わらしな生活(幼女、はじめました)

隆駆

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お土産はスイーツ系が鉄板です。

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「それと、お母さんの事も」

「…え…?」

ぽつり、と付け足された一言に、室井社長がうなだれた顔を上げた。
「あなたのお母さん、自分の子供たちが心配で死んでも死にきれなかったみたいですよ」
まだ幼い子供たちを残して自分だけ先に逝くことは、どれだけ心残りだったろうか。
彼女の無念は形を残し、やがて神と合一された。
彼女が祀った、本来の正しい”稲荷神”へと。
――それがあの”さっちゃん”の姿。
詳しいことは分からないが、恐らく彼女は生前稲荷信仰を持っていた。
そして、その事が稲荷の失われつつあった本来の善なる神威カムイを呼びさまし、あの家の黒く染まった稲荷とは別に室井家を――自分の息子を、救う為に動いた。
「まぁ、かなり力が削がれた状態でしたから、結局は人任せだったみたいですけどね」
ちらりと肩に乗った白狐を見れば、どことなく気まずそうにそっぽを向いている。
だがさっちゃんに力を貸したのがこの狐であることは既に明白だ。
彼もまた、自身の姿を取り戻したかった。そういうこと。
誰がも皆、自分自身の願いの為に動いていた。
恐らく、室井社長も――――。

「室井家に生まれた女児は、長くは生きられません」
それは、長く続いた呪いの影響。
本来であれば生贄は外から連れてくるもの。
それをやめた室井家への警告として誕生したのが、幸希という新しい贄。
呪法により生まれた”モノ”は、舌なめずりをして待っていた。
――新しい、贄を。
「だから、どちらにせよ幸希ちゃんの命は、長くなかった」
生まれつきからだが弱かった、というのはそういうことだ。
「…そんな…」
愕然とつぶやく室井社長。
「………」
沈痛そうにその姿から顔をそらした主任は、まだ床に落ちたままになっていた写真を拾い上げる。
そして、迷わず高瀬へと差し出した。
「これはどうしたらいい?」
「…う~ん…そうですねぇ……」
渡された写真を前に、一瞬考え込んだ高瀬だったが、すぐに名案が浮かんだ。
「…ちょうどいいかも」
「?」
「ちょっと待っててくださいね。え~っと……あぁ、やっぱりまだ居てくれた」
辺りをキョロキョロと眺めた高瀬は、目的のものを見つけると、にこりと微笑み、写真を主任から受け取ると、そこに再び、ふぅと息を吹きかける。
「これでよし……っと」
そして、ちょいちょいと主任を呼び寄せると、彼を従えたまま室井社長の前に立ち、高瀬は言う。
「幸希ちゃんの本当の願い、見せてあげますよ」
高瀬の手の中で、あの写真が淡い光を放ち、一瞬にして溶けて消えた。
そして、そこから浮かび上がったのは、幼い3人の子供の姿。
「……あれは……」
「俺達と……幸希……?」

『タンタカタ~ン、タンタカタ~ン』
ふんふん、と鼻歌を歌いながら、カーテンの真っ白な布を頭に被り、楽しそうに歩く幼い少女。
『ころぶなよ、ゆき!』
『こうちゃん、ひっぱっちゃだめだよ…』
その両サイドに控えるのは、二人の少年。
片方が率先して腕を引いて歩き出そうとするのを、反対側に立つ少年がどこか心配げに見えている。
両手に花ならぬ、両手に兄と幼馴染、大好きな二人を従えた少女は本当に嬉しそうだ。
『みんな、いっしょ!』
ふふふ、と微笑んで、二人の腕をぐっと抱く少女。
『『あぁ、ずっといっしょだ』』
にっこりと微笑む二人の少年――――。
3人の幻は、呆然と立ち尽くす現在の彼らを置き去りにして、楽しげにずっと前を進んでいく。
――――明るい、明るい方へと。
「幸希……!!」
室井社長が引き止めるように手を伸ばす。
それに全くなんの反応もしない少年たち。
だが、幸希だけは、ほんの少し、その足を止め、振り返った。

その輪郭がおぼろげになり、消える寸前。

『お兄ちゃん』

そう言って、確かに笑っていた。

「……どうやら、これが幸希ちゃんの望み…だったみたいですね」
幼すぎたがゆえに、結婚に対するイメージなどろくに持てなかったのだろう。
ただ、真っ白なベールを被り、大好きなふたりと一緒に歩く、それだけで十分だった。
それだけで、――幸せだった。

