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比丘尼塚伝説編⑥
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「………!!!」
人は激しいショックを受けた時、リアルに打ちひしがれるものらしい。
畳の上に突っ伏し、完全に固まってしまった問題の僧侶。
その広がった袈裟の裾を持ち上げ、もぞもぞとくぐって遊ぼうとするピーちゃんにも、なんの反応も見せない。
ちなみにハム太郎はといえば、その肩口につかまったまま、「おつかれ」とでも言いたげにその背中をぽんぽん……ってこらハムちゃん!
小動物にまで同情されたって余計にショック受けてる、燃え尽きてるからっ!!
「ほらタカ子、ゲンゴロウだ、ゲンゴロウ。
いくら十年ぶり近いとは言え、流石に名前くらい覚えてるだろ?」
「……げんごろう」
見かねた賢治のフォローが入るが、正直全く覚えがない。
というか、ゲンゴロウってなんだ。
いくらあだ名にしても趣味が悪すぎる。
しかも見るからにお坊さんな相手を「虫」呼ばわりするのはちょっと…………。
「…………ん?」
待てよ。お坊さん?ん?今なんか………。
忘れていた記憶が、不意にぽんと脳裏に浮かび上がって来る。
「………ゲンゴロウ、お坊さん、十年ぶり………」
賢治の口ぶりからして、おそらく昔馴染みの一人なのは間違いないだろう。
高瀬、賢治、竜児の共通の知り合いで、お坊さんに関係がありそうな人物といえば……。
「……………まさか、源太郎?」
半信半疑に心当たりのある名前を呟いた瞬間、パッと輝いたその瞳。
「思い出したのか………!?」
期待に輝くまっすぐな瞳。
勢い込んだその顔に、確かな知人の面影を見つけた高瀬は、ようやくそれが誰があるのかを確信した。
間違いない、これは彼だ。
それと同時に気になることがひとつ。
視線の先は、男性にしては長めなその頭髪。
「―――源太郎、お坊さんなのになんで頭剃ってないの?」
「すっかり忘れといて十年ぶりの挨拶がそれか」
「いやごめんつい気になって」
がっくりと肩を落とす有髪僧は、ガシガシとその髪をかきあげ、「変わってないな、お前は」と諦めの溜息を吐いた。
彼の名は山王源太郎。
幼稚園、小学校と共に過ごし、母親の離婚を機に中学の途中で学外へと引っ越していった、高瀬達三人のかつての友人の1人。
ちなみに『ゲンゴロウ』というあだ名をつけたのは高瀬ではなく実は賢治。
賢治のあだ名の「ケンちゃん」と源太郎の昔のあだ名、「ゲンちゃん」が被って紛らわしいからと言うのがその理由だ。
しかしつけるにしても微妙なこのネ―ミングセンス。
当然ながら本人は最後までこのあだ名を否定したがっていたのだが、その名前をあえて十年ぶりのこの場で呼ぶあたり、賢治もなかなか人が悪い。
まぁ、お陰で名前を思い出せたわけなのだが。
「いやぁ、ごめんね源太郎?忘れてた訳じゃないんだけど、ついうっかり記憶の片隅に追いやられてて思い出すのに時間がかかったと言うか………」
「それはうっかりじゃなく、すっかり忘れてた、の間違いだ」
「あはははは」
正論ごもっともです。
「うまいこと言うね源太郎。あ、座布団いる?」
「――――いらん!まったくお前と言う奴は本当に……」
「成長してなくて申し訳ない」
合掌、と両手をあわせて即座に頭を下げる高瀬。
「まぁまぁゲンゴロウ落ち着けよ。
せっかくタカ子も思い出したことだしさ」
な?と横から口を挟んできた賢治をじろりと睨み、「誰がゲンゴロウだ、おい」と不満も顕な源太郎。
ついでとばかりにすっかり傍観者気取りの竜児を指さし、「そもそもだな、昔からお前たちが甘やかすからこいつがーーーー」とすっかり説教モード発動。
あぁうん、なんかこんなんだったこんなんだった。
実家が寺だけあって、根っから生真面目な源太郎。
正面からガミガミと説教を喰らいつつ、まったく悪びれない二人の態度も昔からなんら変わりない。
いつだって、「反省?なにそれおいしいの?」レベルな二人に、真正面から挑んでいくのは源太郎くらいなものだった。
今思えば本当に懐かしい。
「感動の再会だね、うん」
完全に見知らぬ人だと思っていたら、実はそれが小学校時代の同級生だったというオチ。
非難の謗りは甘んじ受けるが、人間誰しも過ちはある。
これはちょっとした度忘れだ。はは。
「しかもよく見たら全然変わってないね、源太郎。その格好してるってことは、実家のお寺を継いだんでしょ?」
「――顔を忘れてた癖にうちの家業は覚えてたのか」
「だからごめんて」
いい加減根に持つのは止めて欲しいと白旗をあげた高瀬に、ようやく多少の溜飲をさげたのか、どかりとその場にあぐらをかいて座り込む源太郎。
そのままもう一度背後の二人をジロリと睥睨し、発したのは重々しい一言。
「…………どっちだ」
「?」
どっち、とは?
