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ゲーム脳は現代人の弊害です。

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「あれ?どうしたの高瀬君。なんかげっそりした顔してるけど」
「放っておいてください。今の私の残りHPはスライム以下なんです」
「スライム?なにそれ」と首をかしげた主任に、「え、本気で言ってますそれ?」と別の意味で驚愕しながら、スライムとは何かを滔々と説明し、そのままばたりと顔面からデスクにダイブする。
「今のでもうHPが尽きたので今日はこのまま早退させてもらっても………」
「いや無理でしょ」
ダメダメと首を振り、「仮病なら仮病って早く言ってよ。心配するからさぁ」と笑う。
それで話を終わりにしようとする主任に、リビングデッドと化した高瀬が顔を上げて一言。

「解せん」

そして再びバタリ。

「こらこら、起きて起きて。
……ってよく見ればげっそりして見えてるだけで肌ツヤはむしろよくなってないか?化粧品でも変えたの?」
赤ん坊みたいだねと、指先でツンツンと高瀬の頬をつつく。
「滲み出た私の女子力が……」
「そうやって半分死んでると女子力もそのHP以下にダダ下がりだからね?女子力高めな女性は男の前では死んでも気を抜かないっていうのが常識」
「それはなんという無理ゲーですか」
うつ伏せのままくぐもった声で絶望した。
普段から部長やら竜児達の前でさんざん醜態をさらしまくっている身としては、即座にゲームオーバーだ。
スペランカー並に即死する。
女子力ならぬ霊力なら有り余っているのだが、なんとか霊力と女子力を等価交換してもらえないものだろうか。
むしろ等価でなくても構わない。
「まぁ高瀬君の場合は別にそのままと思うけどさ。その抜けてるわりに妙にあざといところとか、高瀬君らしくて可愛いと思うし。…谷崎だってそう思ってるんじゃないかな」
「マニアな部長はともかく、男の人の"そのままの君が好き"って言葉は、絶対信用しちゃいけないって中塚女史が言ってました」
甘い言葉は悪魔の罠らしいと神妙な顔でいえば、なんとも言えない表情の主任。
「……なんでそういうところだけ妙な知識をつけてんの、君?」
「乙女の嗜みだそうです」
折角のフォローを台無しにして申し訳ないが、女子力はなくとも社会人としての常識くらいは多少はあるのであしからず。
そして社会人としては、いくら二人きりとは言えいつまでも会社でだらけているわけにはいかないのだが。
「んで?その肌艶のよさはもしかして、また例の彼の家から出社してきた?彼なら化粧品も一流品を用意してるでしょ」
ばれてーら。
主任の呆れ顔が心に痛い。
とりあえず「ご想像にお任せします」と言葉を濁すが、当然誤魔化されてくれるはずもなし。
「着々と外堀を埋めに来てるな…」
「?」
「うん、こっちの話だから」
「はぁ…」
納得がいかないまでも、傍目に見てわかるほど効果が出たらしい竜児宅のスキンケア化粧品にはビックリだ。
竜児が某有名百貨店の化粧品部門の店員に「女性用の基礎化粧品を一揃え用意してくれ」といって用意させたというの代物なのだが、その一つ一つが高瀬の普段遣いの化粧品よりゼロが二つくらい多く付いているらしい。
入れ物の瓶もびっくりするほど繊細で、ただの使い捨てとは思えないものが多かった。
それを見るたびに思う。
「高級な化粧品って、なんか上級回復ポーションみたいな入れ物に入ってますよね……」
瓶の感じとか、無駄に高そうな……と呟きながらノロノロ顔をあげた高瀬。
そこでようやく主任と顔を見合せ、真顔で本音をこぼす。
「主任、女子力を上げるポーションってどこかで買えたりしませんかね?」
「そこは自力でなんとかしなさい」
「えー………」 
速攻で現実を突きつけられた挙げ句、「そういえばここに確か……」と主任のデスクから差し出されたのは1本の栄養ドリンク。
「ユンケル飲む?貰い物だけど」
「滋養強壮はついても女子力は限りなくゼロになりませんか、それ」
「効くよ?徹夜明けとか」
確かにある意味大人のポーションではあるかもしれないが。
「これじゃない感がひどい」
「文句言わないの」
ほら、と押し付けられてつい受け取ってしまった栄養ドリンクの瓶は、女子力とは真逆の存在感を堂々アピールしていて切ない。
女子力高めな大人の女性とはこんな時一体何を飲むのが正解なのか、切実に誰か教えてほしい。
「まぁ冗談はそこまでにして…」
ようやくなんの実りもない謎の会話を終了させた二人は、今日1日のスケジュール確認をまず行った。