「幸希……」
膝をつき、崩れ落ちる室井社長。
両手で顔を覆い、肩を震わせる。

「さて、私にできるのはここまでです。後は……っと……」
「!大丈夫か!?」
一瞬、よろよろとよろけた高瀬に、慌てて駆け寄る主任。
お供のペット+αも心配そうに見ている。
「……いやぁ、ちょっと力を使い過ぎちゃいました……かね」
小声で、主任にだけ聞こえるように答える高瀬。
「なんだかんだで半日以上このままでいますから、さすがに限界……」
「…!!」
少々、無理をしすぎた。
「早くもとに…!!」
焦る主任。
その真剣な表情に「おや」と思いながら、高瀬は笑う。
「言われなくても戻りますけど、ご褒美は期待しててもいいんですよね?」
「……あぁ、いくらでも弾んであげるよ」
助かった、と囁かれ、高瀬もそれに満足する。
「んじゃあ……あと部長の方はよろしくお願いします…。急いで出てきちゃったんで…説明も何も…」
「…及川くん…!!」
よろり、と再び傾いた体。
抱きとめようとする主任の腕をすり抜け、すっとその姿が掻き消える。
――――まるで、初めからそこには誰もいなかったかのように。

      ※

「室井さん!!大丈夫ですか!!!」
一瞬の静寂の後、病室の扉が慌ただしく開かれた。
先ほどのナースコールから聞こえてきた、看護師の声だ。
「急に機器の調子が悪くなってしまって………一体何が…!?」
入ってくるなり、床に倒れ込んだままの室井を見つけ、慌てて駆け寄る。
「……あぁ、すみません…。意識を取り戻すなり勝手に点滴を抜いて退院するって聞かなくて…。
なんとか止めようとしたらこの有様で…」
「まぁ…」
適当な言い訳をあたかも真実のように言ってのけた彼に、室井もまた反論をしない。
看護師に助け起こされ、なんとかベッドに戻ると、再び点滴がその腕に挿入される。
絶対に抜かないでくださいね、と釘を刺されて。
それを甘んじて聞いた室井社長は、大人しくベッドに横たわり、険しい表所の幼馴染の顔を見上げる。
「……今度こそ、おとなしく寝ておけよ……」
はぁ、という溜息とともに吐き出された言葉に、ようやく頭が動き出したらしい室井が、まだ少しぼんやりとした口調で、ぽつりとつぶやく。
先ほど見た、幻は。
「……あれは……夢か?」
「…そうかもな」
くっと笑って、姿が見えなくなったの事を思う。
「奇跡、とでも思っとけよ」
バカで下世話で辛辣で、底抜けにお人よしな可愛い部下が起こした、眩い奇跡。
彼が望んだ以上のものを、彼女は残して行ってくれた。
これでようやく、前に進むことができる。

「いい夢、見れただろ……」
「……あぁ」

脳裏に浮かぶのは、幸せそうな笑みを浮かべた少女の姿。

「迷惑かけたな、和也……」

「今更かよ……言うのが遅ぇ」

「…そうだな。もっと早くに、お前に相談すればよかった」

家を継ぎ、幸希の事を知らされた、その時に。

「あとは自分でなんとかしろよ…。俺はもう何も知らねぇぞ」
「……わかってる」
ここからは、自分の力で成し遂げなければならないことも。

「だが、とても気分がいいな」

とても、幸せな、夢だった。

瞼を閉じれば、今でも思い浮かぶあの光景――――。

「……浸ってるところ悪いけど、ちょっとお前も協力しろ」
「?」
再び瞳を閉じようとしたところで、急に現実に戻すような相原のセリフに、ちょっと首を傾げる。
「この辺の名物とか、女子が好きそうなスイーツとか、適当に見繕ってくれ。
……部下の、土産にするから」
後半、少し照れくさそうに言った言葉に、彼もまた笑う。
「……もしかして、一番最初にあったあの女子社員か…?」
彼の上司だという男の横にいた、若い女性。
あの時、妙に気になったのを覚えている。
すぐに相原とともに外へ出ていってしまったが……。
「そ。出張土産買ってこいってせがまれててさ。弱みを握られちゃってるんもんでね。せっせとご機嫌取りしないと」
「……そりゃ、大変だな…」
おどけた様子で肩をすくめる相原を眺め、室井もまた、少し表情をほころばせる。
だが、今思い出してみれば、くだんの部下の顔は、さきほど見た幻の少女の顔と――――――いや、やめておこう。
焦って苗字を呼んでいたことにも、気づかないふりをするのが正解だろう。
命の恩人の詮索をするような野暮な人間にはなりたくない。
「ふむ……名物、な……」

若い女性が好みそうなもの……なにがいいだろうか?
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