邪神さまのペット

水無月

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第一の芸

邪神さまにお願い


 俺個人(ペットニンゲン)の話だと知ると興味を無くし、扉を直してから去っていく。ゆっくりしていけば良いのに。

『モンスターの都でぇ。同族が暴力を振るわれていたんだね? それがショックだったんだ?』
「はい。そうなんです。暴力を……気持ち控えてくれるだけでもいいんです! どうかっ。俺にできることならやります」

 クッションから下り、みつゆびをついて土下座した。暴力を見たくないというだけの、俺の我が儘。
 人間如きの声が、神に届くとは思っていない。でも邪神さまなら。ひとかけらでも掬い取ってくれると思う。
 ……おかしいな。「邪」の神なのに。慈悲深く思うのは、邪神さまの優しい一面を知っているからか。

『ドールちゃん。寝たの? ごめん寝ってやつ? かーわーいーい~』

 小さな手に頭を撫でられる感触。

 寝た? え? ごめん寝って?
 もしかして。

 邪神さまは土下座のことを知らないようだ。子守歌を歌い始めたので急いで顔を上げた。

「起きてます」
『にゃ?』
「今のは土下座で……」
『どげ?』
「……」

 ぐだぐだになったのでセルフで仕切り直した。冷蔵庫(氷の魔石入りの、密閉度の高い箱)に置いてある瓶入りジュースをカップに注ぐ。
 邪神さまに差し出した。

「どうぞ」
『……』

 邪神さまはジュースの気分じゃなかったのか、受けとってくれなかった。

「俺が飲みます」

 邪神さまが座りやすいようにクッションを並べて置いたのだが、膝上に乗ってくる。クッションの方が座り心地良いと思うんですが。まあいいか。

「ペットニンゲンたちに、暴力を振るわないよう、言ってもらえませんか?」
『いいよ~』

 軽ッッ‼ いや待て、早まるな。邪神さまは悩み抜いて答えを出してくれたかも知れないだろ。

『言っておくよ。僕の声が聴ける神官あたりに。一ヶ月もあれば大陸全土に広まるでしょ』
「いっ、いい、いいんですか⁉」
『そんな驚く? いいよ。安心したよ。この子ちっとも我が儘言わないな~って、心配になってたから。ドールちゃんが意見を口にしてくれて。うれち』
「邪神さま……」

 そんなことを言ってくださるなんて。

 大人しく、しすぎていたのかな、俺。考えながら自分の顔が映り込むジュースを見つめる。
 こくっとカップを傾けると、邪神さまの目がキランと光った。今だ! というように。

『ちゅーーー』
「んっ⁉」

 唇に吸いつかれる。口内のジュースが奪われていく。

「ンンッ、んう」
『口あけてー』

 パニックになりかけ、ペット用クッションの上にひっくり返ってしまった。バシャンと、カップの中身がぶちまけられる。

「あ、ぁ……」

 俺の口をカップだと思われているのか、猫がミルクを飲むように舌を伸ばして舐め取っていく。根性で口を開けたままを維持した。

『んー。おいち』

 顔を上げ、唇を舐めると頬ずりしてくる。

 邪神さま。カップを受け取らなかったのって……

 手の甲で口元を拭う。

「俺のことカップだと思ってません?」
『ジュースも飲めるしキスもできるよ? 僕、天才』

 得意げなお顔だ。邪神さまをくっつけたまま起き上がる。

「あーあ。こぼしちまった。すみません」

 床に転がったカップを拾おうと手を伸ばす。そこには倒れていないカップと零れていないジュースが。時間が巻き戻ったかのように。何事もなく佇んでいた。

「ふぁっ?」
『ドールちゃんの反応、かわいい』
「どっ……! これは。どういう魔法なんです? 水魔法、ですか?」
『知りたい? 知りたいの?』

 にんまり顔でくすくすと笑っている。本当にお綺麗だわ。

「教えてくれないと、キスしますよ?」
『……』

 目をぱちくりさせた邪神さまが全力でそっぽを向く。
 教えてくれないんですね? では、頬に唇スタンプ。唇を押し当てる。邪神さまほっぺはほにゃんとしていて、離したくねぇ~。
 断腸の思いで顔を離す。

『んふっ。キスするって……なにその脅し文句。怖がると思ってるの?』

 ナメさんと似たようなことを言うなぁ。

「邪神さまにキスしたかっただけです」
『しょうがないなぁ。カップの時間を巻き戻しただけだよ。時間に干渉するとうるさい神がいるけど。このくらいなら何も言わないし』
「俺が掃除するのに」
『僕を無視してカップに構うなんて! カップに時間取られてる間、僕は放置されてるんだよ⁉ 僕に寂しい思いをさせる気?』

 いや掃除……あーでもそうか。その間、邪神さまに構うことが出来なくなるしな。

「ありがとうございます。助かりました。邪神さまに寂しい思いはさせません」
『分かればいいよ。言いたいことはそれだけ?』
「はい」
『じゃ、何して遊ぶ? 投げたボール取ってくる?』
「いつもボールを投げないじゃないですか。足元に落とすだけで。俺は謎の屈伸運動させられただけなんですけど」
『投げたら、ドールちゃんが離れるからでしょ? 僕から』
「ちゃんと戻ってきますよ」
『ぷんっ』
「……」

 膨らんだ頬をつんつんする。

 床に寝転んで、お絵かきして遊んだ。肩の荷が下りたせいか、この時間を楽しめた。


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