「部長はまた社長室ですか?」
「いや、今日は一件得意先に挨拶してから来るってさ。今朝連絡があったよ」
「部長が自らですか?珍しいですね」
「だねぇ」
出社前に営業活動とは、高瀬が勤め始めてから初のことではなかろうか。
普段は出社後に主任や高瀬、中塚女子などを伴って外出することが多い。
まぁ配属間もない高瀬の場合、顔見せがてら主任の補佐としてくっついているだけで大した役にはたたないのだが、それでもお仕事はお仕事だ。
「でもお昼前に戻ってくるって話だから、例の話し合いには支障ないってさ」
「了解です」
なら問題はない。軽く返事をする高瀬に、意外そうな顔をしたのは主任だ。
「あれ?昨日あんなに嫌がってた割には今日はあっさりしてるじゃない。仮病使ってまで逃げようとしているのかと思ってたけど?」
「さっきのは朝からレベルMAXの魔王と対峙してきた疲労によるもので、決して仮病じゃありません」
不名誉な誤解であると断固否定したい。
「魔王と対峙…?高瀬君、朝からまたなんかやったの?」
「私がやらかす前提なのは納得いきませんが、まぁいろいろあったんですって…」
不可抗力という言い訳が竜児に通用するはずもなく、結局あれから一時間近い尋問に耐えるはめになった。
解放後、コーヒーを飲む余裕すらなく時間に追われて出社してきたのだから、そこはむしろ労ってほしいくらいだ。
朝からあまり思い出したくない記憶だが、そういえば例の夢に関しては、主任にも話しておいたほうがいいかもしれない。
きっかけとしては丁度いいと、簡単に事情を説明する。
竜児の家に泊まったことは最早周知の事実となりつつあるが、それはまぁいい。
「実は昨日変な夢を見まして。その件についてちょっと…」
「…夢?」
「ええ。多分今回のことにも関係してると思うんですけど…」
長い話だし、二度手間になるのも面倒だ。
部長が帰ってきてから詳しく話すといえば、主任が了解して相づちを返す。
「わかった。私語もいい加減にしないとね。いつまでも職務放棄してるわけにもいかないし、谷崎の奴が戻るまで、こっちもとりあえず通常業務に戻るとしよう」
「私は今日どうすればいいですか?」
「あぁ、高瀬君がいない間に溜まった書類作成の業務とかあるから、そっちお願い」
「わかりました。……今日はレンタルはなしってことですよね?」
「うん。あっちも落ち着いたと思うし、いつまでも高瀬君を貸し出す訳にはいかないからさ」
君はうちの大事な戦力なんだし、と言われてちょっと胸が高鳴る。
頼りにされるというのは嬉しいものだ。
寺尾のおばさんが戻ってきているというのならどんな様子なのか気になるところだが、それは後で確認すればいいだろう。
どちらにせよ、差し迫った問題は今日の話し合いだ。
「まったく、こっちだって暇なわけじゃないのに、社長命令だからね…」
「業務外の余計な時間を取られるわけですから、部長が来る前にちょっとでも他の仕事も進めておかないと後でまずいですもんね」
「高瀬君もしっかりしてきて嬉しいよ」
「私は誉められて伸びる子なのでもっと言ってください」
「はいはい、あんまり調子に乗らないようにね。さ、仕事仕事」
釘を刺され、高瀬も了解ですといい子のお返事を返す。
よし、ここはできる子高瀬ちゃんである所をお見せしよう。
誉められて伸びるタイプであると同時に、実は仕事とプライベートは本来分けて考える質なのです。


さぁ、ここからはお仕事の時間だ。
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