6 / 16
第六章「クラウドファンディング、炎と光」
しおりを挟む
第六章「クラウドファンディング、炎と光」
凛の動画は、公開から三時間で一万再生を超えた。
タイトルは「【大発表】私たちが横川で和菓子カフェを開きます」。凛's KITCHENのいつもの料理動画とは違う、珍しくカメラに向かって真剣に話すスタイルの動画だった。葵も後半に登場して、和菓子への思いを話している。葵はカメラの前で話すことが得意ではなかったが、凛が「素のままでいい、かっこつけなくていい」と言ったので、ぎこちないなりに本音を話した。
クラウドファンディングのリターンは三種類用意した。千円のデジタル応援コース、五千円の開店後に使えるドリンク券付きコース、一万円の名前入り感謝状と上生菓子の詰め合せ付きコース。目標金額は二百万円。拓海が提案した三百万より低く設定したのは、葵が「達成できなかったときのリスクを考えるべき」と主張したからだった。
コメント欄は最初、好意的なものばかりだった。
「応援してます!」「横川、行きます!」「和菓子カフェ、ずっと欲しかった」「凛ちゃんの和菓子動画が好きだったから嬉しい」。凛はコメントを一つひとつ読んで、返信していた。葵はそれを隣で見ながら、凛の表情がどんどん明るくなっていくのを、嬉しく思っていた。
変化が起きたのは、公開から六時間後だった。
最初の批判コメントは、短かった。
「素人が伝統を語るな」
それだけだった。アカウント名は数字の羅列で、プロフィール画像もない。凛はそれを見て「まあ、こういうのはある」と言って、画面をスクロールした。
次は少し長かった。
「ライバーが和菓子カフェ?どうせ映え目的でしょ。本物の和菓子を食べたことあるの?」
凛は「映え目的じゃないんだけどな」と苦笑した。
それから一時間で、批判的なコメントが増え始めた。凛の動画は普段から炎上とは無縁ではないが、今回は少し質が違った。感情的な批判ではなく、具体的な内容を含んだものが混じっていた。
「和菓子の原価率も知らずに経営できると思ってるのか」
「横川に和菓子屋が根付かなかった理由を知ってますか? 山路屋が閉めた経緯を調べてみてください」
「業界の人間から言わせてもらうと、こういう外来者が伝統菓子の値段を下げて業界全体を壊すんです」
葵はそのコメントを読んで、眉をひそめた。
山路屋が閉めた経緯。原価率。業界の人間。
これは単なるアンチではない。和菓子業界に関わる人間が書いている。しかも、山路屋の名前が出ている。山路屋のことを知っているのは、横川の商店街関係者か、和菓子業界の関係者だ。この動画が公開されてから数時間で、そういった人間の目に触れた、ということになる。
どこかから情報が伝わったのだろうか。
葵の頭の中で、何かが引っかかった。でも今夜は、その引っかかりを追いかけるよりも先に、凛のことが心配だった。
凛はコメントを読み続けていた。
読むことをやめればいいのに、と葵は思った。でも凛は読む。全部読む。それが凛という人だった。発信することへの責任として、受け取ることから逃げない。それは凛の強さでもあるが、今夜は明らかに凛を傷つけていた。
「ねえ、一回閉じよう」と葵は言った。
「大丈夫」と凛は言った。
「大丈夫じゃない顔してる」
「……映え目的じゃないんだよ」と凛は言った。声が、少し揺れていた。「ちゃんと考えてやろうとしてるのに、見てもいない人にそう言われると、なんか……」
「知ってるよ、映え目的じゃないって」と葵は言った。
「業界を壊すつもりもないし、山路屋のことだって、ちゃんと考えて物件選んでるのに」
「知ってる」
「なんで見てもいない人が、決めつけるんだろう」
葵は答えなかった。答えの代わりに、凛の隣に移って、肩を並べた。凛がスマートフォンを持つ手が、少し震えていた。
「ねえ」と葵は言った。「コメントを全部読む必要はないよ。でも、今夜の支援者数、見てみて」
凛はクラウドファンディングのページを開いた。
公開から九時間で、支援者は二百三十七人。金額は四十一万円を超えていた。
「……すごい」と凛は言った。
「すごいでしょ」と葵は言った。「批判してる人と、支援してる人と、どっちが多いか、ちゃんと見てよ」