その急すぎる言葉の意味が分からず、きょとんと首を傾げる高瀬。
その仕草に苛立ったのか、バンバンと畳を叩きながら背後の二人を指差す源太郎。
「……だから、どっちがお前の娘の父親かってきいてんだよ!!」
………………なぬ?
「…父親?」
はて、なんのことだ。
そこでピ―ちゃんを娘と勘違いしているのでは?と気づくまでに約3秒。
その沈黙の間に、部屋の隅で遊んでいたピーちゃんがとことこと場所を移動。
「と―たま」
「…………………!!」
そういって袖を掴んだ相手は誰あろう竜児その人。
いや、竜児。
「よく出来ました」じゃなくて。
「と―さま………?それって父………ま、マジか……竜児とうとうお前…………」
悪ふざけを真に受け、何故かわなわなと震える源太郎。
「何を驚いているか知りませんが、僕が父親で何か問題でも?」
竜児は珍しく御機嫌で、近寄ってきたピ―ちゃんを抱き上げ、良きパパアピール。
源太郎の誤解を解くどころか、これでは完全に自分が父親だと認めてしまっている。
まったく、性質の悪い悪戯だ。
だが、そこで更なる物議を醸し出させるのが問題児たるピ―ちゃん。
竜児の腕に抱かれたまま、今度は賢治の方を指差し、更に「ぱぱ」と。
「……………ぱぱ!?」
ピ―ちゃんの確信犯的なデマに翻弄され、完全に混乱する源太郎。
「ぱぱ」と呼ばれた賢治はといえば、「さすがタカ子から生まれただけあるなぁ」と妙に感心した様子でピーちゃんの頭を撫でており、特にそれを否定もせず。
「生まれた」とか、紛らわしい言い方は絶対にわざとであると高瀬は確信した。
父親二人に娘が一人。
明らかに家族としてはおかしいが、妙にしっくり来るのは何故だ。
「……う~ん」
どうしよう、ここから。
最早誰も誤解を解く気がないこの場で、どうやって真実を告げたらいいののだろうかと悩む高瀬。
当然ながら完全に誤解した源太郎が、目の前に広がる偽アットホームな光景を前に、「及川まさかお前…………」と震える声でごくり唾を飲む。
そして覚悟を決めたように叫んだセリフは妙な悲壮感に満ちていた。
「お前ら3人、やっばりそういう関係に………!?」
「……やっばり?」
なんだろう。ものすごく不穏な気配がします。
人は激しいショックを受けた時、リアルに打ちひしがれるものらしい。
畳の上に突っ伏し、完全に固まってしまった問題の僧侶。
その広がった袈裟の裾を持ち上げ、もぞもぞとくぐって遊ぼうとするピーちゃんにも、なんの反応も見せない。
ちなみにハム太郎はといえば、その肩口につかまったまま、「おつかれ」とでも言いたげにその背中をぽんぽん……ってこらハムちゃん!
小動物にまで同情されたって余計にショック受けてる、燃え尽きてるからっ!!
「ほらタカ子、ゲンゴロウだ、ゲンゴロウ。
いくら十年ぶり近いとは言え、流石に名前くらい覚えてるだろ?」
「……げんごろう」
見かねた賢治のフォローが入るが、正直全く覚えがない。
というか、ゲンゴロウってなんだ。
いくらあだ名にしても趣味が悪すぎる。
しかも見るからにお坊さんな相手を「虫」呼ばわりするのはちょっと…………。
「…………ん?」
待てよ。お坊さん?ん?今なんか………。
忘れていた記憶が、不意にぽんと脳裏に浮かび上がって来る。
「………ゲンゴロウ、お坊さん、十年ぶり………」
賢治の口ぶりからして、おそらく昔馴染みの一人なのは間違いないだろう。
高瀬、賢治、竜児の共通の知り合いで、お坊さんに関係がありそうな人物といえば……。
「……………まさか、源太郎?」
半信半疑に心当たりのある名前を呟いた瞬間、パッと輝いたその瞳。
「思い出したのか………!?」
期待に輝くまっすぐな瞳。
勢い込んだその顔に、確かな知人の面影を見つけた高瀬は、ようやくそれが誰があるのかを確信した。
間違いない、これは彼だ。
それと同時に気になることがひとつ。
視線の先は、男性にしては長めなその頭髪。
「―――源太郎、お坊さんなのになんで頭剃ってないの?」
「すっかり忘れといて十年ぶりの挨拶がそれか」
「いやごめんつい気になって」
がっくりと肩を落とす有髪僧は、ガシガシとその髪をかきあげ、「変わってないな、お前は」と諦めの溜息を吐いた。
彼の名は山王源太郎。
幼稚園、小学校と共に過ごし、母親の離婚を機に中学の途中で学外へと引っ越していった、高瀬達三人のかつての友人の1人。
ちなみに『ゲンゴロウ』というあだ名をつけたのは高瀬ではなく実は賢治。
賢治のあだ名の「ケンちゃん」と源太郎の昔のあだ名、「ゲンちゃん」が被って紛らわしいからと言うのがその理由だ。
