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うらにわのこどもたち3 空中楼閣
THE EMPRESS(3/3)
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日が落ち始めた施設内。
白雪の部屋に眠兎は立っていた。窓のない部屋の中に常夜灯だけが灯り、室内に擬似的な夕焼けを作っている。優しい空調の効いた室内。
「………………」
眠兎は黙って足元のぬいぐるみを掴む。部屋を埋めるぬいぐるみ達。柔らかくて心地良い手触り。この部屋のぬいぐるみはみんなそうだ。
脳裏に、自分が〝こども〟となった日の記憶が甦った。霞んだ視界。消毒液と薬品の匂い。随分と賢そうな子だねぇ、と先生は僕に名前を贈った。渡された眼鏡を通して見えた世界。とても愛おしそうに僕を見る、日野尾先生の瞳。間近で見る先生の瞳が瞬く度、瞳の色をとても綺麗だと思った。
掛けている眼鏡を触る。あの日貰った黒縁の眼鏡。真白がいくら飛びつこうが、懲罰室送りで殴られようが、どんな時も絶対にこの眼鏡だけは壊れないよう守り抜いた。
たったひとつ、名前と共に贈られる、こどもにとっての宝物。
それがどうだ。眠兎は白雪の部屋を見渡す。ここにある全てのものが、日野尾から白雪へと贈られたもの。
何も出来ないくせに。視力だってほとんどない。言葉もろくに話せない。自分の身の回りの事は何一つ満足に出来ないくせに、当たり前のように無条件で愛される存在。与えられた愛情を、当然であるかのように受け取る存在。抱きしめられ、可愛がられ、優しくされ、当人は甘ったるく笑うだけ。
眠兎は白雪を見る。「愛情の証明」である数多のぬいぐるみに埋もれ、幸せそうに寝息を立てる少女。
日野尾の顔がよぎる。スイカ割りの後、木陰で見た日野尾の眼差し。今日だけじゃない。日野尾が白雪に向ける眼差しはいつだって優しく、甘く、愛おしい。
どうしてこんな奴が〝こども〟として受け入れられるんだ。何も出来ないくせに。自分の方がずっとずっと優れた〝こども〟なのに。僕の方が賢い。僕の方が機転も利く。僕の方が知識もある。自分の方がずっとずっと愛される権利がある筈なのに。愛される価値がある筈なのに。
子供じみた嫉妬だと分かっている。それが尚更、眠兎の自尊心を傷付けた。
眠っている白雪の前に立つ。甘ったるい外見。甘ったるい表情。甘ったるい声。
こんな奴、死ねばいいのに。
衝動的に腹を蹴った。衝撃で白雪はひしゃげた声を上げる。唇からよだれを垂らし、彼女は何度が強く咳き込んだ。
そして――目を覚ました白雪は、楽しそうに声を上げて笑った。まるで、何事も無かったかのように。
「……馬鹿にしてんのかよ」
低く唸るように眠兎は呟く。白雪を見る瞳には確かな苛立ちが宿っていた。
「調子に乗るなよ、出来損ない」
憎悪に満ちた眠兎の声には応えず、白雪はきょろきょろと首を動かす。そして眠兎に顔を向けると、
「みと、くん、すきー」
甘ったるい声で一言、幸せそうに微笑んだ。
日が落ち始めた施設内。
白雪の部屋に眠兎は立っていた。窓のない部屋の中に常夜灯だけが灯り、室内に擬似的な夕焼けを作っている。優しい空調の効いた室内。
「………………」
眠兎は黙って足元のぬいぐるみを掴む。部屋を埋めるぬいぐるみ達。柔らかくて心地良い手触り。この部屋のぬいぐるみはみんなそうだ。
脳裏に、自分が〝こども〟となった日の記憶が甦った。霞んだ視界。消毒液と薬品の匂い。随分と賢そうな子だねぇ、と先生は僕に名前を贈った。渡された眼鏡を通して見えた世界。とても愛おしそうに僕を見る、日野尾先生の瞳。間近で見る先生の瞳が瞬く度、瞳の色をとても綺麗だと思った。
掛けている眼鏡を触る。あの日貰った黒縁の眼鏡。真白がいくら飛びつこうが、懲罰室送りで殴られようが、どんな時も絶対にこの眼鏡だけは壊れないよう守り抜いた。
たったひとつ、名前と共に贈られる、こどもにとっての宝物。
それがどうだ。眠兎は白雪の部屋を見渡す。ここにある全てのものが、日野尾から白雪へと贈られたもの。
何も出来ないくせに。視力だってほとんどない。言葉もろくに話せない。自分の身の回りの事は何一つ満足に出来ないくせに、当たり前のように無条件で愛される存在。与えられた愛情を、当然であるかのように受け取る存在。抱きしめられ、可愛がられ、優しくされ、当人は甘ったるく笑うだけ。
眠兎は白雪を見る。「愛情の証明」である数多のぬいぐるみに埋もれ、幸せそうに寝息を立てる少女。
日野尾の顔がよぎる。スイカ割りの後、木陰で見た日野尾の眼差し。今日だけじゃない。日野尾が白雪に向ける眼差しはいつだって優しく、甘く、愛おしい。
どうしてこんな奴が〝こども〟として受け入れられるんだ。何も出来ないくせに。自分の方がずっとずっと優れた〝こども〟なのに。僕の方が賢い。僕の方が機転も利く。僕の方が知識もある。自分の方がずっとずっと愛される権利がある筈なのに。愛される価値がある筈なのに。
子供じみた嫉妬だと分かっている。それが尚更、眠兎の自尊心を傷付けた。
眠っている白雪の前に立つ。甘ったるい外見。甘ったるい表情。甘ったるい声。
こんな奴、死ねばいいのに。
衝動的に腹を蹴った。衝撃で白雪はひしゃげた声を上げる。唇からよだれを垂らし、彼女は何度が強く咳き込んだ。
そして――目を覚ました白雪は、楽しそうに声を上げて笑った。まるで、何事も無かったかのように。
「……馬鹿にしてんのかよ」
低く唸るように眠兎は呟く。白雪を見る瞳には確かな苛立ちが宿っていた。
「調子に乗るなよ、出来損ない」
憎悪に満ちた眠兎の声には応えず、白雪はきょろきょろと首を動かす。そして眠兎に顔を向けると、
「みと、くん、すきー」
甘ったるい声で一言、幸せそうに微笑んだ。
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