邪神さまのペット

水無月

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第一の芸

邪神さまお気に入りのお店


「あんらぁ。ナメさんじゃな~い。会いたかったわぁぁぁん」

 大きな唇が特徴のリップルというモンスターが飛び掛かってくる。んーっとキス待ち顔で。俺は泡食ってナメンソンさんの背後に隠れた。

「寄るな」

 バリア(魔法防壁)に弾かれ、リップルは飛び掛かる前の位置までズシャァと戻された。
 ビンタされたように頬を押さえ、乙女座りで瞳を潤ませる。

「ああん……。いっつも熱烈、なんだから。チュッ」
「毎度毎度、飽きないな」

 ため息をついて、飛んできたハートを躱しているナメンソンさん。いつものやり取りといった感が出ている。同じ店のモンスターもまるで気にしない。

 バリアなど必要なさそうなほどガタイの良い天使に隠れたまま、店内を見回す。
 贅沢な甘い香りに満ち、深呼吸が止められない。包装紙に包まれたキャンディがずらりと並べられ、駄菓子まで揃っていた。

「キャンディ専門店、ですか?」

 邪神さまのご要望のお菓子にキャンディはなかったはず。

「あら。ナメさん、そっちの子は?」

 リップルがずずいっと近寄ってくる。ここまで近寄られるともううるぷや唇しか見えない。命綱のようにナメンソンさんのベストを握り締めた。

「怯えちゃってかんわいいわぁあ……。チューしちゃいましょ、チュー」
「ヒエェッ」

 噛みしめた歯の隙間からか細い悲鳴が出た。顔よりデカい唇はちょっと。恐怖が勝るというか!
 パンっと、またバリアに吹き飛ばされるリップル。トドのように体重が重いのに簡単に舞い上がるのが不思議だ。ぼよんと地面にバウンドし、怪我ひとつなく起き上がる。

「寄るな。首輪が見えんのか」

 俺が服を掴んでいるせいか、ナメンソンさんの声音が二トーン低くなる。

「ああん……。邪神さまのだったのねん。もしかして? 性欲処理用のペットかしら?」

 ナメさんがイチゴチョコ色の髪を振るう。

「いや。そういうわけではなさそうだ。純粋に可愛がっておられる。私は食用かと思ったのだがな。太らせて食べる気配もない」
「ひょろいものねぇ」

 待って下さい! さっきから性処理とか食用とか。怖い単語を並べないでっ。

「邪神さまに性欲とかあるんですか⁉」
「……気になるのはそこか? いつまで隠れているんだ。さっさと用事を済ませろ。私も暇ではない」

 呆れたようなため息をつかれ、恐る恐る安全地帯から抜け出す。しかし商品棚を見渡しても、カラフルな包装紙に包まれた大きめの飴玉ばかり。
 俺はポッケからメモ用紙を取り出す。

「この……しょーとけーきってお菓子、ありますか?」
「どれどれぇん」

 エアクッションのようなボディが紙切れを覗き込んでくる。ポップコーンに似た体臭が鼻腔をくすぐるほど近い。

「ひぎゃっ」
「ケーキ類はここよ」

 リップルは棚の一角を指差している。青筋を浮かべているナメさんの背中に隠れながらも、俺はこくこくと頷いた。
 不発弾に近寄る速度で棚に向かう。宝石のように輝く大玉キャンディたち。

「あれ? でも、キャンディ、ですよね、これ」
「わたしのお菓子はぁ、ぜぇんぶこのサ・イ・ズなのよ」

 商品のひとつと摘まみ取ると、なんと店内で封を開いた。キラキラ蛍光色包装紙から出てきたのは、丸い茶色の卵。

「卵⁉ あ、でもこの甘い香りって……」
「知ってるかしら? チョコレートよ。カプセル状にしたチョコの中に、ショートケーキが詰まっているの。割ってごらん」

 差し出され、手のひらで受け取る。卵よりずっしりしていた。

「割って良いんですか?」
「いいわよぉ。気になるでしょ」

 気の良い笑みを披露してくれる。俺の中の「怖いモンスター像」にひびが入ってきた。
 指にぐっと力を込める。

「……割れない」
「非力ねぇん」
「クソ雑魚が」

 モンスターよりナメさんの方がきついってどういうことですか。

「じゃあ、ナメさんは割れるんですか!」

 ぷんすかしながら渡すと、手袋をはめた手はチョコをリンゴのように砕いた。

「……」
「割れたぞ」

 ナメさんの手のひらで粉々になった丸型チョコ。俺はリップルさんの背後に隠れていた。

「あら可愛い」

 天使の握力に怯える俺を見てくすくすと笑っている。
 首を伸ばしてナメさんの手のひらを見ると、チョコ瓦礫の中に生クリームとスポンジの層が。

「邪神さまがたまに食べてるお菓子だ」
「丸ごと食べると口の中で、チョコと苺代わりのベリーソースが混じり合って、甘酸っぱいわよぉぉん」

 人間の口では丸ごとは無理だろうが、文句なく美味しそうだ。

「あの。お金……」

 デモンストレーションで見せてくれたお菓子の代金を払おうとした。赤いダイヤ型の水晶石。子どもの親指の爪くらいの大きさ。モンスターが使用する硬貨のひとつ。

「いらないわ。試食用だったからねぇん」

 そう言われても。いいのかな、と思いながらナメさんを見ると、砕けたチョコの欠片を頬張っていた。あ、ずるい。

「ではこれ全部、チョコの中にお菓子が入っている……んですね?」
「そうよ。チーズケーキは甘みの強いホワイトチョコに。ブラウニーはベリーチョコに。色々食べてみると楽しいわよん」

 バチコンとウインクされる。星は飛んできたが罵倒が飛んでこないだけで心が軽いな。
 お店のロゴの入ったカゴに、商品名を聞きながら放り込んでいく。モンスター文字が読めないのだ。リップルは笑顔で細かく教えてくれた。

 周囲にギスギス天使しかいなかったせいか、和んでしまう。
 お会計を終えて、紙袋を抱える。

「ありがとうございます。丁寧に。教えてくださって」
「あら。お辞儀したわぁん。かしこい子ねぇ~」

 ナラという国の鹿が頭を上下に動かしたのを見て喜ぶ観光客テンションだ。やっぱ人間として見られてないんだな。

(これを持って帰れば邪神さまが喜ぶ)

 邪神さまの笑顔を思い出すだけで口が弧を描く。

「なにニヤついてんだ。気色の悪い」

 いい気分だったのに。この天使、ここでバイトでもしていけばいいのに。

「邪神さまが嬉しいとナメさんも嬉しいでしょう?」
「私は頭が痛いわ。ここまでお菓子の量を減らすのに何百年かかったと思う」

 根気がいりそうですね。
 ぶすくれているとナメさんとリップルが同時に首を動かした。店の外に。

「どうか、しました?」
「……厄介なのがきたな」
「ペットちゃんは、店の奥に行きなさぁぁい」

 え? え?

 どうしたというのだ。でも俺も何かを感じ、お菓子袋を守るように抱きしめ、店の奥、駄菓子コーナーへと下がる。この辺はラムネやスルメが多く、甘い香りが途切れた。

 二人と同じ方向を見つめていると、膝から力が抜ける。いきなりだった。

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