しかしつけるにしても微妙なこのネ―ミングセンス。
当然ながら本人は最後までこのあだ名を否定したがっていたのだが、その名前をあえて十年ぶりのこの場で呼ぶあたり、賢治もなかなか人が悪い。
まぁ、お陰で名前を思い出せたわけなのだが。
「いやぁ、ごめんね源太郎?忘れてた訳じゃないんだけど、ついうっかり記憶の片隅に追いやられてて思い出すのに時間がかかったと言うか………」
「それはうっかりじゃなく、すっかり忘れてた、の間違いだ」
「あはははは」
正論ごもっともです。
「うまいこと言うね源太郎。あ、座布団いる?」
「――――いらん!まったくお前と言う奴は本当に……」
「成長してなくて申し訳ない」
合掌、と両手をあわせて即座に頭を下げる高瀬。
「まぁまぁゲンゴロウ落ち着けよ。
せっかくタカ子も思い出したことだしさ」
な?と横から口を挟んできた賢治をじろりと睨み、「誰がゲンゴロウだ、おい」と不満も顕な源太郎。
ついでとばかりにすっかり傍観者気取りの竜児を指さし、「そもそもだな、昔からお前たちが甘やかすからこいつがーーーー」とすっかり説教モード発動。
あぁうん、なんかこんなんだったこんなんだった。
実家が寺だけあって、根っから生真面目な源太郎。
正面からガミガミと説教を喰らいつつ、まったく悪びれない二人の態度も昔からなんら変わりない。
いつだって、「反省?なにそれおいしいの?」レベルな二人に、真正面から挑んでいくのは源太郎くらいなものだった。
今思えば本当に懐かしい。
「感動の再会だね、うん」
完全に見知らぬ人だと思っていたら、実はそれが小学校時代の同級生だったというオチ。
非難の謗りは甘んじ受けるが、人間誰しも過ちはある。
これはちょっとした度忘れだ。はは。
「しかもよく見たら全然変わってないね、源太郎。その格好してるってことは、実家のお寺を継いだんでしょ?」
「――顔を忘れてた癖にうちの家業は覚えてたのか」
「だからごめんて」
いい加減根に持つのは止めて欲しいと白旗をあげた高瀬に、ようやく多少の溜飲をさげたのか、どかりとその場にあぐらをかいて座り込む源太郎。
そのままもう一度背後の二人をジロリと睥睨し、発したのは重々しい一言。
「…………どっちだ」
「?」
どっち、とは?
その急すぎる言葉の意味が分からず、きょとんと首を傾げる高瀬。
その仕草に苛立ったのか、バンバンと畳を叩きながら背後の二人を指差す源太郎。
「……だから、どっちがお前の娘の父親かってきいてんだよ!!」
………………なぬ?
「…父親?」
はて、なんのことだ。
そこでピ―ちゃんを娘と勘違いしているのでは?と気づくまでに約3秒。
その沈黙の間に、部屋の隅で遊んでいたピーちゃんがとことこと場所を移動。
「と―たま」
「…………………!!」
そういって袖を掴んだ相手は誰あろう竜児その人。
いや、竜児。
「よく出来ました」じゃなくて。
「と―さま………?それって父………ま、マジか……竜児とうとうお前…………」
悪ふざけを真に受け、何故かわなわなと震える源太郎。
「何を驚いているか知りませんが、僕が父親で何か問題でも?」
竜児は珍しく御機嫌で、近寄ってきたピ―ちゃんを抱き上げ、良きパパアピール。
源太郎の誤解を解くどころか、これでは完全に自分が父親だと認めてしまっている。
まったく、性質の悪い悪戯だ。
だが、そこで更なる物議を醸し出させるのが問題児たるピ―ちゃん。
竜児の腕に抱かれたまま、今度は賢治の方を指差し、更に「ぱぱ」と。
「……………ぱぱ!?」
ピ―ちゃんの確信犯的なデマに翻弄され、完全に混乱する源太郎。
「ぱぱ」と呼ばれた賢治はといえば、「さすがタカ子から生まれただけあるなぁ」と妙に感心した様子でピーちゃんの頭を撫でており、特にそれを否定もせず。
「生まれた」とか、紛らわしい言い方は絶対にわざとであると高瀬は確信した。
父親二人に娘が一人。
明らかに家族としてはおかしいが、妙にしっくり来るのは何故だ。
「……う~ん」
どうしよう、ここから。
最早誰も誤解を解く気がないこの場で、どうやって真実を告げたらいいののだろうかと悩む高瀬。
当然ながら完全に誤解した源太郎が、目の前に広がる偽アットホームな光景を前に、「及川まさかお前…………」と震える声でごくり唾を飲む。
そして覚悟を決めたように叫んだセリフは妙な悲壮感に満ちていた。
「お前ら3人、やっばりそういう関係に………!?」
「……やっばり?」
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