BL短編

水無月

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☆ 課長をやっつけろ! ①

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「もーらいっ!」

 いつもの友人とランチ。
 四人掛けテーブルにて三人で食べていると、弁当の具をひょいと摘まみ取られた。

「あっ」

 その男はそのまま煮物を口に放り込むとむしゃむしゃと咀嚼した。まだ飲み込んでいないのに腕を組み、味を評価する。

「う~ん……。薄味だなぁ。くちゃくちゃ。それに不味い。ゲロ不味い! オゥエッ。もっと砂糖を足した方が良いんじゃないか? う~ん。薄味だなぁ。年寄りが作る料理みたいだ。煮物の味付けは繊細なんだからさ。もっと工夫しろよ」
「勝手に食べないでくださいって、いつも言ってるじゃないですか」

 三人から向けられる冷ややかな視線に気づかず、男――花山は椅子を引いて隣に座ろうとしてくる。

「いいじゃん。味の評価をしてやってんだろ? おい。輝夜(かぐや)。こんな腕じゃ、まだまだだ。嫁の貰い手がないままだぜ?」
「勝手に座らないでください」

 弁当を守るように遠ざけるも、花山は腕を伸ばしてくる。

「意地悪すんなよ。お前のためを思って言ってやってんのに」
「頼んでません!」

 たまらず席を立ち、その場から逃げ去る。

「あ」
「待てよ。輝夜」

 友達も追いかけようとするが、花山はやれやれと頭の後ろで腕を組む。

「あーあ。ったく。また逃げやがって……。おい。お前らからも言っておけよ? 人の忠告を素直に聞かないと社会では」
「失礼します」
「うるせえ。人語喋るな(失礼します。花山課長)」

 まだ言葉の途中だというのにぱたぱたと去っていきやがった。

「年上に対する礼儀がなってないな。輝夜には友人を選ぶよう、きつく言っておかないと……」

 ブツブツ言いながら、先ほどの煮物の味を思い出しひとりにやけるのだった。







「もういやだ――っ!」

 机をぶっ叩く輝夜。大量に開けられたビールの空き缶が一斉に踊る。
 仕事帰り。深夜のシェアハウスにて。
 三人は酒盛りをしていた。……正確には輝夜の憂さ晴らしに付き合っていた。

「人の弁当に脂ぎった指を突っ込んでくるんじゃなぇ……。食べられなくなるだろうが……。なんて真似しやがる。テロだろ、あんなん……」

 ふわふわ絨毯の上に足を崩して座り、ビール缶片手に机に突っ伏して泣いている。

 そんな輝夜の背を摩るのは友人の一人。聡里(さとり)だ。
 世話焼きで優しく、かなりの美男子。どんな話でも笑顔で頷き、いつも車道側を歩いてくれる。
 兄が欲しかった輝夜は何度か真面目に家に持って帰ろうと思った。

「あーよしよし。辛かったな。輝夜。でもこれ以上飲むな。明日が辛いぞ?」

 手からそっとビール缶を取り上げ、代わりにグラスに水を注いでくれる。

「ほら。飲むならこっち飲め」
「ゔゔ~」

 アルコールで顔が真っ赤な輝夜はごくごくと一気飲みする。

「ぷはーっ」
「おお……。良い飲みっぷり」

 ぱちぱちと無表情で拍手しているのはマッシュルームヘアが似合う、獄乃(ごくの)。
 いつも冷静で表情が乏しく、口が悪くおまけによく本音と建て前を言い間違える。
 しかし懐いた相手の後ろをちょこちょこついていく性質に加え、三人の中で一番背が低いこともあり、弟のようなポジションだ。――一番年上だが。
 そんな性格のため敵は多いが味方も多い獄乃は、ぺとっと輝夜にくっついてくる。

「元気出して。輝夜」

 酔っぱらっている輝夜はがばっと抱きしめる。

「うわああああっ! 獄乃おおぉ! うん! おれ、元気出じゅ!」
「酒臭い……」
「ろれつ回ってないぞ。輝夜。もう寝ろ。寝ちまえ」

 脇の下に手を入れ、上半身を持ち上げる。獄乃は自然と足の方を持ち上げてくれた。
 えっさほいさっと、ふたりで輝夜を寝室に運ぶ。
 『かぐや』と書かれたプレートが下がる扉を足で開け、竹柄のベッドに寝かせた。
 抱き枕を抱きしめ、輝夜はよだれを垂らす。
 熟睡しているようで安心した。

