無敵な女王様

慧野翔

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裏女王様の後悔 ※

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「……」

 目を覚ました俺は、すぐには自分が置かれている状況が理解出来なかった。

「ん……」

 隣りから声がして目を向けた途端、昨夜の出来事が一気に脳裏に甦ってくる。

「あ、俺……」

 亮太のこと……襲っちゃったんだ。
 不思議な感覚のまま、隣りで眠る亮太の顔を見つめる。

「……」

 その寝顔は、やっぱり昔から知っている亮太のものだった。
 そっとその髪に触れると、亮太が身じろぐ。
 一瞬起きるかと思ったが、亮太の規則正しい寝息が小さく聞こえてきたので、まだ起きる気配はないらしい。
 その幸せそうな顔で寝ている亮太の唇に、自然と俺の視線は引き寄せられた。

(亮太のやつ……結構、情熱的なんだな)

 そして、昨夜のことを思い出しついキスをしてしまった。

「あっ……」

 軽く唇が触れた瞬間、俺は我に返る。
 慌てて唇を離した俺は、亮太が起きていないことを確認すると急いでシャワー室へと消えた。
 中へ入りシャワーのお湯を頭から浴びながら、俺は気持ちを落ち着かせようとした。

(俺……今、何した?)

 自分のしたことが信じられなくて、指で唇に触れてみると、そこにははっきりと亮太の唇の感触が残っていた。

「んっ……」

 途端に俺は身体の中心に熱が集まるのを感じる。
 その感覚を確認するかのようにそこへと手を伸ばすと、俺自身が熱く変化を見せ始めていた。

「ぁ……」

 誘惑に負け、俺は両手でそこを包み込む。

「あっ……はぁ……」

 昨日も散々、亮太を相手に発散したっていうのに俺のそこはすぐに反応していく。

「んっ……亮太に、キスしただけで、こんな……ああっ」

 亮太のことを思い出した途端に、俺自身に一気に熱が集まってきた。

「あっ、嘘……熱っ……」

 まずいと思えば思うほど、俺の興奮はピークを迎える。
 手の動きを止めることが出来ない。

「あ、ああっ……亮太!」

 熱を解放する瞬間、俺の脳裏に過ぎったのは亮太の顔だった。
 解放の余韻に浸る間もなく、俺は急いでお湯で身体を綺麗にすると服を着て部屋へと戻る。
 ベッドで眠る亮太を見つめると、手首に残るベルトの後が痛々しい。
 俺は謝罪のメモを残すと、亮太を残してホテルを後にした。
 どんなに身体はすっきりしても気持ちは重くて、俺は正直どうやって家までたどり着いたかさえ覚えていない。
 気づくと俺は自分の部屋の中にいた。

「どうするかな……」

 とりあえず家に戻ったものの、俺はこれからどうするかを考えてはいなかった。
 さっきは咄嗟に亮太から逃げてきてしまったが、目を覚ました亮太がここに来るのも時間の問題だろう。
 たとえ今日、明日はどこかに泊まるにしても、月曜には嫌でも学校がある。
 亮太を避け続けるにも限界がある。

「何やってんだよ……俺……」

 今までずっと続いてきた幼馴染みの関係を、自分の手で壊すなんて。
 俺の性癖を知って、亮太が愛想をつかしたならまだいい。
 でも、今回は俺がノンケの亮太を襲うなんて……最低だ。
 あれだけ女の子や恋愛に真っ直ぐな亮太のことだし、男と寝たなんて絶対に傷ついたよな。

「はぁ……」

 俺は大きくため息を吐いた。
 男と寝て、こんなに後悔したのは今日が初めてだ。

「ん……?」

 ふと、伸ばした手の指先に何かが触れた。
 折り畳まれている紙を拾い、開いてみるとそこには誰かの電話番号が書かれていた。

「これって……」

 まったく見覚えのない電話番号に、俺は自分の記憶を辿ってみる。
 そして、ある一人の人物が浮かんできた。

「ナオか」

 そう、それは以前一度だけ寝たナオから渡されたあの紙だった。
 かけるつもりもなかったから、すっかり忘れていたのに、こんなタイミングで出てくるとはね。
 次の瞬間、俺は自分のスマホはテーブルに置き、紙と財布を持つと部屋を出て行った。
 それから数分後、俺は今ではほとんど使うことのない電話ボックス内にいた。
 ボタンを押し終えて、受話器を耳にあてると呼び出し音がなる。

『……もしもし?』

 少しすると、受話器から声が聞こえてきた。
 相手が誰だかわからないからだろうか、ちょっと警戒したような声のトーンだ。

「あっ、ナオ? 俺、カズだけど……覚えてる?」

 慌てて俺がそう告げると、受話器の向こうからナオの驚いた声が返ってきた。

『カズ? 本当に? かかってこないと思ってた』
「うん……」

 久しぶりに聞いたナオの声に、俺は何故だか無性に甘えたくなった。

「ナオ……」
『どうしたの? カズ』

 俺の沈んだ声のトーンに気づいたんだろう。
 ナオが気遣うように優しく聞いてきた。
 次の瞬間、俺はナオにすがるように告げていた。

「……俺のこと、めちゃくちゃにして」

 受話器の向こうで、ナオが息を飲んだのを感じた。
 馬鹿なことを言っている自覚は自分でもある。
 そんなことをしたって、俺が亮太を襲った事実は消えないし、許されるわけでもない。
 それでも、一時でも亮太を忘れられるなら俺は何にでもすがる思いだった。
 亮太と俺の繋がりが決定的に終わるその時まで、何も考えずにいたい……。
 俺の気持ちはまるで、死刑宣告をされた囚人のようだ。

『……この前のホテルの前で待ってて。これから俺も向かうから』

 俺の態度に何かを感じたらしいナオは、何も聞かずにそう言ってくれた。

「……わかった」

 俺はそれだけ答えると、ナオが通話を切ったのを確認してから受話器を置いた。


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