凛はしばらく画面を見つめていた。それから、泣いた。
声を出さずに泣いた。スマートフォンを膝の上に置いて、両手で顔を覆って、肩を震わせた。葵は何も言わずに、凛の背中に手を当てた。
「怖かった」と凛はしばらくして言った。「炎上するのが怖かったんじゃなくて、正しいことをしてるつもりなのに全否定されることが、怖かった」
「うん」と葵は言った。
「でも四十一万円分の人が、応援してくれてる」
「してくれてる」
「私、ちゃんとやらないといけないね」と凛は言った。泣きながら、でもその声には芯があった。
「やろう」と葵は言った。「ちゃんとやろう」
凛のマンションを出て、夜道を歩きながら、葵はもう一度あのコメントを思い出した。
山路屋が閉めた経緯を調べてみてください。
業界の人間から言わせてもらうと。
この情報が、どこから漏れたのか。葵たちの計画を知っているのは、凛と葵と拓海と、本田だけだ。本田が業界関係者に話すとは考えにくい。
残るのは、拓海だ。
拓海が、誰かに話した。悪意があったかどうかはわからない。でも、誰かに話したことで、業界関係者の耳に届いた。そういうことではないか。
葵はスマートフォンを取り出して、「数字、要確認」と書いたノートのページを開いた。その下に、新しく書き加えた。
「情報の出所、確認すること」
横川の夜風が、葵の頬を冷たく撫でた。
つづく
凛の動画は、公開から三時間で一万再生を超えた。
タイトルは「【大発表】私たちが横川で和菓子カフェを開きます」。凛's KITCHENのいつもの料理動画とは違う、珍しくカメラに向かって真剣に話すスタイルの動画だった。葵も後半に登場して、和菓子への思いを話している。葵はカメラの前で話すことが得意ではなかったが、凛が「素のままでいい、かっこつけなくていい」と言ったので、ぎこちないなりに本音を話した。
クラウドファンディングのリターンは三種類用意した。千円のデジタル応援コース、五千円の開店後に使えるドリンク券付きコース、一万円の名前入り感謝状と上生菓子の詰め合せ付きコース。目標金額は二百万円。拓海が提案した三百万より低く設定したのは、葵が「達成できなかったときのリスクを考えるべき」と主張したからだった。
コメント欄は最初、好意的なものばかりだった。
「応援してます!」「横川、行きます!」「和菓子カフェ、ずっと欲しかった」「凛ちゃんの和菓子動画が好きだったから嬉しい」。凛はコメントを一つひとつ読んで、返信していた。葵はそれを隣で見ながら、凛の表情がどんどん明るくなっていくのを、嬉しく思っていた。
変化が起きたのは、公開から六時間後だった。
最初の批判コメントは、短かった。
「素人が伝統を語るな」
それだけだった。アカウント名は数字の羅列で、プロフィール画像もない。凛はそれを見て「まあ、こういうのはある」と言って、画面をスクロールした。
次は少し長かった。
「ライバーが和菓子カフェ?どうせ映え目的でしょ。本物の和菓子を食べたことあるの?」
凛は「映え目的じゃないんだけどな」と苦笑した。
それから一時間で、批判的なコメントが増え始めた。凛の動画は普段から炎上とは無縁ではないが、今回は少し質が違った。感情的な批判ではなく、具体的な内容を含んだものが混じっていた。
「和菓子の原価率も知らずに経営できると思ってるのか」
「横川に和菓子屋が根付かなかった理由を知ってますか? 山路屋が閉めた経緯を調べてみてください」
「業界の人間から言わせてもらうと、こういう外来者が伝統菓子の値段を下げて業界全体を壊すんです」
葵はそのコメントを読んで、眉をひそめた。
山路屋が閉めた経緯。原価率。業界の人間。
これは単なるアンチではない。和菓子業界に関わる人間が書いている。しかも、山路屋の名前が出ている。山路屋のことを知っているのは、横川の商店街関係者か、和菓子業界の関係者だ。この動画が公開されてから数時間で、そういった人間の目に触れた、ということになる。
どこかから情報が伝わったのだろうか。
葵の頭の中で、何かが引っかかった。でも今夜は、その引っかかりを追いかけるよりも先に、凛のことが心配だった。
凛はコメントを読み続けていた。
