わらしな生活(幼女、はじめました)

隆駆

文字の大きさ
199 / 290

???

しおりを挟む
「あれ?そういえばアレク君は?」
現れた時も突然だったが、気づけば既にいなくなっている。
「飼い主のところでも戻ったんじゃねぇの?」
「ってことは部長の………」
言いかけたところで、突然部屋のドアがドンドンと叩かれた。
「及川君!!」
そして顔を見せる部長たち御一行。
鍵を開ける音もしなかったが……あれ?
「……ラブホってオートロックじゃなかったっけ?」
「いちいち面倒くさいから今日はオーナーに全室解除してもらってあるんだよ。
普段は部屋に入ったら自動的に締まる仕組みだな。金を払わないと外に出られない」
「なるほど」
そういう仕組みだったのか。多分今後も使うことのない知識だが、ちょっと大人になった気分。
そんな事を言っている間にも、なだれ込んできた部長達は、すぐに高瀬たちに目を留め――――なぜかぴたりと足が止まった。
「ん?」
なんで止まったのか。
不思議に思って首をかしげたところで、部長のすぐ後ろに立っていた主任が代表して口を開いた。
「高瀬君、ちょっと質問があるんだけど」
「はぁ」
何をいまさらそんなかしこまって。
……と、思ったら。
「そこの耳付きコスプレの変態、誰?」
「え」
指をさしたのは高瀬のすぐ後ろ。
そこにいるのは勿論――――。
「………マルちゃんです」
「はい?」
「だから、例のマルちゃんです」
「マルちゃんって…。たしか高瀬君が手懐けた白狐の名前だったはずだろ……?」
「だからそのマルちゃんです」
なぜか人化してますが。
自己紹介時くらい自分でしなさいとマルちゃんを前面に押し出してみるが、当の本人は先程までのショボンとした態度をすっかり捨て去り、「なぜ我がそのようなことをせねばならぬのです」といかにも不満げだ。
「その尻尾刈り取るよ?」
『キャンッ!!』
「あ、変態が狐になった……」
高瀬の脅しに屈し、人型を捨てたマルちゃんを感心したように見下ろす主任。
というか、あれ?
「もしかしてみんな……見えてます?」
部長はいい。まぁ当然だ。
主任は微妙なラインだが、ありえなくはないところ。
問題は後ろの二人。
「……及川さん……?」
「あい」
中塚女史に名を呼ばれたので、とりあえず素直に返事をしてみた。
やはり見えているらしい。
驚いてはいるようだが、なんだか心なしか嬉しそう。
腕がわきわきと動いている。
これは子供好きと見たぞ。
「抱き上げてもいいかしら……」
「合点承知!!」
恐らく尋ねたわけではなく独り言のつもりだったのだろうが、しっかり聞こえた高瀬は迷いなく中塚女子の腕の中に飛び込む。
「あらあら。随分可愛らしくなったのねぇ、及川さん」
慣れた手つきで高瀬を抱き上げると、ふふふと笑う中塚女子。
どうやら突然幼女になった同僚に対する疑問だとか、そういうものはとりあえず無視することにしたらしい。
「懐かしいわ……。昔は保育士なるのが夢だったのよねぇ……」
「中塚女史の保育士……!!園児にモテモテですね!」
むしろ園児が羨ましい!と胸に抱きついたままハイテンションの高瀬。
部長は完全に呆れ顔、主任はマルちゃんをつついて何やら弄んでいる様子。
ここで残されたのはあと一人。
「……ちょっと……!!」
「あ」
「何を当たり前のような顔をしてるの!?人が狐に化けたり……!!挙句の果てにそれが及川さんですって……!?」
和やかなムードの中、ひとり取り残された矢部先輩がお冠でした。
よく見れば、その足元にはなぜかアレク君が。
少し困った顔をして矢部先輩を見上げている。
「そうだよなぁ。これが普通の反応だよなぁ」
うんうん、と頷いているのは賢治だ。
そういえば矢部先輩、中塚女史とケンちゃんとは初対面だったなと今思い出す。
「あ、あなたは……?」
自分達以外の存在がそこにいたことにようやく気づき、顔のいい賢治相手にやや戸惑った様子を見せる矢部先輩。
やっぱり面食いか、矢部先輩。
「俺はタカ子の幼馴染だよ。
あんたをここに連れてくるように頼んだのも俺だけどな」
「……あなたが……?」
何を想像したのか、矢部先輩の顔にほんの少しの赤みがさす。
「タカ子、って……」
「そこにいる及川高瀬の事だよ。そっちの姉さんにも一回挨拶をしようとは思ってたんだ。うちのがだいぶ世話になってるみたいだしな」
「あら……」
そっちの姉さん、とは言わずもがな中塚女史のことである。
また話からハブられ、ちょっと悔しそうな矢部先輩。
だが、高瀬が中塚女史に懐いていることは普段から一目瞭然のため、文句も言えないのだろう。
というか、矢部先輩に何かを世話された記憶がそもそもない。
「中塚先輩、うちのケンちゃんです!便利屋やってます!優秀です!」
「ふふふ……うちの、ね。まるで夫婦みたいね、あなた達。
便利屋さんのことは話には聴いてるわ。調査の件ではむしろ私のほうがお礼位を言わなくちゃね……」
「あれは役に立ったかい?」
「ええ、勿論」
抱き上げられたまま、頭上で会話を繰り広げる二人。
「……あ、そっか」
中塚女史の背中に手を回した状態で、高瀬がぽんと手を叩く。
そういえば、竜児を介して中塚先輩と賢治には繋がりがあったんだ。
「直接お会いするのは初めてね」
「だな。御用の際は今後もどうぞご贔屓に」
営業スマイルを浮かべるケンちゃん。
そうか、ケンちゃんにとっては中塚女史は顧客ということになるのか。
となると、全くの無関係なのは矢部先輩ただひとり。
「部長っ!!何なんですか、この人たちはっ!!」
とうとう切れた矢部先輩が部長の腕を掴む。
こらこら部長。あからさまに面倒そうな顔をしないであげてっ!!
主任もっ!いつまでマルちゃんで遊んでるつもりですかっ!!