「ふう……」
「毎日。めんどくさい。輝夜。かわいそう」

 小柄な分、疲弊しているマッシュヘアにポンと手を置き、聡里は「そうだよなぁ……」と頭を掻く。

「花山にも困ったもんだぜ。あいつ最近しつこいし。何がしたいんだ?」
「好きな子にちょっかいかける。小学生」

 ずばっと言う獄乃に、顔を引きつらせる。

「はは……。まあ、気持ちは分からんでもない」

 よく寝ている輝夜の寝顔を見つめる。
 艶のある長い黒髪に男と思えない骨格。子どもの頃は当然のように女児に間違われていたし、聡里も小学生まで女の子だと本気で思っていた。間違わなかったのは両親と獄乃くらいだろう。

『獄乃はなんで、まちがえなかったんだ?』
『はあ? どう見ても男』

 小学生のその日以来、獄乃のことを尊敬している聡里だ。

「ガキの頃は防犯ブザー鳴らせばよかったが……。会社の上司に防犯ブザー鳴らすのって、良くない、よな? どう思う?」

 獄乃は両人差し指を立て、「ゲッツ」をした。

「火事の時に、押す赤いボタン。押す?」
「お前あれを防犯ブザーだと思ってんのか?」

 電気を消し、獄乃の手を握って部屋を出る。
 空き缶を片付け、テーブルを拭く。共同スペースなので誰が掃除売るとかは決まっていない。とはいえ、きれい好きの輝夜が率先してピカピカにしてくれているので、シェアハウスは男所帯と思えないほど片付いている。
 空き缶を捨てに行った獄乃が戻ってくる。

「お疲れ」
「聡里も」

 さて、俺らも寝るかと、聡里はううんと背伸びをする。

「なあ、獄乃。考えたんだけどさあ」
「うん?」

 聡里はぐっと拳を握る。

「路地裏に花山を連れ込んで、顔面陥没させるってのは、どうかな?」

 当然、獄乃は両腕でバッテンを作る。

「非効率。聡里。バイク持ってる。それで轢いた方が早い」

 聡里は真面目な顔で指をパチンッと鳴らした。

「――それだ」

 頷く獄乃。
 不幸にも、ツッコミを入れる輝夜は眠っていた。




 翌日。そのことを輝夜に話すと却下された。

「駄目に決まってんだろ! 聡里! お前がいながら犯罪に走るな」

 びしっと指を刺され、平謝りする聡里。

「面目ねぇ……。俺らも酔ってたっぽい」
「俺は大マジ」

 きりっと表情を引き締める獄乃のほっぺを掴んで伸ばす。

「「きりっ」じゃねえ! あほか! お前らが捕まったら俺は寂しいだろうが」

 輝夜にそう言われては獄乃も何も言えない様子。むぅ……とむくれるが引き下がる。
 高校、大学は別々だったが何の因果か、同じ会社に就職した三人。説明会で顔を合わせた時は三人とも口をあんぐり開けて固まった。
 スーツでなくとも出社オーケーな会社なため、輝夜も獄乃も私服。
 唯一スーツ姿の聡里は別次元の人間のようにキマッており、見慣れているはずの輝夜たちですらぽけーっと見惚れてしまいそうになることがある。暇なときはテレビではなく聡里を眺めている二人。居心地悪そうにしながらも慣れちゃった聡里は大人しく本を読んで観賞されている(休日の夜の過ごし方)。

 そんなイケメンは食堂のうどんにふぅふぅと息を吹きかけて冷ます。それだけであちこちから黄色い悲鳴が上がった。

「でも、輝夜だって困ってるだろ?」

 ずるるっと麺をすする聡里。俺もうどんにすればよかったかなと、輝夜は蕎麦のつゆにわさびを投入する。

「まあな。ていうか二人に申し訳ねぇよ。いっつも愚痴聞かせちまって……。俺が散らかした机の掃除もしてくれているんだろ?」

 はぁーと息を吐き額を押さえる輝夜に、マッシュルームヘアは首を振る。

「それは違う。俺たちは友達。そんなこと、気にしなくていい」
「獄乃の言う通りだ……。産まれた時からの付き合いだろうが。水臭いこと言うな。びっくりする」
「……」

 会社じゃなかったら「好きだあああ!」と叫びながら抱きついている。
 今日は会社の社員食堂にて昼食。
 三人分の食材を買って弁当にした方が安く済むのに。

「あの妖怪のせいで弁当作れないのが嫌……」

 泣きながら蕎麦をすする輝夜に、座高より高い海鮮天ぷら全部乗せのポセイ丼を食べている獄乃はひょいぱくひょいぱくと箸を止めない。

「俺も。輝夜のご飯。食べたい。聡里。早く轢いてきて」
「やめろ! 獄乃。聡里は冗談通じないとこがあんだぞ。知ってんだろ。言うな、そういうこと」
「むぅー」
「そんな可愛い顔をしても駄目です」

