『横川夜咄(よこがわよばなし)』 ―和菓子と夢と、小さな嘘―

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第十四章「拓海の決断」

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第十四章「拓海の決断」

 二月に入って、凛から「拓海と話した。三人で会えないか」と連絡が来た。
 場所は横川の物件——山路屋の跡にした。まだ改装前で何もない空間だったが、凛が「ここがいい」と言った。これからここで始まることを、この空間で話したかったのかもしれないと葵は思った。
 三人が揃ったのは、二月の土曜日の午後だった。
 冬の光が格子窓から差し込んでいた。埃はだいぶ払われていて、先日の本田の手配で業者が簡単な清掃をしてくれていた。がらんとした空間に、三人の声がよく響いた。
 拓海は、葵が会うたびに感じていた「最適な笑顔」をしていなかった。今日の拓海は、ただ疲れた顔をしていた。それが初めて、本物の顔のような気がした。
「話します」と拓海は言った。「全部」
 拓海が話した内容は、葵が仮説として描いていたものと、おおよそ一致していた。
 会社は一年半前から資金繰りが厳しくなっていた。投資家との関係が上手くいかず、主要サービスのユーザー数が伸びず、毎月の資金が減り続けていた。そういう状況で、新たな事業の柱として「フードテック×伝統食」というアイデアを考えた。和菓子のレシピをデジタル化してAIで応用する事業。それが、葵への電話につながった。
「あのとき葵さんに何度も電話がかかっていたのを見てましたよね」と拓海は葵を見て言った。「あれは会社の債権者からでした。返済を迫られていて、出られなかった。見苦しいところをお見せしました」
 葵は静かに頷いた。やはりそうだったか、と思いながら。
「凛のことは、本当に好きです」と拓海は続けた。「それは本当。でも、葵さんに電話したのは、ビジネスとして考えていたことも事実です。両方が本当で、どちらかが嘘ってわけじゃない。でも、混ざり合っていたのは確かで、それは誠実じゃなかった」
「カフェの計画に乗ってきたのも」と凛が言った。声は穏やかだったが、芯があった。
「乗ってきたのも」と拓海は繰り返した。「純粋に応援したい気持ちと、自分の事業の足がかりにしたい気持ちが、両方あった。事業計画書の数字を甘くしたのも、カフェが軌道に乗れば自分のビジネスも絡められると思っていたから、投資をカバーできると思っていたから。それも誠実じゃなかった」
 葵は黙って聞いていた。
 拓海の言葉は、言い訳ではなかった。どちらかというと、一つひとつの事実を、自分の口で確認していくような、そういう話し方だった。
「クラウドファンディングへの批判も」と葵は聞いた。「情報が漏れたのは、拓海さんから?」
 拓海は頷いた。「和菓子業界の人間に事業の話をしたとき、横川でのカフェ計画のことも話してしまった。悪意はなかった、でも軽率だった」
「わかった」と葵は言った。
「カフェへの出資と事業連携は、撤退します」と拓海は言った。「二人の計画に、自分の事情を混ぜ込んだことを、本当に申し訳ないと思っています」
「うん」と凛は言った。
「凛への気持ちは本物です。でも、今の状態で結婚の話を進めるのは無理があると思う。会社を立て直すか、畳むかを、まず決めないといけない。それが終わるまで、凛に待ってもらえるかどうかは、凛が決めることで、俺がどうこう言えることじゃないと思っています」
 凛は少し考えた。長い沈黙があった。格子窓の外を、一台の自転車が通り過ぎた。
「待つかどうか、今すぐは決められない」と凛は言った。「でも、終わりにするとも言えない。正直に話してくれたから、それは言える」
「それで十分です」と拓海は言った。
「一つだけ言う」と凛は続けた。「『全部うまくいく』って言葉、もう使わないで。大丈夫じゃないときに大丈夫って言うの、やめて。私に対しては、正直でいて」
「わかった」と拓海は言った。今度は「大丈夫」とも「うまくいく」とも言わなかった。ただ「わかった」と言った。
 拓海が帰った後、凛と葵は二人で空の物件に残った。
 しばらく二人とも黙って、格子窓の外を見ていた。
「ねえ」と凛が言った。「ここ、どんな店にしようか」
「考えてること、いっぱいある」と葵は言った。
「言って」
「カウンターを窓側に作りたい。格子窓から外が見えるように。お茶と上生菓子を、外の景色と一緒に楽しめるように」と葵は言った。「それと、奥の小部屋をワークショップ室にしたい。子どもたちが来ても、大人が来ても、自分で作れる場所を」
「いい」と凛は言った。「奥の部屋に、あの菓子型を飾ろう」
「そうしよう」
「メニューは?」
「上生菓子は絶対。季節ごとに変える。あとは、お茶の種類を丁寧に揃えたい。緑茶だけじゃなくて、ほうじ茶、白茶、和紅茶」と葵は言った。「それと、凛のレシピで、和菓子を使ったドリンクも作れないかなと思って。あんこのラテとか」
「やりたい、それ」と凛は声を上げた。「動画にもできる」
 二人は笑った。
「親に報告してくる」と凛は言った。「拓海のことも、カフェのことも、全部」
「うん」と葵は言った。
「怖いけど」
「行ってきなよ」と葵は言った。「ちゃんとしたほうがいいよ。怖くても」
 凛は葵を見て、「それ、私が言ったセリフじゃん」と笑った。
「借りてきた」と葵も笑った。

つづく
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