邪神さまのペット

水無月

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第一の芸

邪神さまとあいさつ

 



 ――ペット生活十日目。

 邪神さまのお屋敷。散歩がてら歩き回り、どこに何があるのかを覚えるのが日課になっている。
 広いんです。すごく。邪神さま曰く「天界にある僕のお家の一部を持ってきた」そうな。

 歩いていると複数の天使(メイド服)とすれ違う。俺は挨拶しているが誰も目線すら合わせてくれない。天使はムキムキだと思っていたがそうでもなく、標準体型だ。

 あれだな。ナメンソンさんがマッチョだっただけだな。

「おい。人間」

 振り返るとメイド天使さんだった。外見は女性と見紛うほどなのに、声が低くて渋い。おっさんに声をかけられたと思って振り返るとストレートヘアーの美人さんだったのでビビった。

「っ、はい」
「邪神さまがお呼びだ。すぐに部屋へ行け」

 それだけ言うと、背を向けて歩き出す。
 待って! 邪神さまの部屋って⁉ 邪神さまの部屋だけでいくつあると思ってるの? 邪神さまの、どの部屋のこと?

「待って下さい!」

 追いかけると足を止めてくれた。
 ……振り返ったその眼光は相当イラついていたが。

「あ?」
「どこですか? お部屋は⁉」
「ゴミが」
「ゴミが⁉」

 一瞬、そんな部屋あったか? と思ってしまったが違うわ。俺が罵倒されただけだ。

「もう一週間以上経つだろ……。まだ覚えていないのか?」

 はん、と嘲る様な笑みだ。どんな顔でも美しいな。天使って。

「はい」
「……」

 忌々しげに口をへの字に曲げ、髪を払うと早足で近寄ってきた。

「来い」

 俺の腕を掴みそのままの速度で歩き続ける。あの、案内は嬉しいんですけど引きずってるあああ。

 ひとつの扉の前で止まる。

「ここだ。二度と手間をかけさせるな」
「ありがとうございます」

 ふらつきながら起き上がると、ストレートヘアーの天使さんはもういなかった。消えただと? 瞬間移動かな? 人間がやろうとすれば膨大な魔力を消費するのに簡単に使ってくれる。でも瞬間移動使いたくなるよ。広すぎるもん。このお屋敷……いや、お城。

 流石天使ってか。
 あんなに優秀な娘・息子たちがいるのに、邪神さまはどうしてモンスターを生み出したのか。いち人間が気にすることではないって分かっているけど。
 首輪の位置を調整し、扉をノックした。

「邪」
『ドールちゃんだああぁあっ!』
「ほあっ⁉」

 扉が開く。両腕を突き出してわっほーいと、飛び出してきたのは青真珠髪の美少年。

 青い宝石カフスの付いたシャツに黒の短パン。もっちり太ももにはニーソが食い込み、今日もはみ肉が輝いている。
 人類の敵であるモンスターの創造神。触れられない角を生やし、鍵穴が浮いている瞳が神秘的な邪神さまである。

「危なっ!」

 小柄な美少年とはいえ、タックルを受けた俺の身体は背中から倒れるように傾く。

 飯食ってこられなかったせいで俺も細身なのでな。
 せめて邪神さまだけでも怪我をしないようにと、ふかふかの髪を抱き締めた。

「――っ」

 ぎゅっと目をつむるも、俺の身体の傾きは途中で止まった。

「え?」

 目を開ければメイド服のフリルが視界いっぱいに入る。
 ぱっと目線を上げると端正な顔が、不満そうに見下ろしていた。

「あ……」

 俺に「天使はマッチョ」という概念を植え付けかけたメイド、ナメンソンさんだ。
 その逞しい腕は片手で俺を支えていた。

「ナメさん」

 俺がホッとした声を出すと、ビキッと青筋が走る。

「ふざけた呼び方をするな。それとしっかり立て」

 片手で背中を押され、直立に戻してくれた。元凶(邪神さま)は嬉しそうに俺の胸板に頬ずりしている。俺はそっと頭を撫でた。
 人間は胸元にタックルされると倒れるようになっているんですよ。

「助かりました」
「貴様を助けたわけではないわ」

 いつ見てもカルシウムが足りなさそうな顔をしておられる。

「邪神さま。お呼びですか?」

 美少年のそばで片膝をつき、その頬にキスをする。俺に変な性癖が芽生えたのではなく、挨拶はこれ! と邪神さまから教わったので。天界流の挨拶なんだろうな。十日も経つと慣れてきた。


 ……後から知った話だが、天界流の挨拶でもなんでもなかった。ただ邪神さまがドールちゃんにキスしてほしいから、という理由で指示しただけと判明する。俺の主が可愛すぎるな。


『はい。よくできました』

 邪神さまもちゅっとキスを返してくれる。今日は額だった。
 慣れてきたけど、されるのはちょっとまだこっぱずかしいな……。


『あのね。ドールちゃんにも芸を仕込もうと思って。お買い物に行ってきてほしいの!』


 俺は目が点になった。ナメンソンさんも邪神さまを二度見している。

『僕のペットはねー、お買い物もできるんだよ! って自慢したいの』

 きゃぴっと飛び跳ね、天真爛漫な笑みだ。
 芸か。俺を気に入ってくれているようで嬉しい。

「誰に自慢したいんですか?」
『ほえ?』
「……」
『……』
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