幕末群狼伝~時代を駆け抜けた若き長州侍たち

KASPIAN

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第11章 至誠にして動かざるは未だこれ非ざるなり

6 友からの文

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 寅次郎が江戸に護送されていた頃、昌平坂学問所にいた晋作は、学問所の書生寮の一室にて、晋作同様国元から遊学してきた加賀藩士野口之布と雑談に興じていた
「この昌平坂に入所して、ひっく、もう七ヵ月余りになるが、やはりここの学問は、ひっく、わしにはあわんのう」
 晋作は顔を真っ赤にして、しゃっくりをしながら愚痴をこぼす。
「何じゃ、たいして飲んでおらんのに酔っておるのか。毎度のことながら、高杉は酒にてんで弱いのう」
 野口は呆れた様子で晋作に苦言を呈した。
 この時の晋作は野口と供に学問所の規則を破って、近くにある酒楼でこそり酒を飲むのが日課の一つとなっていた。
「何をゆうちょるんじゃ、ひっく、わしは、ひっく、酔っておりゃせん、ひっく」
 晋作はしゃっくりをしながら野口の言を否定する。
「しゃっくりしながらよう言えたものじゃ。ほれ、これを飲んで一度酔いを醒ませ」
 野口は手元にあった自身の水筒を晋作に手渡すと、晋作は水筒の水をごくごくと飲み始めた。
「ふぅー。おめぇのお陰で少しは酔いが醒めたようじゃ。ありがとの、野口」
 晋作は相変わらず赤い顔をしていたが、しゃっくりだけは止まったようだ。
「礼はいらぬ。それよりここの学問があわぬと申すのなら、一体如何なる学問ならお前にあうとゆうのじゃ?」
 昌平坂の学問を否定する晋作に対し野口が尋ねる。
「そうじゃのう……やはり海外に遊学して学ぶ学問じゃろうかのう」
 質問された晋作は思慮深げな顔で答えた。
「越南国(今のベトナム)にある東京っちゅう都に遊学して、西洋の実態や脅威をこの目でしかと見定めたいと思うておるのじゃ。聞くところによれば、今越南国はフランスによる侵攻が著しいそうなんじゃ。この越南国に足を運んで、奴らからこの日本国を守る術を探る。それこそが帝への忠義にも、我が殿への忠義にも繋がるとわしは思うとる」
 晋作が野口に自身の学びたい学問について語ると、野口は大層驚いた表情をして、
「おお! それは真に立派な学問じゃな! 条約が締結された今の世なら、お前のような秀才ならば、もしかしたら海外に遊学することも夢ではないかもしれんの」
 と晋作のことを褒めたたえた。
「はは! そうだとええのう」
 野口に褒められた晋作は満更でもない様子でいる。
「ところで例の久坂玄瑞とやらから届いた文はもう読んだのか?」
 晋作が過去に久坂のことを話題にしていたのをふと思い出した野口はとってつけたようにして尋ねた。
「あ! すっかり忘れとったわ。そうじゃ、ちょうどええ機会じゃけぇ、今ここで読むことにしよう」
 晋作はしまったといわんばかりの口調で言うと、机の上に置いてあった久坂からの文を手に取って読み始める。
「ん? 何なに? 寅次郎先生が幕府に嫌疑をかけられ、江戸に召喚されることと相成り候。先生が江戸に着府され次第、機を見て面晤されたく候……」
 晋作はしばらくの間、うつむいたままの状態で久坂から届いた文の内容をじっくりと読み、文の内容を全て読み終えるとまた机の上に戻した。
「ついに先生も井伊大老に目を付けられてしもうたか……もしかしたら例の計画がばれたのやもしれん」
 険しい表情をしながら晋作が呟いた。
「先生とは、例の吉田寅次郎のことか? 確か数か月前に絶交を申し渡されたのではないのか?」
 晋作から寅次郎や松下村塾の話を聞かされていた野口は不思議そうな顔をして尋ねる。
「申し渡されたが既に許されちょるみたいじゃ。先生は一時の感情で絶交を申し渡しただけに過ぎんかったとこの文に書かれちょった。しかし幕府の評定所で訊問は一大事じゃ。何事もなく無事済めばええが」
 晋作は心配そうに言うと野口を残して自身の室をあとにした。
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