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第一の芸
邪神さまの天使の憂鬱
♢
風の強い冬の日。
「会いたくねぇ……」
皿洗いを手伝っていると、隣でナメさんが盛大にぼやいた。
壊……覚醒したあの日から、俺は天使たちの仕事を手伝うようにしている。邪神さまの評価に間違いはなく、俺が手伝う隙も無いほど天使たちの仕事ぶりは完璧だ。俺が手伝うと逆に邪魔をしている気さえする。
しかし人手はいくらあっても足りないようで、雑用や時間のかかるものを押しつけられ……任されるようになってきた。これは嬉しい。
退屈過ぎるのもあるが、天使たちと親しくなりたいのが本音だ。何せ気軽に出かけられない(不用意に出かけて俺が怪我でもしたら邪神さまがキレる)ので、友達もろくに作れない。あれだな。ペットになる前は生きるのに必死で考えたことも無かったが、人間って一日中誰とも喋らないと不調になってくる。俺だけか?
そのため、天使たちを見かけると突撃するようになった。初めは気味悪がっていた彼らだが、最近、ちょいちょい話しかけてきてくれることが増えた。舞い上がるほど嬉しい。
というわけで舞い上がったまま、皿を洗っていたナメさんに突撃してチョップされたところだ。
たんこぶを生やし、渡された皿を拭いてから机に並べて乾燥させていく。
「誰か来るんですか?」
「ああ? なんだ、いたのかお前」
「横で一緒に作業してましたよね? チョップもしましたね?」
嫌味ではなく、本気で忘れていた顔色だ。ぼやいたのも無意識だったのか気まずそうに濡れた手で口を押えている。
「リップルさんでも来るんですか? 俺も会いたいです」
「会いたいのか? あいつに? 熱あるのか?」
「なんでですか! そこは額に手を当てるとこでしょう! 触れろ! 俺に!」
両手の指をクイッと曲げて「カモン」とアピールする。ナメさんが遠ざかった。
「……お前の人肌恋しいメーター、今日も絶好調だな」
「いや、そんな。照れますよ」
「辞書で皮肉の文字を調べてこい」
「興味無いです」
顔に泡まみれのスポンジをぶん投げられた。洗剤の香り。
「数日後に、アクティさまが来られるんだよ」
シャボン玉舞う厨房で職人のように皿を洗うナメさん。俺は口を開けて固まる。
「えっ? アクティ(人類の創造神)さま⁉ な、なんで?」
「なんでって。ご友人だからだろ? 邪神さまが遊びに行ったりアクティさまが遊びに来られたり。仲はよろしいぞ」
「じゃあなんで俺……人間とモンスターは争ってんですか⁉」
「そういう風に作られてるからだろが。うっせぇなお前」
そんなぁー。
肩を落とすが、飽きたのでやめる。
「ナメさんはアクティさまに、会いたくないって意味ですか? 喧嘩でも売りました? あ、怒らせたとか?」
「アクティさまなぁ。器がデカすぎて、相当頑張らないと怒ってくださらないから無理……ってちげーよ。アクティさまの天使にだよ」
「翼が純白の方々ですか?」
「私も白翼だが?」
胸ぐら掴み上げるのやめてください。足が離れてます。床から。
ナメさんの手首に振れようとすると音速で手を放された。ちぇ。
「天使同士は不仲なんです?」
「違うわ。理由は、私を見れば分かるだろ?」
巨大オーブンにもたれて胸やスカート辺りを指差している。筋肉の塊がもたれても倒れないオーブンがすごいなと思った。
「見れば分かるって? どこをどんな風にどう見れば?」
顔面を鷲掴みにされた。
「見慣れてんじゃねぇ。っはぁ~。アクティさまの天使はなぁ。男型は執事服、女型はメイド服なんだよ……」
前屈する勢いで項垂れている。
「ナメさんは好きでメイド服を着ているのかと思ってましたよ」
「アホ! 向こうの天使共なぁあ。会うたびに目を泳がせて見ないように気を遣ってくるからしんどい……。いっそ笑ってくれ……。殺せよ……」
ナメさんが倒れてしまった。ゾンビのように爪でガリガリと床を引っ掻いている。笑ってあげればいいのか同情すればいいのか分からん。食材を運んできた天使さんがビクッと驚いていた。とりあえす立ってくださいナメさん。
(邪神さまに言えばいいのでは? 天使ってそこまで逆らえないの? でもナメさん、普通に邪神さまに厳しいしな)
他の天使より立場は上っぽいのに、雑用がやりそうな皿洗いを真剣にしているナメさんの横顔を見つめる。
「邪神さまに執事服くださいって言いながら、ほっぺ引っ張ったらどうです?」
「頬を伸ばす必要性はどこだ。天使が言えるか、そんなこと」
俺にできることをやれと言ったナメさんがこうなるってことは、天使は神さまにお願い事ができないのか?
不思議そうな俺の顔を見て、小さくため息をつく。
「私は多少許されているだけで……。本来天使が神に物申すなんて、あってはならないんだよ」
「物申した方が、邪神さまは喜びそうですけど」
「――私たちにそんな機能はない」
ナメさんの声が急に平坦になった。感情の無いガラス玉のような瞳に、俺はゾッとした。
権利ではなく機能と言った。
「……」
恐怖から黙り込むと、何もなかったようにナメさんは皿を洗い出す。水が流れる音が響く。
……なんだ今の。機械系のモンスターみたいだった。
邪神さまが俺にドールって名付けたのって。
天使ってまさか。
ここって、邪神さまの――
「ほれ」
「え? あ、はい」
洗い終えた皿をパスされて、少し遅れてから受け取る。皿がきゅっきゅっと鳴るほど磨く。
「だからお前。今すぐ爆散しろ」
「何が『だから』ですか?」
何言ってんだこの天使。
ナメさんが悔しそうに蛇口を殴りつける。やめて! 壊れる!
「お前が爆散したら城が汚れるから。アクティさまが訪問を延期なさるかもしれないだろ! 神石があるから四散してもすぐ治る! 早く‼」
早く、じゃないんですよ。
「俺が爆散してもメイド服が変更になるわけでもないし、アクティさまはどうせいつか来ますよ。一時しのぎです。何より邪神さまが悲しむのでしません」
「……今、正論とか聞きたくない」
ナメさんが突っ伏してしまった。とりあえず水が勿体ないので蛇口を捻る。
疲れてんだなぁ、ナメさん。この人が休んでいるところ、見たことないよ。
魂が出ているナメさんの指からスポンジを引っこ抜き、皿を洗っていく。天使たちもしっかりご飯を食べるようで、汚れた皿がアホほどある。
「アクティさまのとこに就職すればどうです?」
晩ご飯の仕込みをしている天使たちの手が一斉に止まった。え、何? 困惑を顔に浮かべてこちらを見てくる。今まで一心不乱に手を動かして見ないフリしてくれていたのに。
「……私は」
言いかけた彼の声を遮る。
「やっぱやめましょう。今の無しで」
「は?」
「ナメさんいなくなると、この城は回らなくなるんじゃないですか?」
「そんなこと無……そ、そんなこと……そん……」
言い淀んでいる。ですよね。天使たちの仕事は完璧だが、無駄なく動けているのは指示を出している人がいるからだ。あと俺が寂しい。邪神さまも同じ思いだろう。
スポンジを引っ手繰られる。
「はぁ……。腹括るしかないか」
声に覇気がなく、俺はなんとかしてあげたくなった。
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