「なんて自由な人たちなんだ……」
思わずぼそりとつぶやけば、「一番自由なのはあなたよね、高瀬さん」と中塚女史に笑われた。
返す言葉がございません。
むしろ申し訳ございませんっ!!
流石に恥ずかしくなったので、「そろそろちょっと…」と断りを入れて、中塚女史の胸からずるずると地面に降りる。
すると、主任の魔の手から逃れたマルちゃんが直ぐに飛びついてきて後ろに隠れた。
主だなんだと言いながら、マルちゃんは人を盾にしすぎだと思う。
なので。
「中塚先輩、狐とかどうですか」
「好きよ、動物全般」
「そういえば前にそんな話してましたもんね」
あれはハムちゃんが部長に取り付き始めた頃だから、もう随分昔のことのように思えるが……。
実際まだ半年も過ぎていなかった。
ここのところやたら密度の高い日々を送っているのは気のせいだろうか?
「んじゃ、どうぞ」
『キャンッ!?』
速攻でマルちゃんを差し出すと「野生のキツネの割にはなんの匂いもしないのね」と言いながら躊躇いなくマルちゃんの頭を撫でる中塚女史。
「ちょっと……あなたそれ……」
ひきつった表情を浮かべるのは矢部先輩。
ある意味一番冷静ともいえるが、嬉しそうな中塚女史は勿論、マルちゃんも満更でもなさそうだ。
「手触りもいいのね。白狐なんて素敵だわ」
褒められ、表情は変わらずとも増えたしっぽ尻尾が左右にブンブンと振られている。
意外と単純な奴だった。
これまでもずっとマルちゃんは中塚女史に取り憑いていたはずなのだが、その姿を視認されることはなかった。
存在を認められるということが意外と嬉しいのかもしれない。
しかも認識どころか触れることすら出来ている。

――――でもこれ、どういうこと?

「ん~?」
唸りながらも高瀬はとりあえずてくてくと全員の中心に立つと、こてんとその小さな頭を横に傾げる。

「――――今更ですけど。なんでみんな、私やマルちゃんが見えてるんですか?」
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...