「よっ。輝夜。今日はここにいたのか」

 聞きたくもない声に、三人のテンションは地に落ちた。
 誰もそちらを見ないが、息を荒くした花山が走ってくる。輝夜を探し回っていたのか、顔が赤い。この人、初めは私服だったのに最近はスーツを着てきている。誰かに触発されたのだろうか。
 花山は通夜のような空気に気づかず、机の上を除きこむ。

「なんだなんだ。今日は弁当じゃないのか?」
「はあ……」

 ため息をついて腰に手を当てる。

「駄目だな、そんなんじゃ。怠けていたら腕が上がらないぞ? こういうのは毎日続けるのが大事だ」

 途切れさせている本人が言う。

「はあ……」
「ま、俺はそんなとこも受け止めてやれるが、輝夜も輝夜で努力しないとな? 俺に、愛想つかされちゃうぞ?」

 ばちこんと可愛くないウインクでハートを飛ばしてくる。獄乃がばしっと叩き落としてくれた。おい。変なものに触れるな。
 おしぼりで獄乃の手を拭きながら、輝夜はやっと花山の目を見た。

「どうぞ。尽かしてください」
「安心しろ。お前が俺に吊り合うようになるまで、待っててやるさ。さて、俺も飯にしようかな……」

 輝夜の隣に座りたいのか、邪魔者を見るように聡里を睨んでくる。聡里は知らん顔で油揚げを齧る。
 舌打ちし、花山は仕方なく獄乃の隣に座った。
 身体が横に大きいため、花山の腕が獄乃にぶつかる。

「おい。もっとそっちに寄れ」

 肘でぐいぐいと獄乃を押しのけようとしてくる。

「……狭い」

 「獄乃に何しとんじゃああ!」と食堂のグラスを投げようとしたが、未来予知していた聡里に手首を掴まれ阻止される。

「お。輝夜は蕎麦にしたのか。好きなの?」
「……はあ」
「俺は男らしくから揚げ定食にしたぞ? それに比べ」

 ちらっと聡里を見てにやける。

「駄目だなぁ。男がうどんなんぞ食ってちゃあ。顔だけで中身がひょろっひょろになるぞ。うどんみたいにな。はっはっはっ!」

 フォークを手にした獄乃が襲い掛かりそうになったが、未来予知した聡里がなんとか止めていた。
 二回ほど殺されかけていることに気づかない花山は、から揚げを一個、箸で摘まむ。

「ほら。輝夜。一個やるよ。あーん。口開けろ、ほれ」
「……いりません」
「遠慮するな。ほらっ。輝夜、ほら!」

 はあはあと荒い息。近づけられる油の匂いとよだれの付いた箸に、輝夜は本気で気分が悪くなった。

「すまん! 獄乃。蕎麦食っといて!」

 口元を押さえて走り去る輝夜に、聡里が可哀そうなものを見る目を向け、獄乃はずるずると蕎麦を美味しくいただく。

「ああ、輝夜……。あ。その蕎麦は俺がもらってやるよ。ふ、深い意味は無いけどさ」
「ごちそうさま」
「失礼します」
「あ! おい。お前らにも言いたいことがある。輝夜のゲロマズ飯についてだ」

 二人は道端の糞を見るような顔で振り返る。

「輝夜の料理は美味いですよ。身体のことも考えて作ってくれていますし。課長。舌の病院行った方が良いですって」

 花山は人差し指を立てて得々と説教する。

「お前らがそうやって甘やかすからいけない! 付き合って、結婚したときに苦労するのは輝夜だ。だが、その点俺なら素直に不味いと指摘してやることが出来る。そうすれば輝夜はもっと料理の腕を上達させられる。輝夜にもそう、伝えておけ」

 踏ん反り返る課長に、獄乃が頷く。

「はい。聡里と結婚するように伝えておきます」
「話聞いてたかっ⁉」
「行くぞ、獄乃。失礼します。花山課長」

 輝夜の分のお盆も持ち、キレ気味に聡里は席を立った。獄乃もついていく。
 食器を返しながら、聡里は肩を落とす。

「このままじゃ、俺、禿げるかも……」
「禿げても聡里はイケメン。ムカつく」

 横腹をつついてくる獄乃の頭をくしゃっと撫でる。女性社員と食堂のおじいちゃんがガン見してきた。

「このままじゃいけない。俺の頭髪のためにも。なにか考えないと……」

 真剣な聡里に、獄乃も頷いた。
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