邪神さまのペット

水無月

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第一の芸

邪神さまと一人の時間

 首根っこ掴まれ、引き剥がされた。

「ふん。俺のこと、ずっと無抵抗だと思わない方がいいですよ」
「生意気な……」

 悔しさと嫌悪と不快の混じった瞳で、でもちょっと驚いたような顔だ。やり返さなかった俺が抵抗(ハグ)してきたのが意外だったか。

「ナメさんもでしょ? 次はハグしてキスまでしますよ」
「やめろ! 邪神さまにすべきだろ。私にしてどうする‼」
「邪神さまにもします。ナメさんにもしまーす」
「……っ! ……ッ……‼」

 白目を剥いて震えながらも固まってしまわれた。風も止んでしまう。
 固まっているということは、ハグチャンスか?
 一歩近づくと、ナメさんは三歩下がった。

「来るなボケ……。もうすぐ洗濯物乾くから、カゴでも持ってこい」
「はーい」

 ちぇ。危機察知能力が高いんだから。
 カゴを持ってくると温風が花を揺らしていた。

「あんまり温風を当てると、花が痛みませんか? 冬の花でしょ?」
「そんな鍛え方はさせていない」

 花にスパルタな人っているんだな。

「これからも話しかけてくださいね? 俺ここで友達いないんで。寂しいんです」
「知るか。お前は邪神さまの持ち物だ。邪神さまを喜ばせること以外、考えるな」
「だからでしょ」
「?」

 温風が止み、ナメさんが洗濯物を取り込んでいく。俺もやる。

「俺が楽しそうにしてないと、邪神さまが悲しむでしょうが」
「へえへえ」

 ナメさんの目が死んでる。

「話しかけるのが嫌なら俺にも何か、仕事を下さいよ」
「私の仕事を増やすな」
「……」
「こっち見るな。そういうのは、邪神さまと話し合え」
「あ、はい」

 俺にも仕事、任せてもらえるかな。
 ナメさんと話せたのはちょっと嬉しかった。





 かりっと歯を立てる。
 リップルさんのお店で買ったお菓子。チョコなんとかレートって名前だったかな? 歯を立てると少々硬いのに、舌の上に乗せていると溶けていく。
 与えられた俺の部屋。外に置いてある犬小屋ではなく、お城の中にある一室。邪神さまがくれたペット用クッションの上で味わう。
 久しぶりの一人の時間。

(甘くて、馬鹿みたいにうめぇ)

 夢中になって齧っていると卵の殻が半分ほど消え、内部のケーキが姿を現す。ケーキにもかぶりつく。スポンジはふわっと甘く、鼻先についたクリームを舐めると控えめな甘さ。ベリーソースは酸っぱくて、甘ったるい口内を中和させてくれる。
 こんな甘くておいしい食べ物があったのか。

「うめぇ~」

 美少年に可愛がってもらえて甘いもの食える。天国かここは。

「しかし三つは多いよなぁ。早めに食べてねって言われてるし。苦いお茶となら食」
『ドールちゃあーん』

 ばこんと扉が開き、邪神さまが転がり込んできた。

「驚っ、かせないでっっ、くださいよ!」

 口からチョコが飛んだ。
 手の甲で口を拭っていると、美少年が定位置とばかりに匍匐前進で膝上に乗ってきた。

『もう勉強やだ……。僕は一生ドールちゃんと遊んで暮らすんだ』

 邪神さまがよよよと半べそをかきながらコアラになってくる。両腕で抱きしめたいが、片手がチョコで封じられている。床に置くのもあれだし。
 ひとまず片手で撫でる。

「邪神さま。何の勉強をされているんですか?」
『えっ何⁉ ドールちゃん、お勉強に興味がアッ‼ お菓子食べてる』

 頭上に掲げていたのに見つかってしまった。
 邪神さまはぷくーっと膨らむ。

『僕が頑張ってる時にぃ! ずるい』
「頑張ってえらいです。邪神さま」

 よしよしすると、お餅がしぼんでいく。ぷしゅううう。

『チョコついてる。取ってあげる~』

 拭ったつもりだったのに。口の端を舐められる。

『あま~い』
「ありがとうございます。美味しいですね。チョコって」
『……』

 手に持ったお菓子をじっと見つめてくる。ペットは俺なのに、邪神さまにおやつを「待て」されているわんこ耳と揺れる尾が見えた。サファイアの夜空に輝く星が、一層大きく煌めく。
 あげたくなる欲求を全力で押さえつけた。

「いやー。おいしいですわー」

 さっさと食べてしまおう。
 大きく齧ると、「ああ……」と言いたげに口が開き、眉が八の字に下がる。

『なんでっ。なんで僕の目の前で食べるの?』

 あなたが目の前にきたからでは?

『僕っ、お菓子ッ、制限されてるのに』

 頭を撫でておく。

「そういえば、チョコと中のケーキを一緒に食べると美味しいって、リップルさん言ってたな」

 チョコを歯でパキッと折って含んでから、スポンジをがぶり。

「……。うん! 美味しい。美味しいしか言えない。う、ちょ、うぷっ」

 邪神さまが口の周りを舐めてくる。あっぶねぇ、ベロチューするところだった。

「危ないですよ!」
『一口。ねえ、ひーとーくーちー』

 ちゅっちゅっと唇にバードキスを繰り返す。俺が美少年好きになったらどうしてくれるんですか。

「一週間かけてのんびり食べようって話だったじゃないですか。初日から破ってどうす、んうっ」

 顔を両手で挟まれ、ちゅーーっと吸いつかれる。
 吸わないでください。

「ん……。もう」

 口内のケーキを奪われないように歯を閉じる。邪神さまの真っ赤な舌が、歯や歯茎をなぞっていく。
 舐め終えると鼻先が触れ合う距離で見つめてくる。近すぎて邪神さましか見えない。

『この甘酸っぱい味は……。ショートケーキだね。ショートケーキ食べてる』
「よくお分かりで。邪神さまのおススメは? 教えてくれますか?」
『ふん! 優しくないドールちゃんに教えてあげない』

 お餅邪神さまがそっぽを向いてしまわれた。
 残りを口内に押し込んで素早く飲み込むと、包装紙を丸めて投げた。ぽこんとゴミ箱の側面に当たり、床に転がる。

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