BL短編

水無月

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笹葉と氷河

愛しい人

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 十二月二十四日は氷河の誕生日だ。

「愛しいマイハニー。誕生日プレゼントは何が良いかい?」

 俺の誕生日はガン無視されたが、嫁の誕生日はしっかり祝う。紳士の基本だ。

 勝手に引っ張り出した俺のシャツを着ている彼氏が、雑誌から顔を上げる。

「……お前、居たのか」

 実家に帰ろうかと思った。




「酷い! 酷いや。俺の誕生日流した挙句存在忘れるとか!」

 氷河じゃなきゃ海に沈めてる。

 泣き喚く俺の背を、痛いものを見る目で氷河が摩る。

「すまんすまん。雑誌に夢中になってた」
「もう怒った! きれいな夜景見えるレストランとホテル予約してたのに! キャンセルしてくる」

 まあ? 氷河君がいれば夜景もかすむんですが。そこそこ良いレストランなのに。行けないことを後悔するんだな!

 むくれた顔を見せつけるが、彼氏はきょとんと瞬きした。
 それから、悔しがるどころかほっとする顔を見せる。

「……別に。……レストランの料理は、去年。美味すぎてびっくりしたけど。俺は、お前と家で、ゆっくり過ごしたいって思ってたし。いいよ?」
「…………」

 あー。美味しいご飯を永遠に食わせてやりたい。

 なんだこの子は。顔も良くて甘え上手とか最強かな?

「あーうそうそ。レストランで飯食ってホテルでズッコンバッコンしようね」
「死ね」

 背を向ける氷河に追いすがる。

「なんでよ? いつものコースじゃん。氷河の好きなケーキも用意してあるよ」

 ベッドに腰掛ける彼氏の隣に座る。

「お前だけ床に座れよ」

 クッションが散乱する床に座る。足を組んだ氷河君を見上げる構図だ。悪くないな。

 素足なのもポイント高いよ。

「どんなケーキ?」
「ふふん。あのレストラン一押しのケーキだ。ぱっと見宝石みたいで驚いたね。こんなケーキがあるんだ、って」
「俺とどっちが美しかった?」
「氷河君ですけど?」

 宝石より美しい子が何言ってんの。

 まあ、ね。氷河君はまだまだ自己肯定感が地面這ってるから。こうして定期的に訊いてくるのも可愛いもんですよ。

「正装がめんどくさいんだけど。Tシャツじゃ、駄目なの?」
「追い出されるんで、新調したスーツ着てね? あ! ドレスの方がいい?」
「お前、いつもキモいな」
「ありがとね」

 氷河君に罵られると興奮する。

 気に入ったのか氷河の髪は今日も真っ青だ。瞳も薄いアイスブルーで正直、外に出さずに飾っておきたい。

「てか、さ。お前の誕生日、ちゃんと祝ってやったじゃん」
「ん?」

 記憶にございませんが?

 俺が氷河とのメモリーを忘れるはずないので、氷河君のうっかりかな? そんなところも愛してますよ。

 だが、氷河は意外そうな顔をした。

「罵ってやったじゃん」
「おおっ⁉ お、俺はドドドMじゃないんだけど……? 確かに誕生日なのに、普段よりメタメタに罵倒されたけど。え? あれ氷河的にはご褒美だったの?」

