BL短編

水無月

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「はい。じゃあ、おへそチェックしますね?」

 急にお腹の柔らかい所を触られ、ビクンと腰が跳ねた。

「あっ!」
「おっと。ごめん。いきなり触っちゃった」
「……くすぐったい」
「ふふっ。色っぽいね。あ。痛かったらすぐに言って」

 左手でおへそを開帳すると、右手の人差し指が差し込まれる。

「んんっ」
「こしょばい? 気持ち悪い?」
「うるさい……」
「うるさい⁉」

 笹葉の指がくすぐるように上下する。口を塞いで声を抑える。

「んん……んん……」
「声、抑えなくていいよ?」

 もぞもぞと身体を捩る。
 笹葉は尻を浮かせているのか、氷河の太ももはほぼ重さを感じない。
 指を引き抜くと、笹葉はヘソに鼻を近づけスンスンと動かす。

「んあー。お風呂入っちゃったもんな。氷河の匂いがしないなー。柚子の香りしかしないや」
「お前、好きだよな。ヘソのにおい……」

 こんなんやってるから変態だとか言われるんだろうね。
 氷河の上から退ける。

「はい。足開いて」
「……」

 おや。迷うような表情。顔を覗き込む。

「どうした? 気分変わった? ぽて腹になるまで注いであげるよ?」
「……それは、嬉しいけど。お前、ヤる前にいちいち匂い嗅ぐじゃん……。それ苦手」
「いい加減。慣れなさいよ」

 氷河の体臭まで愛しているんだから。
 膝裏に手を入れ片足を持ち上げ、足の間に身体をねじ込む。

「ッ。変態が」
「嬉しそうな顔してるよ?」
「……」

 分が悪くなると口を閉ざすか目を逸らす恋人に、笹葉はクスッとほほ笑みお腹を撫でる。

「ぁ……」
「胸はどうする? 触ってほしくない日もあるでしょ?」

 円を描くように撫でながら、手を徐々に胸に近づけていく。

「ぅ、あ……。ンッ」

 ぴくっと身体が揺れ、手で口を隠す。氷河がよくやる仕草だけど、その口を隠そうとするの、とってもかわいいな。

「どうする?」
「ッ……、ぅ……」
「おや。ほくろ発見」

 ふにっと指で押すと蹴られそうになった。髪の毛すれすれに足が通り過ぎる。ヒヤッとした。
 命の危機なのでがっしりと足を押さえておく。

「足癖悪いなぁ」
「胸……。触らないで。舐めて」
「はい」

 舌先を出し、ぺろぺろと舐めていく。

「っ……笹葉」
「んー?」

 舐めながらの返事なので変な声が出た。

「ん……俺のこと、好きにして、いいのは笹葉だけなんだから……。う、浮気、するなよ?」

 流石にカボチャに欲情はしませんわぁ。
 ツンツンと舌で乳首をつつく。

「あっあぁ……」
「お土産、いる?」
「いらない……。笹葉が帰ってきてくれたら、それでいい」

 ッカー。仕事終わりの生ビールより沁みるぜ。
 世界の中心で「俺の恋人が世界一かわいい」と叫びたい。

「ん。おっけ。仕事終わったらすぐ帰国するから。寂しくなったら電話してもいいからね? 電話出れない時間帯もあるけど。夜ならすぐに出るから」
「……あっ、ん。まいにちっ、電話……しちゃうかも」
「いいよ」
「あっあ……。め、メールも……ぐずっ。いっぱいする……」
「いいよ」

 黒い瞳の精霊が涙を流す。月の雫のようなそれを、勿体ないと舌で掬っていく。
 子どものように、氷河はがじがじと爪を齧る。
 我慢していたようだったが、ついに泣き出してしまう。

「さみしい……。行かないでほしい。笹葉がいないと、生きていけない……っ」

 あああああ。もう! 恋人を泣かすなんて。不甲斐ないぞ俺。
 俺だってトランクケースに氷河詰めて持って行きたいんよ。
 泣き止んでほしくて、目の端にキスをして涙を吸い取る。

「俺も寂しい。ちゃんと帰ってくるから。ご飯食べて、仕事無理しないで、趣味楽しんでね? 風邪引かないように、寝るときはあったかくして」

 やべぇ。母親みたいになってる。
 寂しがりモードになっちゃった氷河は幼くなるから、どうしても保護者みたいなことを言ってしまう。

「笹葉ぁ……。笹葉……」
「はいはい。ここにいますよ」

 泣き出してしまった恋人をよしよしとあやす。
 強気なお面で頑張って隠しているが、氷河という人間の心はかなり不安定だ。幼少期の家庭環境が原因なのだろう。子どもを作ってはいけない人間が子どもを産んだような。氷河の家は地獄だった。子どもながらに氷河の御両親に何度かドン引きした覚えがある。

