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第二の芸
邪神さまと南の島
「そこに学園が?」
『まあね。主に教えているのは物づくりや技術知識だけど。魔法科も、ちまっと残ってるよ』
お金とか気にせずそこで、学んでおいでと。そんな魔法科がオマケみたいになった学園で二種を? 何年かかるのだろうか。寿命が尽きる前に修得できるのか?
俺の顔色を読んだのか、ナメさんはカップに白湯を注いでくれた。果物ナイフでモンレモンを薄く切り、お湯に浮かべる。
「ほらよ」とテーブルに置いてくれた。
「心配せずとも、選別された人間しかいないからなその島。いわゆる天才という奴らだ。教えるのも上手いはずだろ多分きっと」
「ありがとうございます……。はずとか多分とか、不安なんですけど」
「すぐ不安になりやがる」
白湯に口をつけようとすると、邪神さまが手を伸ばしてくる。邪神さまに熱いのがかかっても嫌なので、自分の頭より上に持ち上げた。
「カップ、熱いですよ」
『ひとくち。ちょーだい! 何飲んでるの?』
「白湯です、白湯。熱いですからね。ふーふーして飲んで下さいね?」
『……』
つぶらな瞳が俺を見ている。甘やかしてほしそうな、おねだりしているキラキラの瞳。
湯気を立てる白湯に、息を吹きかけた。ふぅふぅと。
「甘やかすな」
うぐっ。
やはり注意される。
「これって、甘やかしてます? 基準が分からんです」
「本人ができることをするのは甘やかしている、と思え」
「でもたまに、親切にされると嬉しいじゃないですか?」
「それは否定しない。『たまに』ならな。お前はすーぐ甘やかす」
「……」
目線を逸らして苦笑した。言い返せねぇ。
『甘やかして良いよ! じゃないと、またカップにしちゃうよ!』
「いいのかにゃ?」と目を細めてにやけている邪神さま。可愛いし、まったく脅しになっていません。
白湯を口に少量含むと、邪神さまの唇に唇をくっつける。
舌を差し込み、少しずつ流し込む。
瞳を閉じ、邪神さまはんくんくと味わう。これなら火傷しないだろうし、甘やかしてもいないな!
ぷはっと口を離し、どうですか⁉ と自信満々にナメさんを見たが、サムズアップを逆さまにされてしまった。不合格だったようだ。
『ドールちゃんは、紅茶飲まないの?』
「すみません。なんだかよく紅茶の、良さ? が分からなくて」
『おかわり』
ん、と唇を尖らせてくる。
口移しで分け与えた。ナメさんには叱られそうだが、学園に通うことになれば当分は会うことができない。今のうちにちゅっちゅしておきたいのだ。
「買い物の時みたいに、ナメさんはついてきてくれるんですか?」
そうなれば嬉しかったが、高身長執事は二色の髪を振った。
「さすがに長期間城は開けられない。現地で見張りをしているモンスターに言っておく。学園ではそいつに頼れ」
「うう。寂しいです。邪神さま」
ぎゅっと抱きしめておく。
『寂しい? ここから通うのに? んふー。ドールちゃんはかわいいね。僕から離れたくないんだね』
よしよしと美少年が撫でてくる。
――今、なんと言った⁉
てっきり向こうで、寮生活とかになると思ったのに。でも、冷静に考えれば、そう……だよな。邪神さまも寂しがり屋なのだ。ペットを長い間手放すわけないな。
「……」
ナメさんも俺と同じ考えだったようで、「あれ? こっから通うの?」という表情だった。
潮風が冷たく、振り出しそうな天気だ。
「足元にお気を付けください」
「あ、ありがとう……ございます」
差し出された役人の手を掴んで、海を両断するという巨大蛇から降りる。島に行くのでてっきり船かと思いきや、現れたのは幻の海蛇モンスター・大渦蛇(うずしお)。俺は気絶した。見送りに来てくれたナメさんが慌てて介抱してくれた。
その島は南国の花が咲き乱れ、気温が少し高い。湿度も。……冬を除いて。
人間が暮らすのに適していると判断されたのか。
潮風に負けない甘い果物の香りがする。
湿った土を踏みしめながら役人についていくと、一体のモンスターが出迎えた。
「やあやあ。邪神さまのペット殿。わしは学園を纏めているガースじゃ。……ああ、大丈夫か?」
目の前に現れたのは鬼の最強種・霊鬼だった。俺は気絶した。
勘弁してよ‼ 役人たちだって俺がなんかの役人と勘違いしてただけで、ナメさんに聞いたら邪神さまの声を聞ける唯一のモンスター「神官」だったよ! 大渦蛇も神官も霊鬼も高位のモンスターだ。つよつよモンスターばっかりやめてよッ。
「ペット殿! お気をたしかに。貧血ですか?」
あの日。俺の肩に上着をかけ、邪神さまのお城に持っていってくれた役人……もとい、神官のモンスターが抱き起こしてくれる。
思わず神官の、群青の衣服を握りしめた。
「こ、怖……!」
霊鬼が、怖い。とにかく怖すぎる。目を合わせたら死ぬと思う。最初に邪神さまを見ていなかったら本気でヤバかった。ここで暮らしているという人間たち、呼吸できているのかな?
震える俺に、霊鬼ガースは困った顔で頭を掻いた。
「おや。なんと、か弱い……。邪神さまのペットと聞いていたので勝手にナメンソン殿くらいに強いと思っとった。すまんのう」
圧がいきなり霧散する。呼吸が楽になり、小鳥の声を聞く余裕が生まれる。
でも申し訳ないが、震えが止まるまで神官さんにしがみつかせてもらった。神官さんは優しい声を出し、触れる程度の力で背中をたたいてくれる。
「大丈夫ですよ。絶対に危害は加えません」
「うむ。その通り。このガース。一線は退いたが、邪神さまのペットを傷つけるほど、耄碌しておらんぞ」
呵々と笑い飛ばしておられる。
違うんです。危害云々ではなくて存在が怖いんです。サメのいる海に落ちた人間が、冷静でいられないのと同じ。
ようやく震えが収まったと思えば、小雨がぱらついてきた。
「やや、これはいかん。ペット殿、失礼する」
ガースが近づいてきて、反射的に神官さんに抱きつく。ガースは布を広げると俺の頭に被せた。
「ここの生徒にも配っておる。外套(防寒防雨用の上着)じゃ。人間は雨で体調を崩すと聞いての。降りそうだったんでな。持ってきたんじゃ」
にこっと笑っている。俺はようやく、霊鬼をまともに見ることが出来た。
茶色い肌に、黒と銀が斑に混じったぶっとい二本角。毛皮に似た黒衣を纏い、流石は鬼と言ったところで、どこかの筋肉天使よりガタイが良く、背も見上げるほど高い。
白目は黄色く濁り、伽羅(きゃら)色の瞳は睨まれただけで昇天してしまいそうな「凄み」がある。
反対に神官さんは人の身体に白ヤギの頭を乗せた姿で、すらりとしていた。俺を支えている手は毛もなく人間のものと酷似している。顎にあるヤギ髭を触ってみたい。
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