わらしな生活(幼女、はじめました)

隆駆

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お泊りに婚姻届は必要ですか。

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「フラグの回収が早すぎる!!」
ガバッツ!!
毛布を跳ね上げ飛び起きて、自分の上げた大声に思わずビビった。
「ん…にゃ!?」
ゆ、夢?夢だよね、今の…?
夢じゃないとなんかまずい気がする。
諸々自業自得的にまずい気がする。
「よし、夢だということにしよう」
口にすることで自分自身を無理やり納得させながら、ふぅと吐息を吐き出す高瀬。
「今何時……っていうかそうだ竜児の家だった」
ふかふかの羽毛ぶとんの感触が自宅との違いをはっきり思い出させ、慌ててベッドを降りる。
「竜児…?」
ベッドを占領して眠っていたようで申し訳ない。
隣に寝てくれても別に気にしなかったのに、と変なところで律儀な竜児を思いながら、寝室を出る。
寝室には時計が存在しなかった為、時間がまずわからない。
「タカ子。今日は随分早いですね」
「あぁ、なんか寝起きが悪くて。竜児こそ、もしかしてそこで寝てたの?」
そこ、とはつまりダイニングのソファのことだ。
まぁ、自宅にあるものとは違い、余裕で人一人寝られるくらいのサイズはあるのだが…。
「そもそもソファベッドですからね。ひと晩くらい問題ありませんよ」
「一緒に寝ればよかったのに」
思わずそう口にしてすぐに後悔した。
「――――では次からはそうします」
「怖い怖い怖いなんかやばい顔してるんだけど!?」
輝く笑顔がこう告げていた。
『言質取ったぞ』と。
「そうそう、タカ子。次に僕の家に来るときには印鑑を忘れず用意しておいてくださいね」
「印鑑…?」
悪徳弁護士に印鑑、猛烈に嫌な予感がする。
「責任を取りますので、婚姻届に印鑑を」
「押さないよ!?」
――――というかなんですぐそういう話になる!?
「君が先ほど告げたのはそういうことだと自覚しなさい」
「え~」
そんなに重く考えなくてもいいのにとは思うが、この件に関しては言えば言うほど墓穴をほりそうだ。
「じゃあもう竜児の家には泊まらない方向で…」
「それを決めるのは僕です」
「即答かい」
だがよく考えれば、前回も今回も、高瀬を家に引っ張り込んだのは竜児本人だ。
まさに言葉通りの有言実行。
ベッドを占領するのくらい特に問題ないような気がしてきた。
うん、気にするのはやめよう。
そのかわり今度から寝室にはしっかり鍵をかけることにする。
「ところでさ、竜児。着替えも取りに行きたいし、早めに家に帰りたいんだけど…」
さきほど見た限りでは時間には余裕があるが、一度家に戻って着替えたりなんだりしているとそう呑気にもしていられない。
「着替えならありますよ」
「ん?」
――――なんだって?
「クローゼットを開けてみなかったんですか?好きなものをどうぞ。
サイズはすべてあっているはずですよ」
言われて慌てて寝室に戻り、クローゼットを開けた瞬間、脱力した。
「本当に入ってる…!!」
しかも1着2着ではない。
仕事用のスーツから、普段着と思われるワンピースまで一通り。
どれもみな普段自分では購入することのないハイブランド商品だ。
思わず拝んでしまった。
まさかと思ってクローゼットの他の扉を開けてみれば、そこには明らかに女性ものと思われる下着一式が。
………流石にそれは見なかったことにした。
一体どんな顔でこれを買い揃えたのか、想像するのが怖い。
「今すぐにでもこの家で暮らせそうなんだけど…」
むしろそれが目的としか思えない。
スーツがあるのだけがせめてもの救いか。
監禁ではなく、一応仕事に行かせる気はあると伺える。
高瀬一人簡単に養えるだけの財力を持つ竜児の下で、はたして働く意味があるのかは謎だが。
「確認できましたか?」
尋ねられ、頷く。
「では、朝食にしましょう。私は普段朝食を取らないので出来合いのものになりますが」
「菓子パンで十分だけど…」
普段はほとんどそれで済ませることが多い。
だが、冷静に考えれば竜児と菓子パン。
ものすごく似合わない。
「時間はあるのですから朝食はきちんと取りなさい。でないと…」
この先はもう言われなくてもわかる。
「はいはい、成長しないって言うんでしょ?わかったわかった…」
「いえ…」
「?」
おざなりな態度で答えれば、思いもよらぬ返答が返る。
「僕が拗ねます」
「…ん?」
―――――今、なんか言った?
「つかの間の新婚気分を味わっているんですから、最後まで付き合いなさい」

