幕末群狼伝~時代を駆け抜けた若き長州侍たち

KASPIAN

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第3章 松陰密航

2 玄機の最期

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 この頃、横浜村ではアメリカ使節のペリーと幕府の代表に選ばれた林大学頭との間で、前年の大統領の国書に関しての交渉が行われていた。
 ペリーは香港で将軍家慶が死んだ事を知ると、国政の混乱をつくべく予定より半年早く来航して、交渉地を浦賀からより江戸に近い横浜にすることに成功していた。 
 この交渉において日米間の通商が承諾されることはなかったものの、薪水や食料、石炭の供与や難破船と漂流民の救助はほぼ承認される形となった。




 一方、萩の久坂家ではさらなる悲劇に見舞われていた。
 兄の玄機が結核にかかり余命幾何もない状態になってしまったのだ。
 前年に母富子が病で亡くなり、その前後から玄機に結核の症状が出始めて激しい咳とともに何度も吐血するようになった。 
 だが玄機はそれでも海防策の意見書の作成を止めなかったため、ますます症状は悪化していく一方であった。
「もうお止め下さい、兄上! これ以上無理しよったら死んでしまいます!」
 咳をして血を吐きながらもなお海防策の意見書の作成を続けようとする玄機に対し、秀三郎は泣きじゃくりながら言った。
「そねーな……わけ……には……いけんの……じゃ。儂は御殿……様……から……海……防……策の……意見書の……具申を……命じ……られ……ちょる。例え……儂が……死ぬ……こと……に……なろう……とも……意見書は……完成……させ……なければ……いけん……のじゃ」 
 玄機はぜいぜいと苦しそうに息を吐きながら言った。作成中の意見書が置かれている机の至る所に血痕がこびりついている。
「もうええじゃないですか! なぜ兄上はそねーな状態になってまで意見書の作成をすることを止めんのですか?」
 秀三郎はボロボロと涙を流しながら叫ぶ。
「それが……儂の……役目……だから……じゃ。人は……皆……何かしら……の……役目を……持って……生まれて……きよる……生き物……じゃ。それは……侍でも……百姓でも……医者でも……何ら……変わる……こと……は……ない。ええ……か……秀三郎……も……この……先……何か……しらの……役目……を……果たさ……ねば……なら……ぬ……とき……が……きた……ら……命を……かけて……でも……必ず……やり……通せ。これが……兄……から……の……遺言……じゃ」 
 限界を迎えた玄機はとうとう力尽きて机の上に倒れ込み、そのまま動かなくなった。
「兄上? しっかりして下さい! 起きてください! 兄上ッ! 兄上ッ!」 
 秀三郎は必死に呼びかけるも玄機が動くことは二度となかった。享年三十五。海防策の作成に命をかけた一生であった。
 その数日後、秀三郎は父の良廸とともに玄機の葬儀を終え、玄機の遺品の整理をすることとなった。
「富子に引き続き今度は玄機までも……一体儂らが何をしたとゆうのじゃ」 
 相次ぐ身内の不幸ですっかり元気をなくした良廸は頭を抱えて嘆いている。
「秀三郎、お前だけが頼りじゃ。お前だけは何があっても死んでくれるな。死んでくれるなよ」
 良廸は涙を流しながら秀三郎に懇願した。それに対し秀三郎は力強く無言でうなづいた。
 だがその良廸も秀三郎を久坂家の嫡子とする旨の申請書を藩に出した翌日、精神的に追い詰めれていたのか後を追うようにして亡くなった。 
 こうして家族の全てを失い久坂家の当主となった秀三郎は頭を剃り、名を玄瑞と改めた。
「母上! 父上! 兄上! わしは必ずや立派な医者となってご覧に入れまする! じゃからどうかわしを、わしを見守って下され!」
 玄瑞は悲しみにくれながらも医者になる決心を強く固めた。
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