わらしな生活(幼女、はじめました)

隆駆

文字の大きさ
283 / 290

比丘尼塚伝説編⑥

しおりを挟む
「………!!!」

人は激しいショックを受けた時、リアルに打ちひしがれるものらしい。
畳の上に突っ伏し、完全に固まってしまった問題の僧侶。
その広がった袈裟の裾を持ち上げ、もぞもぞとくぐって遊ぼうとするピーちゃんにも、なんの反応も見せない。

ちなみにハム太郎はといえば、その肩口につかまったまま、「おつかれ」とでも言いたげにその背中をぽんぽん……ってこらハムちゃん!
小動物にまで同情されたって余計にショック受けてる、燃え尽きてるからっ!!


「ほらタカ子、ゲンゴロウだ、ゲンゴロウ。
いくら十年ぶり近いとは言え、流石に名前くらい覚えてるだろ?」
「……げんごろう」

見かねた賢治のフォローが入るが、正直全く覚えがない。
というか、ゲンゴロウってなんだ。
いくらあだ名にしても趣味が悪すぎる。
しかも見るからにお坊さんな相手を「虫」呼ばわりするのはちょっと…………。

「…………ん?」

待てよ。お坊さん?ん?今なんか………。
忘れていた記憶が、不意にぽんと脳裏に浮かび上がって来る。

「………ゲンゴロウ、お坊さん、十年ぶり………」

賢治の口ぶりからして、おそらく昔馴染みの一人なのは間違いないだろう。
高瀬、賢治、竜児の共通の知り合いで、お坊さんに関係がありそうな人物といえば……。

「……………まさか、源太郎?」

半信半疑に心当たりのある名前を呟いた瞬間、パッと輝いたその瞳。

「思い出したのか………!?」

期待に輝くまっすぐな瞳。
勢い込んだその顔に、確かな知人の面影を見つけた高瀬は、ようやくそれが誰があるのかを確信した。

間違いない、これはだ。

それと同時に気になることがひとつ。
視線の先は、男性にしては長めなその頭髪。

「―――源太郎、お坊さんなのになんで頭剃ってないの?」
「すっかり忘れといて十年ぶりの挨拶がそれか」
「いやごめんつい気になって」

がっくりと肩を落とす有髪僧は、ガシガシとその髪をかきあげ、「変わってないな、お前は」と諦めの溜息を吐いた。

彼の名は山王源太郎さんのうげんたろう
幼稚園、小学校と共に過ごし、母親の離婚を機に中学の途中で学外へと引っ越していった、高瀬達三人のかつての友人の1人。
ちなみに『ゲンゴロウ』というあだ名をつけたのは高瀬ではなく実は賢治。
賢治のあだ名の「ケンちゃん」と源太郎の昔のあだ名、「ゲンちゃん」が被って紛らわしいからと言うのがその理由だ。
しかしつけるにしても微妙なこのネ―ミングセンス。
当然ながら本人は最後までこのあだ名を否定したがっていたのだが、その名前をあえて十年ぶりのこの場で呼ぶあたり、賢治もなかなか人が悪い。
まぁ、お陰で名前を思い出せたわけなのだが。

「いやぁ、ごめんね源太郎?忘れてた訳じゃないんだけど、ついうっかり記憶の片隅に追いやられてて思い出すのに時間がかかったと言うか………」
「それはうっかりじゃなく、、の間違いだ」
「あはははは」

正論ごもっともです。

「うまいこと言うね源太郎。あ、座布団いる?」
「――――いらん!まったくお前と言う奴は本当に……」
「成長してなくて申し訳ない」

合掌、と両手をあわせて即座に頭を下げる高瀬。

「まぁまぁゲンゴロウ落ち着けよ。
せっかくタカ子も思い出したことだしさ」

な?と横から口を挟んできた賢治をじろりと睨み、「誰がゲンゴロウだ、おい」と不満も顕な源太郎。
ついでとばかりにすっかり傍観者気取りの竜児を指さし、「そもそもだな、昔からお前たちが甘やかすからこいつがーーーー」とすっかり説教モード発動。

あぁうん、なんかこんなんだったこんなんだった。

実家が寺だけあって、根っから生真面目な源太郎。
正面からガミガミと説教を喰らいつつ、まったく悪びれない二人の態度も昔からなんら変わりない。
いつだって、「反省?なにそれおいしいの?」レベルな二人に、真正面から挑んでいくのは源太郎くらいなものだった。

今思えば本当に懐かしい。

「感動の再会だね、うん」

完全に見知らぬ人だと思っていたら、実はそれが小学校時代の同級生だったというオチ。
非難の謗りは甘んじ受けるが、人間誰しも過ちはある。
これはちょっとした度忘れだ。はは。

「しかもよく見たら全然変わってないね、源太郎。その格好してるってことは、実家のお寺を継いだんでしょ?」
「――顔を忘れてた癖にうちの家業は覚えてたのか」
「だからごめんて」

いい加減根に持つのは止めて欲しいと白旗をあげた高瀬に、ようやく多少の溜飲をさげたのか、どかりとその場にあぐらをかいて座り込む源太郎。
そのままもう一度背後の二人をジロリと睥睨し、発したのは重々しい一言。

「…………どっちだ」
「?」

どっち、とは?

その急すぎる言葉の意味が分からず、きょとんと首を傾げる高瀬。
その仕草に苛立ったのか、バンバンと畳を叩きながら背後の二人を指差す源太郎。

「……だから、どっちがお前の娘の父親かってきいてんだよ!!」

………………なぬ?

「…父親?」

はて、なんのことだ。

そこでピ―ちゃんを娘と勘違いしているのでは?と気づくまでに約3秒。
その沈黙の間に、部屋の隅で遊んでいたピーちゃんがとことこと場所を移動。

「と―たま」
「…………………!!」

そういって袖を掴んだ相手は誰あろう竜児その人。

いや、竜児。
「よく出来ました」じゃなくて。

「と―さま………?それって父………ま、マジか……竜児とうとうお前…………」

悪ふざけを真に受け、何故かわなわなと震える源太郎。

「何を驚いているか知りませんが、僕が父親で何か問題でも?」

竜児は珍しく御機嫌で、近寄ってきたピ―ちゃんを抱き上げ、良きパパアピール。
源太郎の誤解を解くどころか、これでは完全に自分が父親だと認めてしまっている。

まったく、性質の悪い悪戯だ。

だが、そこで更なる物議を醸し出させるのが問題児たるピ―ちゃん。
竜児の腕に抱かれたまま、今度は賢治の方を指差し、更に「ぱぱ」と。

「……………ぱぱ!?」

ピ―ちゃんの確信犯的なデマに翻弄され、完全に混乱する源太郎。

「ぱぱ」と呼ばれた賢治はといえば、「さすがタカ子から生まれただけあるなぁ」と妙に感心した様子でピーちゃんの頭を撫でており、特にそれを否定もせず。
「生まれた」とか、紛らわしい言い方は絶対にわざとであると高瀬は確信した。

父親二人に娘が一人。
明らかに家族としてはおかしいが、妙にしっくり来るのは何故だ。

「……う~ん」

どうしよう、ここから。

最早誰も誤解を解く気がないこの場で、どうやって真実を告げたらいいののだろうかと悩む高瀬。

当然ながら完全に誤解した源太郎が、目の前に広がる偽アットホームな光景を前に、「及川まさかお前…………」と震える声でごくり唾を飲む。

そして覚悟を決めたように叫んだセリフは妙な悲壮感に満ちていた。

「お前ら3人、そういう関係に………!?」
「……やっばり?」

なんだろう。ものすごく不穏な気配がします。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...