邪神さまのペット

水無月

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第一の芸

邪神さまと洗濯物

 


 たっぷりのお湯で疲れを流す。湯上りにコーヒーミルクを二人並んで一気飲みしていると、邪神さまはストレートヘアー天使さんに捕獲されてどこかへ連れて行かれた。あの天使さんってことは……邪神さまはこれからお勉強の時間だな。やだやだ! これからドールちゃんと遊ぶの! と喚いている邪神さまを、手を振って見送る。

(ふう)

 朝早くに買い物に出かけて。お風呂に入って。今はお昼過ぎか。もうすぐ邪神さまのおやつの時間(三時)なので、お菓子を餌に、勉強をやらせるつもりなのだろう。

(神が何の勉強をしているんだ……?)

 空になった瓶をサイクルボックスに押し込み、明かりを消して脱衣所を出る。
 勉強とは名ばかりで、新しい種族を生み出す作戦会議なのかな、と思ったりもしなくはない。

 廊下から一階を見ると、ナメさんがさっそく今日着ていた俺と邪神さまの服を洗っている。今から干しても夏場じゃないし、乾かないと思うが。
 ああ、乾かすのも魔法を使えばいいのか。

 階段を下りて外に出る。

 重力を無視して浮かばせた魔法の水。その水球の中に服を閉じこめ、魔力で渦を発生させる。内部の服はぐわんぐわんと回り、汚れを落としていく。
 水って操るの大変なのに。なんかメモ帳に書き記しながら片手間でやっちゃってるし。

「魔法がお得意なんですね」
「お前なぁ……」

 近寄るといきなり呆れ顔をされた。メイド服スカートのポッケに手を突っ込む。

「忘れ物だ」

 手を差し出すと、その上に見覚えのあるキャンディを三つ置かれる。

「あ」

 テーブルの上に出しっぱなしにしていたお菓子。

「忘れて行っただろ」
「そうでした。ナメさん。ありがとう」
「ナメさんやめろ」

 腕まくりをすると、洗い終えた服を水球から引っ張り出す。

「暇なら手伝え」
「はい。干していったらいいんですよね」

 踏み台を持ってきて、しわを伸ばしてから干していく。

「リップルさんだって、ナメさんって呼んでたじゃないですか」
「あいつは……。四十八回言っても改めなかったから諦めただけだ」
「そうですか。ナメさん」

 ツカツカやってきた筋肉に胸ぐらを掴み上げられる。

「お前も干してやろうか」
「やめてくださいよ。ハグしますよ」

 感情で変化するのか、全面オレンジ色に染まった瞳を見下ろす。すぐ夕焼けグラデーションに戻ったが、少しだけ驚いた。そんな風に色変わるんだ。
 ひゅうっと、冬の風が吹き抜ける。

「……。なんでお前。ハグが脅しになると思ってんだ?」

 そんな変な奴を見る目をしなくてもいいじゃないですか。下ろして。

「脅しになるでしょ? じゃあハグしますよ?」
「いや、え、え? じゃあってなんだ⁉ 何も言ってないだろうが!」

 虫でも降ってきた乙女のように突き飛ばされる。芝生の上にぼすっと落ちた。尻から。
 ナメさんはぱっぱっと手を払う。

「変わった奴」
「そうですか? よくある髪色だと思いますけど」
「誰もお前の髪の話をしてねーよ」

 イライラという文字が見えるようだ。

「……」

 自分が平和に暮らすほど、都で見たペットを思い出してしまう。ペットショップで増やされた個体。疑問も持たずにペットとして生きている姿。
 あれが幸せだとか不幸だとか、俺が決めつけることはできないけれど。

(もやもや、する)

 邪神さまに言えば、改善してくださるのか。俺がそんなことを言うのは出過ぎた真似か。

(殺されるよりはマシ、としか思えないな。絶滅するよりは、種が残る方が……)

 いいのか?