「笹葉……。好きっ、好き!」
「うんうん。俺も大好き。もーーーっと好き」
「キスして……。キスじでぇ」
「おっけおっけ」

 こんな状態の氷河を一ヶ月も放置するとか正気を疑われそうだが、俺に依存させるつもりはない。俺から離れて、友達も作って。自分を愛してくれる人が笹葉以外にもいるんだと知ってほしい。

 ……俺のこの考えは、おかしいのだろうか。

 仕事も趣味も取り上げて、首輪をつけて飼っても、恐らく氷河は受け入れると思う(むしろ喜ぶと思う)。でもなー。それなら犬を飼うのと変わらんし、ゴールデンレトリバーを飼うわ。
 氷河には「人間」でいてほしいのよ。
 唇を離すと寂しそうな顔をする。

「寂しくなったら一人で抱え込まないで、友人とかに相談しろよ?」

 美しい髪を振り乱す。

「やだ、やだっ。笹葉が良い! 笹葉が居てくれれば……!」

 縋りつこうとしてくる手首を掴む。

「美容室の先輩でもいいし、バーのマスターでもいい。スナックのママでもいいよ。きちんと相談すること。いいな?」

 氷河の味方が一人でも増えればいいと思い、連れ回した良店。気のいい人たちだから、話くらいは聞いてくれるはずだ。ママにいたってはめちゃくちゃ甘やかしてくれるだろうし。

「えぐっ……えぐっ……」

 ぼろぼろと涙が止まらない。
 目が腫れちゃうぞ?

「泣くな泣くな。愛してるよ」
「俺のこと……ぎら、嫌いにならないで」
「なんで嫌いになるんや?」

 本気で分からない。
 もっと自信を持ってくれ。こんなに美しいのに。

「百万の薔薇も、美の女神も。恥じ入って姿を隠すほど、氷河はきれいだよ」
「……っ!」

 ボッと顔が赤くなる。かわええんや……
 美しくてかわいいとか最強すぎるな。

「ゔっ……お、俺のこと、忘れない?」

 潤んだ瞳が見上げてくる。ちょ、タンマタンマ! かわいいの洪水が襲ってくる。

「記憶が消えても氷河のことは覚えてる」
「ご、ごめん……ごんな、泣いちゃって……」

 泣き止もうとする表情がそそられる。涙を拭おうとするも氷河の指が濡れるだけで止まらず、目元と指がびしょ濡れになっていく。
 手繰り寄せたガウンで涙を拭ってやる。

「涙が氷の粒みたいで、きれいだから。泣くなとは言わんわ……」
「好きっ、すきぃ……。笹葉は、俺のだからな?」
「分かってますよ」

 うーーん。抱ける雰囲気じゃないな。今の氷河にチンコぶち込んだらどんな顔するのか、気になるところではある。泣き止ますためにも腹膨れるほど精液注いで、膨らんだ腹の上に全体重かけてぴぎぃぴぎぃ鳴かせたい。あれ? 結局なかせてるな……。

 氷河を求めて俺の息子が泣いているけど仕方ない。
 甘々タイムとすることにした。
 甘々と言っても大したことはしない。二人で寝転び、氷河が眠るまで頭を撫で、甘い言葉を吐き続ける。
 恋人は恍惚とした表情で、すりすりとひたすら甘える。正直俺は何言ったかあまり覚えていない。だって言葉のバリエーションが乏しくて同じ言葉の繰り返しだもん。この台詞、昨日も言ったなと思うけど、

「笹葉。もっと言って……。もっと愛して……」

 言われている本人が嬉しそうだからいいか。



 雨音が弱々しくなり、そっと開けたカーテンの隙間からは、穏やかな月光が差し込む。

「……」

 スマホの画面に深夜三時と表示される。
 眼をやれば氷河は規則正しい寝息で、静かに胸を上下させていた。なんだこの美しい寝顔は。
 鬱陶しそうに抱き枕にされている左腕を引っこ抜き、笹葉は大あくびをして寝返りを打つ。

「もうこんな時間じゃねーか。ふあぁ……」

 寝かしつけに三時間かかった。明日早いのに。起きられるか、これ。

「ま、ええわ。タイマーしとこ」

 遅くとも三十分前には空港に到着していなくてはならない。いっそ寝ずに、飛行機内で爆睡するという手も悪くない。
 そう思うと眠くなくなってくる。
 起き上がってガウンを羽織り、冷凍庫を開ける。

 凍らしても固くならない保冷剤をアイマスクの中にいれ、クッションを蹴っ飛ばして氷河の耳にかけておく。

(目ぇ隠したらエロいな……)

 冷やしておけば明日の朝、目の腫れも少しは痛くないだろう。こういう場合は温めた方がいいんだっけか? 忘れたからもういいや。

(部屋で仕事しーてよ)

 氷河が起きるより笹葉の出発の方が恐らく早い。置手紙だけ机に残し、笹葉は自室へと戻った。









 氷河の働く美容室『ルーチェ』。
 スタッフオンリーと書かれた扉が開き、ふらふらと人影が入り込んでくる。

「……せんぱい」
「うっわ! 氷河どうした。しなびてるぞ」

 鞄を下ろさせソファーに座らせる。二年前から働き始めた後輩。棄山(きやま)氷河。
 カットの腕前はまあ普通だが、神秘的な外見のせいで指名が途切れない。閑古鳥が鳴いていたのが嘘のように彼が来てからルーチェは忙しい。お金払うから休日も店の前で座っててくれないかなーと店長が割と真面目にぼやいていた。
 しがみついて離れない、客寄せパンダにされそうな青い髪を撫でる。

「そっか……。あのサイコパス出張に行ったのか」

 ショックを受けたように顔を上げる。

「そんな言い方しないでくださいよ!」
「正直、もう帰ってこなくていいわ。あいつ」
「さ、笹葉はちょっと……変態で頭があれなだけです」
「フォロー出来てないぞ」

 自分でもフォローできていない自信はあるのか、きゅっと口を引き結んでうつむいてしまう。
 その様子が「母を悪く言われた子ども」のようで、ルーチェの先輩はあやすように背をたたく。

「悪い悪い。あんなんでも、氷河にしたら大事な恋人だもんな」

 コクッと頷く。

 ――彼は仲居(なかい)。

 仲居先輩は氷河と笹葉の共通の友人のため、こうやってよく愚痴や悩み相談に付き合わされる。主に氷河の。

(笹葉は挨拶くらいしかしてこないからな)

 嫌われているわけではないだろうけど。笹葉はあまり踏み込んでこない。
 仲居は笹葉が苦手だった。中学の頃は怖かった印象しかなく、出張に言ってくれてホッとしたくらいだ。

「先輩……。せんぱいぃ……」
(おっととととと)

 ずっと撫で続けていたせいだろうか。
 強気のお面が剥がれ、氷河が甘えん坊モードになりかけている。職場だぞここ。
 甘えたい顔で頬ずりしてくる後輩。
 喝を入れるために氷河の顔を両手で挟むように叩く。本気では叩かない。蚊を潰すくらいの強さで。
 ぱちこん!

「うっ!」
「しゃきっとしろ。甘えるなら笹葉に甘えろ、笹葉に」
「……すみません。仲居先輩」

 しゅんと悲しそうな顔をするだけの氷河に成長を感じる。何かあるとすぐわんわん泣いてどうしても泣き止まず、笹葉に電話して引き取りに来てもらっていた頃が懐かしい。
 成人した男の本気泣きが凄まじく。同僚は呆然となりルーチェは保育園の用な空気になってしまった。店名がルーチェから「一年三組きらきら組」になるところだった。
 『ご迷惑をおかけしました』と後日、笹葉から高級肉が職場全員に届くので誰も嫌な顔はしなかったが。先輩は氷河が社会でやって行けるのか心配だった。
 が、

(笹葉がうまくやったみたいだな……)

 笹葉と付き合うことになったと風の噂で聞いた時は耳を疑った。耳がおかしくなったのかと耳鼻科に行ったが異常はなかった。

「笹葉……笹葉……うぅ。会いたい」

 こうやって保育園初日みたいな顔をしながらも手は仕事の準備をしていく。きちんと愛してもらっているようだ。
 先輩はぽんと氷河の肩をたたく。

「ほら。運気下がりそうだからいつまでもイカレの名前を連呼していないで、仕事頑張ろうぜ」
「先輩……。笹葉のこと嫌いなんですか?」

 仲居はどうでもよさそうに微笑むだけだった。







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