるようになるのだが。
この時の俺は、そんな未来を想像すらしていなかった。
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