幕末群狼伝~時代を駆け抜けた若き長州侍たち

KASPIAN

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第11章 至誠にして動かざるは未だこれ非ざるなり

3 利助と八十郎

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 一方、利助は藩の命令で来原良蔵とともに長崎で西洋銃陣を学んでいた。
 この当時長崎において、オランダ人が西洋銃陣を盛んに伝授しており、幕府を初め諸藩はこぞって伝習生を長崎に派遣して、オランダ人から西洋銃陣を習得させようとしていた。
 長州藩も兼ねてから西洋銃陣を学ぶ必要性を主張する来原の要望を受けて、来原及び利助を長崎に派遣し、彼らに西洋銃陣を会得させる心積もりでいた。
「はあー。長崎の海も萩に劣らずまっこときれいじゃのう! 天気もええし、最高の気分じゃ!」
 利助はオランダ人の屋敷で西洋銃陣の勉強をした帰り道、長崎の港全体を見渡せる高台のある大徳寺にて、一人海を眺めながら感嘆の声を漏らす。
「海の上に浮かんじょる唐船やオランダ船もなかなかの見栄えじゃ! できることなら一生ここで暮らしたいのう!」
 利助が両腕を伸ばし気持ちよさそうに潮風に当たっていると、一人の暗い顔をした侍が利助の後ろに現れて、いきなり利助に声をかけてきた。
「済まぬがお主に少々お尋ねしたいことがある。よろしいかな?」
 暗い顔をした侍に話しかけられた利助は後ろを振り返ると、
「わしに一体どねーな用事でございますかって、佐世さんじゃありませんか!」
 話かけてきた侍が同郷の佐世八十郎であることに気づいた利助は、驚きの余り声が裏返ってしまった。
「しばらくぶりじゃの。利助」
 驚き慌てふためいている利助とは異なり、八十郎は冷静そのものだ。
「数か月前から佐世さんが長崎におるっちゅうことは、弥二からの文で分かっちょりましたが、まさかこねーな所で再会することになろうとは夢にも思わんかった!」
 利助は同郷の友に会えた喜びで舞い上がっている。
「はは。わしも久しぶりにおめぇの顔を見れてうれしいぞ」
 言葉とは裏腹に八十郎の表情は以前暗いままだ。
「わしは今来原さんとともに西洋銃陣を学んじょりますが、これがなかなか難しくて敵いませぬ! 昨日は雷信管の製造を教えてもらったのですが、うまくいかず何回も失敗しました! 西洋銃陣はまっこと奥が深いのう!」
 利助は余程うれしかったのか、聞かれもしないのに自身の近況を延々と語り続ける。
「そうか、それは何よりじゃ」
 八十郎は素っ気ない態度で言うと、
「そういえば、利助は先生が野山獄に入牢したことを知っちょったか?」
 とふいに尋ねてきた。
「知っちょります。間部老中の暗殺を企んだ咎で野山獄に入牢したと来原さんからお聞きしました。それだけでなく、先生に最後まで協力した杉蔵や和作も岩倉獄に入牢したとか」
 利助も寅次郎が野山獄に入れられた話題を出されたことで一気に暗くなる。
「杉蔵に和作……わしがあの時あねーなことを言わなければあの二人は……長崎に出向くあの時に……」
 八十郎は苦悶の表情を浮かべながらつぶやく。
「佐世さん? 一体何のことでございますか?」
 利助が恐る恐る八十郎に尋ねる。
「あの二人が岩倉獄に入れられる切っ掛けを作ってしまったのはこのわしなのじゃ。わしが長崎に出向くとき、見送りに来た者に和作が出奔したことを口走ってしまったせいで、藩に先生の伏見要駕策が露見してしまい、その結果あの二人は囚われの身となってしまった。わしは一体杉蔵と和作に何と詫びればええものか……」
 八十郎はすすり泣きながら自身の犯してしまった失態を説明した。
「……こねーなことゆうても気休めにもならんかもしれませんが、仮にあの二人が真相を知ったとしても、佐世さんを恨むことはないと思います」
 八十郎を慰めるべく、利助は言葉を絞り出すようにして言う。
「あの二人は先生に最後まで協力すると誓ったときから、こねーなことになるであろうことはすでに覚悟しちょったはずです。以前和作がゆうちょりました。例え松本村の人々がみな先生を敵視するようになったとしても、わしと兄上だけは最期の最期まで先生の塾生であり続ける、周りなど関係ないと。じゃけぇあの二人は決して自身の不運を他人のせいにしないのではないでしょうか?」
 利助は杉蔵達のことを語り終えるとふぅーと息を吐いて深呼吸をした。
「ありがとの、利助。お前に話したお陰で少し気持ちが楽になった」
 八十郎が弱弱しく微笑む。
「ここ最近胸の辺りが痛かったけぇ、本当はこの辺りに住んじょる者に、腕のええオランダ医者のおる所を聞こうと思っちょったが気が変わった。病は気からとはようゆうたものじゃな」
 八十郎は利助に一瞥してその場を後にした。

 

 
 
 
 
 
 
 
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