 ぐるぐる考えていると手がのろくなっていた。

「……」

 近づいてきたナメさんにも気づかないほど。
 天使はいきなり俺の踏み台を蹴り飛ばした。スポーンと飛んでいく踏み台。足場が消えた俺はだるま落としのようにぼちゃっと芝生にまた落ちた。

「なっ⁉ び、びっくりした。何をするんですか急に!」
「うざい」

 起き上がる俺に、シンプルな罵倒が降ってくる。

「うざいって? 髪が長いからですか?」
「なんで髪の話だと思うんだお前は。うじうじ悩んでいる暇があるなら、とっとと解決のために走ればどうだ?」

 ぱんっと広げたバスタオルを洗濯ばさみで挟んでいく。

「悩ん……でいるんでしょうか、俺は」
「はあ? 自分の心も分からんか? どうせペットニンゲンのことだろう」

 そんなに顔に出ていたかなぁと、自分の顔に触れる。

「ナメさんのことだから……邪神さまの手を煩わせるなとか、言うと思ったのに」

 働け、とバスタオルを放り投げられる。
 あり得ないほど固く絞られたタオルに苦戦しながらも広げていく。

「もちろん言うが」
「言うんだ」
「その程度で、私に何か言われた程度でやめてしまうことなら、もう悩むな。解決策が目の前にあるのに、何もしないのは傲慢だろ。試すことすら億劫なら何も考えるな。端から見ている方がイラつく」

 俺が、ペットニンゲンのことで悩んでいたのを気付いていたのか。周りを見てるんだな。ナメさん。

「……俺がうつむいていたから、心配して声をかけてくれたんですか?」
「お前が! うじうじしているのがうっざかったから、だ‼ 誰が心配など……‼ 自惚れるなクソが」

 顔面に靴下が飛んできた。
 これもタオルの横に並べて干す。

「ありがとうございます。ナメさん。俺ここにきて、邪神さまが遊んでくれない時は寂しかったから。悩みとか、聞いてくれたの嬉しかったです」

 ナメさんは鳥肌が立ったようだが、俺はどこかスッキリしていた。そうだな。邪神さまは優しいし、話くらい聞いてくださるだろ。
 干し終えると後ろに下がる。

「ふん」

 ナメさんが風魔法で雲を散らす。昼過ぎの空。太陽光が遮られることなく降り注ぐ。
 熱風を巻き起こし、洗濯物の水分を飛ばしていく。温かい風が当たるので俺も助かる。
 あったけぇ。

「防壁も、風も水も操れるんですか? 一人につき魔法一つ修得が限界のはずなのに」
「……人間の話だろ? それは。一緒にするな」

 神の子なら、複数魔法使用も当然か。

「俺は一個も使えないんで羨ましいです」
「? アクティさまは、人間一人につき、一個は魔法を配っていたはずだ」

 え?

「え? どこ情報ですか?」
「は? モンスターと力の差があり過ぎるからって。邪神さまがアクティさまに『魔法配ったら?』とおっしゃっていた、が……? 私の記憶違いか? ×万年前の話だし、ちょっと記憶に自身が無いな」

 すごい話を聞いている気がする。

「なんだお前、出来損ないなのか? 不憫な」

 はんっと鼻で笑われる。

「そういう言い方、しないでくださいよ」
「悔しいか? 惨めだな」
「ハグしますよ?」

 烈風が吹きつけた。

「うわっ」

 身体を支え切れずに転がってしまう。

「しまった」

 クリスマスローズの植木に突っ込んだ俺を、ナメさんが腕を掴んで引っ張り起こしてくれた。

「お前が気色の悪いことを言うから! 手元が狂っただろ」
「むっ」

 まだ減らず口を叩くメイド服にしがみついた。邪神さまばりに抱きつく。
 びくっと逞しい身体が震え、苺チョコ色の毛先まで跳ね上がっていた。

「ぎゃあっ! やめろバカ」
「ハグしますよ? って言いましたよね?」
「離れろ!」
「……」

 離れろ、と言いながら俺の髪や服についた葉っぱを摘んで取ってくれている。

「ナメさんて、なんか。女性に後ろから刺されそうですね……」
「どういう意味だ」
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