 つまらなさそうに氷河が毛先を指に巻きつける。

「だってお前、罵倒すると嬉しそうな顔するし? 誕プレになると思って張り切ったのに。なんだよ。嬉しくなかったのかよクソが」

 とんでもないすれ違いが起きていた。

「そう、だったの」
「はあ? その日の夜。かなり激しかったから喜んでくれてるとばかり……」
「いやあれは怒りでブチ犯しただけなんよ」
「「……」」

 はあ、と二人同時に息を吐いた。

「いいよ? お前の誕生日。喜ばせてやれてなかったんだし。今回は俺の誕生日祝わなくても」
「そう? 料理とキャンセル代勿体ないから。誰か誘って行ってこようかな」

 顔面にクッションが飛んできた。

「浮気者!」
「自分で言ったよね……?」

 「いやいや。それでも氷河の誕生日を祝うよ」と言ってほしかったようだ。じわっと、不安定な彼氏の瞳が揺れる。

 あ、と思ったが遅かった。

 泣き出した氷河君を抱き締める。

「うえええぇぇ……。笹葉のあほ……。うえええええん」
「はいはい。ごめんごめん。二人で過ごそうね?」

 あーもー。コンタクトしているのにそんなに泣くんじゃない。

 ボロボロ零れる涙をハンカチで吸っていく。

 あやすように背中を優しく叩き、片手でスマホを操作した。「子ども 泣き止む 音楽」と検索する。

 背後でいつもの曲が流れだしたことに安心したのか、ぐずぐずと俺に甘え続けた。

 そろそろ精神面もしっかりしてほしいが、泣いてる間胸を貸すのは、紳士の役目かな。






 心地よかったのか氷河が半分寝かけてしまっている。

(まずいまずい)

 予約の時間が迫っているのだ。ゆっくりしすぎた。

「氷河。着替えられる?」
「んん~?」

 目を擦って頭がかっくりかっくりとなってしまっている。

 腕時計の文字盤を見せる。

「予約。時間。そろそろ、行こうか?」
「笹葉。抱っこ……」

 聞いてませんな。俺に擦りつき、完全に寝ようとしている。

 仕方ない。俺が着替えさせるか。

 俺のシャツを脱がせ、皺ひとつない正装に着替えさせる。氷河が自分で腕すらあげようとしないため重労働だ。汗かきそう。介護の仕事している人を尊敬する。

(これじゃあお人形の着せ替え遊びだよ~)

 青い髪に似合うスーツを選んだが、中身の美しさの方が目立つ。

 離れたくないと言うので抱っこして駐車場まで運び、助手席に座らせシートベルトを締めた。

 くどいぐらいの安全運転でレストランに向かう。俺の宝物が乗ってますからね。当然よ。


 到着すると、氷河が乗っている方のドアを開ける。

「抱っこ」
「ここからは流石に、歩いて?」
「むっ」

 手を繋いでホテルに入り、ようやく予約席へと座れた。

(普通に来るだけの百倍疲れた)

 項垂れている俺に構わず、あむあむと料理を頬張っていく本日の主役。美味しさで目が覚めてきたのか、食べ終わるごとにそわそわして次の料理を待つようになった。

 今ではすっかり眠気は飛んだようで、熱々のパンを半分に割っている。

「パン美味しい」
「食べ過ぎると、料理が入らなくなるよ」
「いいよ。お前の口に押し込むから」

 あーんしてくれるってことですね? 前向きに考えよう。

 青い髪にチラチラ視線が集まるが、悪口の類は聞こえない。紳士淑女の場ですからね。というか、俺の彼氏を悪く言える勇者がいるなら挨拶に伺うわ。おがくずに変えてやろう。

「なあ。ケーキは?」
「ん? ああ。最後に。デザートとして運ばれてくるよ」
「ウエディングケーキみたいなやつ?」

 いいけどさ。食べきれないでしょうが。

「いやいや。小さくて可愛いケーキだよ」
「指輪とか、くれるの?」

 高級レストランなのに吹き出しかけたやろがい!

 ナプキンで口を拭く。

(この前見たドラマの影響を、もろ受けてるな……)

 指輪なんて、欲しいんですか?