読むことをやめればいいのに、と葵は思った。でも凛は読む。全部読む。それが凛という人だった。発信することへの責任として、受け取ることから逃げない。それは凛の強さでもあるが、今夜は明らかに凛を傷つけていた。
「ねえ、一回閉じよう」と葵は言った。
「大丈夫」と凛は言った。
「大丈夫じゃない顔してる」
「……映え目的じゃないんだよ」と凛は言った。声が、少し揺れていた。「ちゃんと考えてやろうとしてるのに、見てもいない人にそう言われると、なんか……」
「知ってるよ、映え目的じゃないって」と葵は言った。
「業界を壊すつもりもないし、山路屋のことだって、ちゃんと考えて物件選んでるのに」
「知ってる」
「なんで見てもいない人が、決めつけるんだろう」
葵は答えなかった。答えの代わりに、凛の隣に移って、肩を並べた。凛がスマートフォンを持つ手が、少し震えていた。
「ねえ」と葵は言った。「コメントを全部読む必要はないよ。でも、今夜の支援者数、見てみて」
凛はクラウドファンディングのページを開いた。
公開から九時間で、支援者は二百三十七人。金額は四十一万円を超えていた。
「……すごい」と凛は言った。
「すごいでしょ」と葵は言った。「批判してる人と、支援してる人と、どっちが多いか、ちゃんと見てよ」
凛はしばらく画面を見つめていた。それから、泣いた。
声を出さずに泣いた。スマートフォンを膝の上に置いて、両手で顔を覆って、肩を震わせた。葵は何も言わずに、凛の背中に手を当てた。
「怖かった」と凛はしばらくして言った。「炎上するのが怖かったんじゃなくて、正しいことをしてるつもりなのに全否定されることが、怖かった」
「うん」と葵は言った。
「でも四十一万円分の人が、応援してくれてる」
「してくれてる」
「私、ちゃんとやらないといけないね」と凛は言った。泣きながら、でもその声には芯があった。
「やろう」と葵は言った。「ちゃんとやろう」
凛のマンションを出て、夜道を歩きながら、葵はもう一度あのコメントを思い出した。
山路屋が閉めた経緯を調べてみてください。
業界の人間から言わせてもらうと。
この情報が、どこから漏れたのか。葵たちの計画を知っているのは、凛と葵と拓海と、本田だけだ。本田が業界関係者に話すとは考えにくい。
残るのは、拓海だ。
拓海が、誰かに話した。悪意があったかどうかはわからない。でも、誰かに話したことで、業界関係者の耳に届いた。そういうことではないか。
葵はスマートフォンを取り出して、「数字、要確認」と書いたノートのページを開いた。その下に、新しく書き加えた。
「情報の出所、確認すること」
横川の夜風が、葵の頬を冷たく撫でた。
つづく
0
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
隠れた花嫁を迎えに
星乃和花
恋愛
(完結済:本編8話+後日談1話)
結婚式を控えた同居中の婚約者・リリィには、ひとつだけ困った癖がある。
それは、寝癖が直らないだけで、角砂糖を落としただけで、屋敷のどこかに“こっそり”隠れてしまうこと。
けれど、完璧超人と噂される婚約者・レオンは、彼女が隠れるたび必ず見つけ出し、叱らず、急かさず、甘く寄り添って迎えに来る。
「本当に私でいいのかな」——花嫁になる前夜、ベッドの下で震えるリリィに、レオンが差し出したのは“答え”ではなく、同じ目線と温かな手だった。
ほのぼの王都、屋敷内かくれんぼ溺愛ラブ。
「隠れてもいい。迎えに行くから。」
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
雪嶺後宮と、狼王の花嫁
由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。
巫女として献上された少女セツナは、
封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。
人と妖、政と信仰の狭間で、
彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。
雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる