BL短編

水無月

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 ⛄






「死ね。ゴミが」

 雑に髪を拭いて首にタオルをかけたまま、ベッドで雑誌を眺めていると酷い言葉をかけられた。
 笹葉は苦笑して顔を上げる。

「氷河君……。俺だって傷つくんですよ?」
「風呂に一人放置して行きやがって」

 そこに怒ってるんだ。
 雑誌を引っ手繰り、ぽふっとベッドに薄いお尻を乗せる。

「キスは良いけど。ベッド以外で触るなって言ってるのに……」
「エッチな気分になっちゃうから? 俺は恋人が年中発情していても受け入れられるよ?」
「……」

 ゴミを見る目をやめていただきたい。興奮する。
 氷河は長らく飼い主と離れていた仔犬のように擦り寄ってくる。

「……俺のこと、好きだろ?」
「きっと氷河が思っている以上に好きだよ」

 首に腕を回して抱きついてくる。んあー。イイ香り。多分同じ香りしてるだろうけど。

「四乃山より?」

 探るような水色の瞳がじっと見てくる。

「なんでここで後輩の名前が出てくるんですかね?」
「お前ら、仲良いし……」
「小中高と一緒だったからね。多少はね」

 誘うように、氷河の指が俺の首をくすぐってくる。
 あーそこそこ。気持ちいい~。

「でも俺の方が。笹葉は俺が好きなんだろ?」
「伝わってるようで安心した」

 これで「あいつの方が好きなんだろ」とか言われていたら、監禁放置プレイをしてわからせるところだった。

 恋人の頬にキスして、そっと横たえさせる。
 シーツの上で、氷河が期待するような表情になったのがかわいい。
 きれいな髪を撫で、電気を消しに行く。

「真っ暗にする?」
「……それだと笹葉が見えないから」
「はい」

 電気を消す。一旦部屋が真っ暗になる。大雨の音に包まれ、大きな窓からカッと稲光が差し込む。

「ピぃ!」

 可愛い悲鳴に苦笑する。
 地球儀のような円形型ライトに手を触れると、それはほのかな光を発した。カーテンやクッションが、ぼんやりした青紫の光に照らされる。
 実にムーディだ。俺は氷河がいればムードなんて必要ないが、彼はこういうのお好みだからな。

「その、触れたら光るライト。前から思ってたけどいいよな……」

 んふふ。氷河君。このライトのことよく褒めてくれるもんね。嫉妬して叩き割りそうになったぜ。

「おばあちゃんにもらったやつだけどね」
「え? ……触れたら光るライトって、そんな昔からあるの?」
「あるよ」

 もしかして最先端のものだと思ってました? 俺より年上の年代物です。
 慎重にクッションの隙間を通り、ベッドに帰還する。すぐに寝転がったままの氷河が抱きついてきた。

「出張、行くんだろ?」
「はい」

 ぽつりと、呟く。

「今夜は……甘えさせて」

 顔見せてくれぇ~~~。
 血の涙が流れそうだよ! 尻に抱きつかれても顔が見えんのよ。
 歯を喰いしばっているとドオォン……と大きな音がして、かすかに部屋が揺れる。

「このまま大雨が続いて笹葉の車がどっかに流れて出張に行けなくなりますように……」
「氷河君?」

 乙女のように手を合わせて空に祈らないで。寝転がったままだし効果薄いと思うけど、貯金消し飛ばしてまで買った愛車に何かあったら俺は本気で泣くよ?

 シャッとカーテンを閉め、物騒なことを祈っている恋人の肩を掴んでこちらに向けさせる。
 体重をかけないように気にしながら、彼の太ももに跨る。
 細いから折れそうで怖いんだ。俺が横になるから跨ってほしい。

「キスしていい?」
「さっさとしろ」

 生意気な顔を両手で挟んで、唇を押しつける。

「ん……」

 気持ちよさそうな吐息がもれる。キスしただけでこんな愛しい反応をしてくれるなんて。がっつきそうになる。
 唇で氷河の下唇を挟む。

「んん……」

 眉間にしわを寄せる。
 気が早い氷河は、早く舌を絡めたいらしい。ちゅっちゅしていると舌が伸びてきて、歯列を割られる。
 少しだけ顔を離す。

「俺はもっとライトキスを楽しみたいんだけど」

 軽く触れるものや、ついばむようなバードキスも好みだ。
 だけど恋人は深いキス――フレンチキスやディープキスをやりたがる。なので、ここで一回揉めるのがお約束のようになっていた。

「俺はもっと笹葉を……。ん……。黙って口開けてアホ面晒せ」
「もっとかわいくおねだり出来ないのか?」

 そんなことを言う子には深いキスしません。
 軽いキスの雨を額や瞼、鼻先、頬に振らせる。んん。滑らかな肌。

「っ、笹葉……!」

 手足をバタつかせるが、笹葉は一向に舌を出さない。もどかしくて彼の背に腕を回す。

「なぁに?」

 やさしく訊いてくるだけだ。察しの悪いふりをする笹葉にムッとするが、氷河はもう限界と目を泳がせる。

「笹葉を……味わいたい……」
「倉庫に入れてカギ閉めたいほどかわいい」

 よくできましたと、唇を重ね、舌先で氷河の歯をノックする。すぐにあったかい舌が出迎えてくれた。

「んっんっ……」

 待ち望んだものに氷河は夢中で舌を絡ませる。舌先で舐め、巻き付き、もう逃がさないように。

「ふ……ぁ……」
(かわいすぎて昇天しそう……)

 恋人の可愛い攻撃に現世を離れそうになったが、氷河を置いて逝くなどあり得ないので根性で戻る。
 雨音の中でくちゅ、くちゅっと唾液を交換する音が響く。

「ん……。んっ……」

 鼻で呼吸するのが上手くなった氷河の頭を撫でつつ、片手でスマホを操作する。ディープキス好きじゃないから退屈なんだよな。明日のスケジュールは……。猫の動画見たら怒るかな?
 ヒナに餌をやる親鳥のような気分で適当に舌を動かしていたが、そろそろ飽きてきたので舌を引っ込めた。
 腕を伸ばしてスマホを枕元に置く。

「……あぁ。なんで?」

 悲しそうな顔を見せる氷河に、下半身がドクンと脈打つ。
 粉塵と化した冷静をなんとかかき集め、唇を手の甲で拭う。

「はい。終わり終わり」
「お前の寿命が?」
「待って。殺さないで」

 ガウンを脱ぎ裸を晒すと、氷河の視線が顔から腹筋に固定される。

「どうやったらそんな風になるんだ?」
「守りたい人が出来たんで。勝手にこうなった」

 嘘でーす。ジム行ってめっちゃ頑張ったでーす。
 氷河はふいっと顔を背ける。枕の上で広がる青い髪がライトの光で濃く染まって、ブドウの色に変わっている。すごく俺好み。

「…………守りたいって、俺のこと?」
「分かり切ったこと聞くよね」

 白い服のボタンをひとつずつ外していく。

「どうせ脱がせるなら、なんで着せたんだよ」
「脱がせたいから。ロマンです」
「……キモイ」
「…………」
「悪かったって。泣くなって。お前の気色悪いとこもちゃんと受け止めるから」

 ぽんぽんと背中を叩かれる。このままほっといて寝てやろうかと思った。

 気を取り直して、裾に手をかける。

「はい。万歳して」
「ん」

 ダボついた白シャツを脱がせる。

「……カラコン取らなくて大丈夫? 氷河ヤったあと寝ちゃうじゃん?」
「あ」

 コンタクトの存在を思い出した氷河が、不安そうに見上げてくる。

「すぐ取ってくるから、待っててくれる?」

 ぐああああああ。すべてがかわいいいいいい。こんなかわいい恋人を待たない人はいません。
 悶えている恋人に冷めた目を向けつつ、氷河はさっとベッドから下りる。

 ぱたぱたと小走りで戻ってきた。

「走らなくていいよ」

 暗いしコンタクト外したんだし。ぼやけてるでしょ?
 万が一転んでも受け止められるように両腕を伸ばす。
 氷河は一瞬、ベッドを探すように足元を見たが、ベッドに乗ると膝歩きで抱きついてきた。この子、何か行動を挟むたびにくっついてくるな。感激です。

「笹葉がぼやける」

 鼻先がつくほど顔を近づけ、細かい文字でも見るように目を細めている。この顔が好きだったりする。
 一通り俺の顔を見て満足したのか、すりすりと猫のように頬ずりしてくる。うほほっ。抱きしめたい。

「氷河。このまま一晩中くっついておく? 肌を重ねるだけが愛情じゃないし。別にヤらなくてもいいよ?」
「んんー……」

 氷河は少し悩んだようだったが、小さく首を振った。
 寂しそうな顔で、つんつんと俺のお腹をつついてくる。

「しばらく会えないんだし……。気絶するまで抱いて?」
「はいはい」

 紳士ですので、気絶はさせないように頑張るね。……頑張れ、俺。


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