邪神さまのペット

水無月

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第二の芸

邪神さまと校舎案内



 新築の校舎はあたたかみのある木製ながら、誰かが暴れたのかあちこちにゾッとするような修復箇所がある。
 大人数や大型のモンスターの行き来を想定された廊下は幅が広い。
 天井も高く、一定間隔で吊り下げられているライトは花のつぼみのような形をしており、外が薄暗いせいか朝なのに明かりがついている。
 数歩前を歩く針毒が足を止めた。

「ドール様。ここがトイレです」
「はい」

 覗いてみる。
 タイル張りで寒々しく感じるが、清潔さが保たれている。壁際に椅子のようなバケツが生えており、中を覗くと真っ暗だった。

「このバケツ椅子はなんですか?」
「そこに用を足してください。一定の場所に流れ落ち、肥料になるようになっておりますので。わたくしも来たばかりなので、そこまで詳しくは把握しておりませんが」

 小さいながらも畑をもっていたのでその辺は理解できる。理解できるが、ここを女子も使うのだろうか。俺はともかく、女性には地獄ではないだろうか。

「あの。女性の方もここを使うんですか?」
「いいえ? あ……っと。ドール様は女性でしたか。失礼いたしました」

 やめて。深々と腰を折らないで。違うんです。

「俺は男です!」
「左様ですか。女子のトイレは隣です。入り口に茶色のプレートが貼ってある方がメスの……女子トイレ、男性が青いプレートです」

 渡された制服に目を遣る。ズボンは黒いが上着は青かった。
 それからもあちこち紹介してくれた。広いお屋敷内部を覚えるのは得意になっていたので問題はなさそうだ。

「あの。ミヤマ……さん? ミヤマさんと呼んでも良いですか?」

 柔和な笑顔で振り返る。

「ミヤマで結構ですよ」
「じゃあ俺も。ドールと呼んでください」
「いやっ、それは」

 細い目のまま、勘弁してほしそうに手を振っている。
 悪いこと言っちゃっただろうか。

「どうしてです?」
「どっ……貴方は邪神さまの持ち物です。本来、我ら如きが目にして口を利いて同じ空気を吸って良いものではありません」

 ――そんな馬鹿な⁉ どこぞの筋肉は初手「クソ人間様」だったぞ⁉

 愕然とした。ずっと余所余所しい態度を取られるのだろうか。もっとナメさんみたく、背もたれにしてきていいのに。
 でもこれ以上我が儘を言っても困らせるだけなんだろうなぁ。ゆっくり親しくなればいいか。向こうが、俺のことをどう思っているかは知らないけれど。

「ミヤマさん。校舎空っぽですけど。人間たちはどこに……?」

 さっきから不気味なほど誰ともすれ違わない。
 ミヤマは「ああ」と頷く。

「休日なので。まだ夢の中じゃないですかね」
「では今日は、授業は?」
「明日からです。次は島を案内したいのですが、疲れていませんか?」
「はい。平気です」

 一歩外に出る。
 冬の雨がしぶいて外套を大きくはためかせた。寒い。平気じゃなかった。体温が俺の形を保ったまま飛ばされていくようだ。
 邪神さまの城でぬくぬく生活をしていたせいか、なまっている。明らかに。なんせ外套なんて贅沢品を身に着けているのに、足が前に出ないのだ。

「ドール様? いかがされました?」

 口を逆三角にしたまま動かない俺を、訝しんでミヤマさんが振り返る。風でオールバックが多少乱れるも、彼は寒さなど微塵も感じていないようだった。

「すみません。寒くてビビ、びっくりして」

 舌が滑らかに回らない。

「これはいけません。校舎内でお待ちを。ガースさまの衣服を奪い取ってきます。あれ温かそうですし!」

 ガースさまって。あの霊鬼?
 すっと青ざめた。
 駈け出しかけたミヤマさんの手を掴んだ。

「あなたが待って下さい! 追い剥ぎしろって意味じゃなくて」
「ええ?」

 ミヤマさんは逆に俺の腕を掴むと、風が当たらないところに引っ張っていく。

「わたくしはどうすれば? わたくしの服は、人間には重たいかもしれませんので、差し上げることができなくて」

 そんな悲愴な顔色にならなくても。誰かの服を貰おうとは思ってませんよ。

「服が重いって。触ってみてもいいですか?」
「どうぞ?」

 腕を差し出してくる。腕を触れって意味? ハグする気満々だったんだけど。
 残念な気持ちでミヤマさんの腕を触るとかってぇ。服の皮被った鎧だコレ。

「鎧を着ないといけないほど、この島って治安悪いんですか?」
「いえ。あなた様を守るためです。世界が滅んでも。何を犠牲にしてもあなた様を守らなくてはなりませんから」

 首を傾げ、何を言っているんです? と言いたげなトーンだ。

「……」

 俺は王侯貴族か何かか?

 しかし、邪神さまの怒りの片鱗を体験した身としては、大げさなと笑い飛ばすことが出来ない。

「え、えーっと。風でよろけそうなので手を繋いでください」
「風で、よろける……? もっもちろんです!」

 宇宙語を聞いたような反応をしないでください。人間は強風でころがるんですから。

 改めて手を握るとひんやりしていた。
 俺が飛ばされる発言をしたせいか、ミヤマさんが数歩歩くごとに振り返ってくる。飛ばされるかもしれませんけど、腕だけ残して飛ばされたりしませんって。
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