上 下
115 / 290

誘拐事件発生

しおりを挟む
「どうかしたのか」
「……今、ハムちゃんの気配が…」
いいかけて、はっと振り向いた高瀬。
視線の先で、ガチャリとドアが開いた。

「―――よぉ」

「!!」

「なんであんたがここにっ……!!」

3人の視線の先、不敵に笑う男――四乃森龍一の姿に、一気に場に緊張が走った。
「うちは……いつから部外者が大手を振って歩けるようになったんだろうな?谷崎、受付に連絡して…」
守衛を呼んでつまみ出せ、と、そう続くはずだった言葉が虚しく宙に浮く。
たたたたた、っと龍一に歩み寄った高瀬が、龍一の着ていたジャケットのボタンを、ばっと全開に開いたからだ。
そしてペタペタと胸板を触り、違うと判断すると今度はジャケットのボタンに手を突っ込み始める。
「及川君!?」
君なにやってんの!?と叫ぶ主任。
だが、これは致し方ないこと。
目的のものがどこにも見当たらないことを確認し、高瀬はきっと龍一を睨んだ。
「ハムちゃんはどこ?」
男が登場する寸前に、それまであったハム太郎の気配が消えた。
犯人は、この男以外に考えられない。
だが、龍一は高瀬の言葉に返答を返すことなく、自ら近寄ってきた高瀬にほくそ笑むと、その腰をぐっと抱き寄せる。
そして、頬に触れるその手。
「やっと、お前に触れられたな」
「……!!」
万感の思いのこもったようなその言葉に一瞬動揺するも、すぐに我に返る高瀬。
「その手を離せ」
いつの間にかすぐそばにやってきていた部長の手が、高瀬の頬に当てられた龍一の腕をぐっと掴んでいた。
「退けよ」
「――――それはこちらのセリフだ」
「ぶ、部長…!!」
ジタバタと動き、なんとか逃げようとする高瀬だが、龍一に腰を掴まれてなかなか身動きがとれない。
主任を見れば、受付に連絡をとっているのか、内線をかけている真っ最中。
「おとなしくしてろよ。じゃないと、このまま連れ帰っちまうぞ」
「じょ、冗談じゃないっ!」
暴れるなとばかりに再び強く腰を抱かれ、言葉の中に宿る本気にすくみ上がる高瀬。
「ようやくお前に会えたんだ。少しは堪能させてくれてもいいだろ?……甘いな、お前は」
「部長―――――!!!」
髪に顔をうずめ、匂いを嗅ぐようなその仕草に、高瀬の限界が訪れた。
「アレキサンダー!!!」
叫んだその声に合わせ、どこからともなく現れたアレキサンダーが、龍一めがけて一気に飛びかかる。
狙いは正確に、高瀬の腰を抱く龍一の腕へ。
だが。
「まった、アレク君まった!!!」
『ぐるるるるるるる・・・・・』
大慌てて叫んだ高瀬の声で、ギリギリのところで牙を立てるのをやめ、地面に着地するアレキサンダー。
珍しく不満も顕な様子だが、ここは我慢して欲しい。
「そんな奴に噛み付いて、バイキンでも入ったらどうするのっ」
「…ひどいいわれ様だな?」
「あんたは黙ってて…!!っていか、いい加減離せっての…!!!」
ていっ!!っと、いつも主任にしているように思い切り足を踏みつけるが、全く効果がなく鼻で笑われる有様。
仕方なく高瀬は片手を振り上げると、龍一の顔面めがけ―――――。
パシン……!
乾いた音が、部屋の中に響いた。
これには部長も、受話器を下ろした主任も驚いたようで、目を見開いてこちらを見つめている。
龍一は避けなかった。
高瀬から与えられるものならば、それがなんであろうと甘んじて受けるとばかりに、微笑んですらいて。
「――――――離して」
「はいはい、お姫様の仰せの通りに…」
睨みつけた高瀬に、ようやく腰をだく腕を解放する龍一。
その際に、片腕を掴んでいた部長の手を強引に振りほどき、にやりと笑う。
再び表情を険しくする部長だったが、今度は解放された高瀬に反対の腕を引かれ、大人しく引き下がる。
「部長、これは関わるだけ損ってやつですよ。冷静に、冷静に」
落ち着け、と言われ、ようやく自らのもとへ戻ってきた高瀬に、ほんの少し肩の力を抜く。
だが、まだ終わったわけではない。