「プレゼントは家で渡すよ」
「……夜景、きれいだな」
「そうだね」

 俺は彼氏しか見てないけど付き合いで頷いておく。この場で俺に価値があるのは氷河君だけなんよね。

 最後に運ばれてきたケーキ。氷河に合わせた薄い青色のクリーム。ブルーベリー。ホワイトチョコで飾られた小さな丸いお菓子。

「……ッ」

 夜景に負けないほど目を輝かせて黙々と食べる。可愛いなぁ。

「美味しいですか?」
「うん。笹葉のチョコ、もらってやるよ!」
「どうぞ」

 すっと皿を差し出す。

 その代わり、俺は氷河君のホワイトチョコをもらおうかな。この後ベッドで、たっぷり絞ってあげよう。

「来年もこのレストランがいい」
「他にもあるのに? いいの?」
「うー? ……二人きりで食べれるとこがいい」
「はい。それなら今度は個室で予約しておくよ」

 嬉しそうに頷く氷河君。その笑顔が見れて何よりだ。




 シャワーを浴びて出ると、氷河が広いベッドで跳ねて遊んでいる。そんな可愛いことする? これ以上メロメロにさせてどうしようって言うの。

「あ。笹葉」
「おまたせ」
「なんで俺も……。俺もシャワー浴びた方がいいんじゃないか?」
「氷河のにおいが消えちゃうでしょ。言うこと聞きなさい」

 ぼそっと「変態が」って呟いたの、聞こえてっからな。

「でも食べ過ぎて、あんまり激しいと吐くかも」

 お腹を摩っている。

 そうだねー。ケーキもぺろりと食べてたもんね。それなのに更に俺のチンコ押し込んだらきついか。

「運動してたらマシになるかなと思ったんだけど」

 ベッドで跳ねてたの。あれ運動だったんだ。なにそれ好き。

「いいよ。ズボンだけ脱いで。ソファーに座って」
「ズボンだけ?」
「あ、下着も」

 するっとズボンから足を引き抜く。生足に、上はきっちり着込んだスーツ。この差が堪りませんなぁ。

「写真良いですか? 一枚だけ! いや、十枚。ポーズも付けてください!」
「……」

 あっその汚物を見る目が最高です。

「靴下は?」
「そのままでいいよ」

 ふかふかソファーに腰を下ろす。写真は気分じゃなかったか。たまーーに撮らせてくれるんだけどね。

 おれはガウン姿のまま、氷河の前で膝をつく。

「足開いて」
「……」

 まだ躊躇しますか。がばっと開いて「さあ来いっ」って言ってほしいわ。

「はいはい」
「あっ」

 膝に手を置き、腕力でこじ開ける。

 そこにはふるふると震えている氷河君が。
 これからギンギンにしてあげますよ。

「いただきます」
「……うん」

 一気に玉まで届くほど、口に咥え込んだ。

「そんな! あっ」

 いきなりで驚かせたかな?

「もっと優しく……ふあっ」

 痛いって言われない限り続けますよ。




 頑張ってくれた氷河君をベッドに寝かせる。キャンキャン鳴くソフトクリーム機に口突っ込んでいるような感覚だった。悪くない。

「でもちょっと甘さ控えめだったかな~?」

 搾り取ったホワイトチョコは全部胃に送り込んだ。味の感想を言うたびに殴られたが、二回目からは殴る気力も無く惨めに震えているだけなのが可愛かったな。

 隣に寝転び、さらっさらな髪を撫でる。染めてるのに痛まないって、いいよね。美貌も健康も長持ちしてほしい。
 彼氏の睡眠の妨げにならぬよう、スマホの明かりを下げる。

「さて。明日の仕事の確認確認っと」
「しゃしゃは……」

 寝返りを打った氷河が腕を絡めてくる。片腕が使えなくなったので、諦めて寝ることにした。

「……今もしかして、俺の名前言った?」




 誕生日プレゼントの選択をミスった気がする。

 満面の笑みの氷河君が「でかでかテディベア」さんに、蝉のようにしがみついている。

「ふわっふわだな! ありがとうな。笹葉」

 座った自分の背丈と変わらない包装紙に引いていたのに、中身を知るなり飛びついた。ふかふかの毛に、幸せそうに顔を埋めている。

「ん~。すげぇ。今日からこいつと一緒に寝る!」
「……」

 こんなに真顔になったのは久しぶりだ。

 悦んでもらえて嬉しいはずなのに。なんで俺はいつも、自分を把握してないんだか……。

 氷河からでかでかテディベアさんを奪い取ろうとする。

「はい。破棄します」
「はあっ⁉ 時間制限付きのプレゼントだったのか?」
「いや俺が嫉妬してるだけ」
「無機物だろ! ちょっとお前を蹴り落としてこいつとベッドで寝るだけだって」
「気が狂う! はいはい。お別れの挨拶して!」

 ぎぎぎと左右に引っ張られるでかテディベア。

「おいやめろ! どん太が破ける」
「もう名前つけたの⁉ ダッ……いやうん。味のある名前だね」

 結局俺が折れた。

 ぬいぐるみに抱きついて「うう~」と彼氏が、こう、泣きそうになっちゃったから。

 どん太は、日中はベッドの上で存在感を放っている。

「調子乗んなよキミィ。夜になったら床に行ってもらうからな」

 テディベアのどん太を指差しなんか言ってる笹葉に、嫉妬してもらえて嬉しいらしい氷河はにやけ顔だった。

「いやいや。お前にしてはいい誕生日プレゼントだ」
「……うう。氷河に抱きつかれていいのはこの世で俺だけなのに」








【おしまい】
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