しんこんきぶん。


「え、いつの間にそんなことになった!?」
「君をこの家に招き入れた瞬間からですね」
しれっとした態度の竜児。
「新婚気分って…また似合わない言葉を…」
「なんなら今すぐ本物の新婚生活を送らせてあげても構いませんが?すぐに婚姻届の用意を…」
「するな!!」
やめて、お願いだからっ。
朝から疲れる。本当に疲れる。
結局朝食は、冷凍庫に入っていた冷凍のクロワッサンを焼くことになった。
なんでそんなものが入っているのかと尋ねれば、高瀬が来た時の為にそういった冷凍食品をいくつか取り寄せておいたとのこと。
そのへんのスーパーでは購入できなそうな、海外ブランドのフランス産バターを使ったクロワッサンのお味は、非常に美味でした。

             ※
と、いうことで。
「へぇ…。なんだか随分楽しそうな話だけど、あれだね?君の幼馴染、実は不能なの?」
「アウトーーーーー!!!」
てい、っと主任の頭の上にチョップを落とし、高瀬は肩で息継ぎをする。
竜児に見送られての出社後、待ち構えていた主任に見慣れないハイブランドスーツを追求されてつい今朝の事を暴露してしまったのだが、帰ってきた発言がゲス過ぎた。
「え~。だってさぁ、いい年齢をした男女が?しかも確実に女側に好意を持ってる男がよ?自宅に二人っきりでも手を出さないって、それ病気……」
「じゃないですっ!!」
辛抱強いだけ、それだけだからっ!!
「及川くんが女として見られてないとか言うならわかるんだけどさぁ、多分あの幼馴染の感じだとそういうわけでもなさそうだし…」
「むしろ虎視眈々と狙っているそうです」
「あ、やっぱり?だったら尚更不思議じゃない?そんな据え膳目の前にして…」
据え膳。そうか、あの状態はそういうことなのか。
「気を使ってくれて流石に一緒のベッドには寝ませんでしたよ。
……寝てもいいのにと言ったら、今度は婚姻届用の印鑑をもって泊まりに来いと言われましたけど」
「責任取る気満々ってことか。なるほど、今はただ泳がせてるだけ…」
余裕だねとつぶやく主任だが、その発言はちょっと失礼ではないか。
「私は金魚かなにかですか」
「イメージ的には鯉じゃない?まな板の上の」
………。
「まな板の上の鯉は泳ぎませんが」
「あ、ごめんごめん、じゃあ生簀の中?」
結局料理される前提なのか。
完全に否定できないところがちょっと切ない。
「どっちにしろさ、がっつかなくても逃げられない自信があるってことだろ?
牽制も何の役にも立たなかったみたいだし……なぁ、谷崎?」
デスクに座って資料を確認する部長にちらりと視線を送る主任。
それに対して嫌そうに一瞥し、一言も口をきかない部長。
「牽制って……そういえば竜児もそんなこと言ってましたね。
アレク君のことですか?いつの間にかいなくなってたんですけど…」
竜児に恐れをなしたのか、気づけば姿を消していた。
最後に見た、哀愁漂う後ろ姿が忘れられない。
「そういや主任、ハムちゃん知りません?昨日から行方が……」
1日くらいいなくなったところで、特に心配する必要はないのだが…。
「あぁ、あの子なら昨日うちに来てたけど」
「え?」
「朝まで一緒にいて、気がついたらいなくなってたから会社のどこかにはいるんじゃない?あぁ、ほら…」


『キャーーーーーーー!!!』


遠くで聞こえる、聞き覚えのある悲鳴。

「……居ましたね」
「うん。でも流石に気の毒だから早く回収してきてあげて」
「了解です……」

――――弱い者いじめ、ダメ、絶対。
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