「その男――随分懐いてるようだが、恋人ってのは単なるジョークだろ」
決めつけるようなその言葉に、思わずムカっと腹が立った。
「部長!!!」
叫ぶなり、部長の腕を掴む手に力を入れ、部長の頭がほんの少し下がったところで、えいやとばかりに覚悟を決めて、ぶちゅっとその唇に。
「……!!!!」
「冗談なんかじゃなく、本当に恋人っ!!」
プハッ、っと、どうみても慣れない様子で唇を拭いながら言うそのセリフにはなんの説得力もなかったが…。
龍一には、どうやらピンポイントでダメージを与えられたようだ。
その目が、先程までとは明らかに違う怒りに燃えている。
そのあまりの剣幕に、高瀬の方が少したじろいだ。
だがすぐに部長が動き、高瀬を自らの背後に隠す。
視界からは、完全に龍一が消えた格好だ。
「どうやら、お前を先に何とかする必要があるみたいだな……?」
「やれるものならやってみろ」
売り言葉に買い言葉。
にらみ合う龍一と部長は、まさに龍と虎。
そこへ割り込んだのは、冷静な主任の声。
「盛り上がっているところ悪いが、今守衛を呼んだ。うちは、部外者立ち入り禁止なんでね」
いいながら、ちらっと部長の背後に隠れる高瀬を見る主任。
「うちの可愛い社員を付け狙うストーカーは、さっさと退場願えるかな」
そう言って、出入り口を指差す。
確かに、このまま穏便に出て行ってくれるのが一番だ。
部長の背後からそっと顔だけだし、事態を見守っていた高瀬だが、「………おい」と、龍一に声をかけられ、慌ててその首を引っ込める。
「お前のペットは、俺が預かっておく。返して欲しかったら、今夜また会いに来い」
!!そうだ!
「ハムちゃん!!!」
再び顔を出した高瀬に、にやりと笑う龍一。
「安心しろ、悪いようにはしないさ。あれはもはやお前の一部のようだからな。邪魔のいないところでゆっくり話がしたい。それだけだ」
来れば返す、とだけ言い残し、背を向ける龍一。
「待てよ。その前にどうやってここまで入ってきたか…」
それだけは聞かせろと、その肩に手をかけた主任だったが。
「……!!消えた!?」
肩に置いたはずの手が宙に浮き、今までそこにあったはずの龍一の姿が忽然と消えてしまった。
そして床に残されたのは、一枚の紙。
一瞬唖然とするも、すぐにそれを興味深げに拾い上げる主任。
「へぇ…。これがもしかして、式神ってやつ?」
「見たことあるんですか、主任?」
「まさか!それこそ映画の世界でしょ」
本当に使うやつなんているんだね、と呟きながら、ペラペラと裏表ひっくり返して眺める。
「つまり、さっきのは偽物か」
「平然としてますけど……結構とんでもないことじゃないですか、これって」
「だろうね。こんなので簡単に入り込まれるんじゃ、セキュリティもなにもあったもんじゃない。
……これ、どうしたらいい?」
尋ねられ、差し出されたその紙を一瞥し、少し考えて高瀬は答えた。


「いっそ五寸釘でも刺しておいたらいいと思います」

許すまじ、誘拐犯。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:2,615

男が希少な「あべこべ世界の掲示板」

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:326pt お気に入り:32

あまり貞操観念ないけど別に良いよね?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,711pt お気に入り:2

痴漢冤罪に遭わない為にー小説版・こうして痴漢冤罪は作られるー

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:668pt お気に入り:0

乙女ゲーム関連 短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,363pt お気に入り:156

処理中です...